補講
自慢の息子 西岐が暗間と連れ立って体育館から出ると、オールマイトとプレゼントマイクは士傑高校の教師と今後の連携体制について話し合っていた。どうやら現身という女子生徒がヴィラン連合に襲われ別人が仮免試験を受けていたのだという。あの時会場で見た現身は渡我だったようだ。
教師同士の話し合いを聞くとも聞かぬともなく少し離れたところに立っているエンデヴァーへ、西岐はそっと近づいた。高い位置からチラッと視線が降ってきて目があう。職場体験以来だ。正確には神野の悪夢の時に西岐を助けてくれたそうだが覚えていない。補講が始まる前は少し物憂げだった表情が今はいくらか穏やかになっているように見える。
エンデヴァーのことを怖いと思っていた以前の感覚が残っていて怖気づくが、一度口を引き結んでから言葉を押し出した。
「インターン、行きたかったです」
転がり出たのは恨み言のような言葉だった。
エンデヴァーは虚を突かれたのか表情を固めて数秒、それから咳払いで誤魔化しながら口を開く。
「何かと、インターンを雇う余裕がなかった」
割と素直な答えが返ってきて西岐もまた意外に思ってエンデヴァーを見つめる。平和の象徴が退き、No.1へ押し上げられたことがエンデヴァーに何かをもたらしたのだろうか。まだ尻に殻のついたヒヨッ子の西岐には分からないものがあるのだろう。
「……じゃあ、あの……だいじょうぶになったら、呼んでください」
どのみち先日の事件にヴィラン連合が関わっていたこともあってインターンは保留になっている。
しゅんと気落ちしつつそう言うと、エンデヴァーはもごもごと口ごもって視線をそらした。
追いかけるように西岐が目線を動かした先で、ちょうど正面玄関の入り口が開いて補講生たちが揃って出てくるところだった。
エンデヴァーは轟の姿を視界に入れるや真っ直ぐ突き進んで、彼の頭の上に手のひらをかざした。久し振りに見た息子の成長ぶりに感情を突き動かされて思わず撫でようとしたように見える。西岐の目にはそれがごく自然な父親の仕草に映る。ただ、轟の抱く確執はそう簡単なものではないのか、煩いの一言でエンデヴァーの手を振り払った。
それでもエンデヴァーは穏やかな表情で真っ直ぐに轟を見つめる。
「焦凍、お前は自慢の息子だ。……ならば俺もおまえが胸を張れるようなヒーローになろう。父はヒーロー……もっとも偉大な男であると」
エンデヴァーが紡ぐひとつひとつの言葉が西岐の憧れを引っ張る。そんなふうに息子に語り掛ける父親像は眩しく、……目に痛いくらいだ。
「勝手にしろよ……」
煩わしげに返す轟だが、きっと何も響かなかったわけではないだろう。
大股でエンデヴァーの元に寄ってきた夜嵐がどうしてか血まみれになった顔で憧れていると告げ、エンデヴァーは笑みを浮かべてお礼を返す。そのやりとりが『彼らが何かを乗り越えた』証に見えた。
西岐はもじもじと手を擦り合わせ、ちらりとエンデヴァーを見上げる。言おうかと何度か試みるが喉から先に声が出てこなくて両手を絡めて俯いていると、ぽんと頭に手のひらが乗せられた。
「違ったか?」
「いえ」
大きな手のひらで頭を撫でながらエンデヴァーに問いかけられて、かっと顔が熱くなる。
全く違わない。
ぐりんぐりんと髪を掻き混ぜられて段々くすぐったい気持ちになって顔をくしゃくしゃにして笑う。
「……轟家に来るか」
「はい」
「こらこら」
エンデヴァーの言葉に反射的に頷くと、静かに佇んでいた暗間が声を発した。西岐の両脇に手を差し込んで引っ張りエンデヴァーから引き剥がす。
「うちの子を拐かさないで下さいね」
「――っ、……人聞きの悪い……」
後ろから暗間の声が耳を掠める。どういう表情をしていたのか西岐には見えなかったが、多分いつものように食えない笑みを浮かべているのだろう。それを正面に見たエンデヴァーが息を詰まらせ、乾いた声で反論する。
「クソ親父……」
「隙あらばだな……轟家」
先程よりも幾段低い唸りのような声を零すのが轟で、少し離れたところでギリッと歯軋りするのは爆豪だ。
「なんかもうあれだな、混沌!!」
「ははは……」
プレゼントマイクがもうお手上げだと両腕を振り上げ、オールマイトはどこか達観したような困ったような笑みを浮かべて眺める。
久しぶりに感じる平和で賑やかな空気の中で、西岐も年相応に表情をほころばせていた。
create 2018/04/13
update 2020/03/16
ヒロ×サイ|top