文化祭
出し物



「見て見てー! 見ててー!」

 そう言うなり軽やかにステップを踏んでタンッと飛び上がり、スカートの中身が見えそうなくらいの激しいダンスを披露する芦戸。
 クラス中の視線が芦戸に集まり一気に盛り上がる。
 ダンスが趣味だという彼女はひょうきんな性格も相まって周囲に明るさを振りまく。

「芦戸さんは身体の使い方がダンス由来なんだよね。なんというか……全ての挙動に全身を使う感じだ」

 緑谷がお得意の分析を始め、何か思うところがあったのか「僕もやってみようかな……」と呟いたかと思うと芦戸に指導を乞い、青山と一緒にステップを踏み始めた。
 少し離れた場所から賑やかなクラスメイト達を眺めていた西岐はほうと溜め息をつく。

「いいなあ、かっこいい」

 純粋な感情が口から零れる。
 自分の人生の中でダンスというものは存在しなかったし、あんなに楽しそうに身体を動かすなんて考えたこともなかった。

「一緒に教わってきたらいいんじゃないか」

 隣に立っていた轟に何気なくそう言われて口元に手を宛がう。
 やってみたい気持ちはある。けれどそれ以上に物凄く抵抗がある。あの輪の中心に入ることもそうだしリズムよく体を動かすというのがどうにも……。
 西岐の葛藤を知ってか知らずか轟がグンッと手を引っ張って芦戸たちのいる賑やかなほうへ引っ張った。

「芦戸、れぇもやってみたいって」

 轟の言葉に芦戸が動きを止めてパッと顔を輝かせる。

「れぇちゃん! やろう! レッツダンスィ!!」

 全力でウエルカムだと両手を広げて西岐を招く芦戸。一緒になって周囲の視線が西岐に向かってくる。
 一気に顔面が熱くなる。

「ち、ちがう、あの、俺……ダンスだめなの、恥ずかしい」

 こんなに恥ずかしがりだっただろうか。
 これほど注目を浴びるのが駄目だっただろうか。
 少しずつ克服していたと思っていたのだが人前で踊るというのは全く別の感性なのか、全身が強張ってしまってとても楽しく踊るなんてできる気がしない。

「だぁいじょうぶ! 恥ずかしいを楽しいに変えるのがダンスだよ!」

 今にも逃げ出しそうな西岐を芦戸が掴まえに来てぐいぐいと輪の中心に連れて行く。

「私の真似してみて?」

 恐らくステップというものの何段階も優しい動きをして見せてくれる芦戸に、それを真似するのが恥ずかしくて嫌なのだとは言えなくなって、ぎこちない動きで真似してみる。
 クラス中の視線が生暖かくなった気がする。

「砂藤のスイーツもそうだけどさ、ヒーロー活動にそのまま活きる趣味はいいよな! 強い!」

 ダンスに興じる四人を眺めながらおもむろに上鳴が言葉を発する。
 確かに、柔軟でキレのある動きにダンスは直結しそうだと西岐も先程思っていた。芦戸の運動神経の良さはダンス由来なのかと。
 ヒーロー活動に生かせるという意味でなくても趣味という趣味のない西岐には得意だと胸を張れたり、打ち込めるものがある人は眩しく映る。

「趣味といえば耳郎のも凄えよな」
「ちょっやめてよ」

 唐突に話を振られた耳郎が瞬間的に拒絶を示した。
 時折見せる恥ずかしがりな一面なのかと思いきや少々様子が違って見えて、西岐はそちらに関心があるという体でダンスから逃げる。

「あの部屋楽器屋みてーだったもんなァ、ありゃ趣味の域超えてる」
「もぉやめてってば、部屋王忘れてくんない!?」

 趣味の話題に困惑しているように見える。

「部屋王って?」

 近くにいた障子にそっと問いかけると同じような感覚を得たのか障子の方からも少し身を寄せてきた。

「入寮の日にみんなの部屋を見て回ったんだ。クラスイチのインテリアセンスが誰かってことで」
「へえ……おもしろそう」

 自分がいない間にそんな面白いことをしていたなんて。
 みんなの部屋、物凄く見て回りたい。

「誰が一番だったの?」
「俺だよ」

 問いかけにこれまた近くにいた砂藤が自分を指さす。まさかの人物に驚きを隠さず本当かと問いかける視線を砂藤と障子の間で往復させると、障子のマスクが吐息で揺れた。もしかしなくても笑われている。

「理由は『ケーキ美味しかった』だったな」
「え、部屋は?」
「部屋は……まーつまんねー部屋だよ、知ってんだろ」

 砂藤とは部屋がお隣同士だ。虫がいたとかなんだとかで助けを求めたり、お菓子をもらったりお菓子をもらったりお菓子をもらったりする関係で彼の部屋の中は良く知っている。
 西岐としてはそういう部屋の方が落ち着くタイプなのであまり気にしたことはなかったが確かに特徴のない部屋だった気がする。
 そして彼の作るお菓子は最高なのだ。
 部屋王、なるほど。

「いや、ありゃプロの部屋だね!! 何つーか正直かっ……!?」

 思ったままに褒めている上鳴を耳郎が耳朶のイヤホンジャックを突きつけて遮った。
 本当にやめてほしいのか判断のつかない複雑な表情で話題を打ち切り、そそくさと自分の席に戻ってしまう。
 どんな部屋なのか、それが今の耳郎にどんな気持ちを湧かせたのか、物凄く気になるのだが……チャイムと同時に相澤が教室の入ってきたことで話題はそこで途切れてしまった。





 その日のHR。

「文化祭があります」

 早々と寝袋に身を包みながら告げられた相澤の言葉に『ガッポォオォイ!!』と一気に沸き立つクラスメイト達。
 その中で切島が真剣な表情でバッと立ち上がる。

「いいんですか!? この時世にお気楽じゃ!?」

 先の闘いで思うところがあるのか合宿以前に比べて慎重な発言をする切島に、何とも言えない顔をする上鳴とその他クラスメイト達。
 それを『もっともな意見』だとしっかり受け止めた上で相澤は文化祭の意義を述べる。

「雄英もヒーロー科だけで回っているワケじゃない。体育祭がヒーロー科の晴れ舞台だとしたら文化祭は他科が主役。注目度は比にならんが彼らにとって楽しみな催しなんだ。そして現状、寮制をはじめとしたヒーロー科主体の動きにストレスを感じている者も少なからずいる」

 きちんとした説明がなされると切島も納得して座り直す。
 確かに体育祭の時に感じた『他科からのヒーロー科へ向けた負の感情』を思えば現状を面白く思っていない者も少なくない気はする。日常的にすれ違う中で刺さるような視線を浴びるのも珍しくない。入学から何かと世間を騒がせたヒーロー科への鬱積を思えば、彼らの楽しむ場を奪うのは酷というものだ。

「今年は例年と異なりごく一部の関係者を除き学内だけでの文化祭になる。主役じゃないとは言ったが決まりとしていちクラスひとつ出し物をせにゃならん。今日はそれを決めてもらう」

 クラス中が一応の納得の色を浮かべたのを感じ取った相澤は壁際に座り込んで寝る体勢に入り、学級委員である飯田と八百万が進行役に取って代わる。
 久しぶりの"委員長らしい"仕事に張り切る飯田に負けず劣らず、『開催すべき文化祭』となれば遠慮は無用とばかりの変わり身に速さで我先にと挙手するクラス一同。

 メイド喫茶・オッパブ・おもち屋さん・腕相撲大会・ビックリハウス・クレープ屋・ダンス・触れ合い動物園・暗黒学徒の宴・僕のキラメキショー・コント……エトセトラ。

 次々と出てくる提案が黒板に書きだされていく中、一度も挙手していない西岐に飯田が不意に視線を止めた。

「西岐くんは何か提案はないか?」

 自己主張の強いクラスの中に埋もれがちな西岐にまで目が届くとはさすがの飯田だ。
 けれど特に意見もなければこういう場で発言するのが得意でない西岐は頭が真っ白になってしまう。

「え……え……」

 何か、何か、と考えるが焦るばかりで思いつくはずもなく、救けを求めて周囲を見渡してみたのだがどういうわけか全員がじっと西岐の発言を待っている。それまで騒がしかった教室が急に静まり返り、より一層発言しにくくなってしまった。

「なんでもいいんだ、思いついたものがあれば」

 飯田の堅苦しい物言いがほんの僅か和らぐ。
 もう何も提案しないままという訳にいかなくなって、視線を泳がせた先で西岐は気付く。寝ていると思っていた相澤がしっかり両目を開いてこっちを見ている。ちゃんと積極的に参加していないと怒られるやつだ。

「えっと…………、ね、ねこ」

 相澤に目を向けていたせいで真っ先に思い付いたのが猫だった。

「ねこカフェ」

 みんなの提案を聞いていていいなと思っていたものが一緒くたになって口から転がり出る。動物と触れ合うのは楽しそうだし、クレープやおもちは美味しそうだ、と思っていたのだ。
 西岐の意見に麗日や口田、砂藤がいいねと肯定的な反応を見せて、他のクラスメイトも『西岐らしいな』と微笑ましげにしている。

 一通りの提案が出揃って、不適切・実現不可・よく分からないものが消去され、学級委員二人の真面目過ぎる意見もまた却下となり、そこから食べ物系は一つに纏められるとか纏められないとかやいのやいのと意見が飛び交い、話し合いが纏まる気配はなく終業のベルが鳴り響いた。
 寝袋を丸めて置き上がった相澤がこの非合理的な時間を良しとするわけもなく不満足げな顔で言い放つ。

「明日朝までに決めておけ。決まらなかった場合……公開座学にする」

 まさかの、まさかの公開座学。
 そんな悲しい文化祭は嫌だ。
 明日朝までにどうにか決めなければ。
 クラスの気持ちが一丸となった瞬間だった。





 とはいえ、インターン組は授業の後に補習が待っていて、寮での話し合いに参加することはできず、後々に『ダンスホールとバンドを融合させたもの』になったのだと聞かされることとなる。
create 2018/11/02
update 2018/11/02
ヒロ×サイtop