文化祭
役割分担 ようやく授業の穴が埋まり補習を終えて帰ってきたその日。
他のクラスメイト達は着々と話し合いを進めていて、バンドや演出の役割を少しずつだが決め始めているらしかった。
残りのパートがギターとボーカルだと聞いて、麗日が率直に疑問符を浮かべる。
「へ? うたは耳郎ちゃんじゃないの?」
そのあまりに当然とばかりの問いかけに西岐は首を傾げつつ、初めから話し合いに参加していたメンツの中でも落ち着いた様子の障子たちの方に近寄った。
「きょうかちゃん……そういうのが得意なの?」
なんとなくみんなの様子からそうなのかなとは思っていたものの、話し合いの流れも知らない西岐はどうして耳郎が中心になって役割を割り振っているのかが飲み込めなかったのだ。例の部屋王に参加していれば自ずと分かったのだろうけれど、それにも西岐は不参加で、HR前の一件から結局耳郎のことは理解が追いついていない。
ただあの時とは違って吹っ切れているみたいなので、恐らくもうどう訊ねても問題はなさそうだった。
だから気にせず障子たちに問いかけると、聞き取った数人が頷く。
「一通りの楽器は触れるって言っていたな」
「まーでもドラムは未だ練習中ってさ」
「で、爆豪がこれまた才能マンだったわけさ」
障子の言葉を砂藤が引き継いで瀬呂がついでとばかりに爆豪がドラムに決まった由来を付け加えてくれる。
ボーカルはまだ全然話し合っていないと言いかけた耳郎に、やりたいと名乗りを上げたのは峰田・青山・切島の三人だ。早速試しに歌ってもらうと、切島はこぶしがきいていてジャンルが違っていたり、峰田はがなっているだけだったり、青山は裏声だったりと次々却下を食らっていく。
「私も耳郎ちゃんだと思うんだよ! 前に部屋で教えてくれた時、歌もすっごくカッコよかったんだから!」
三人の歌声を聞いて改めてそう思ったらしい葉隠が先程の麗日の意見に賛同し、ならば聞いてみたいとクラス中の期待が耳郎に集まる。
葉隠からスタンドマイクを渡されて、照れながらも静かに息を吸い込む耳郎。
次の瞬間、誰もが息を飲んだ。
ハスキーでセクシーな声がロックなメロディに乗せられて絶妙な魅力を放つのだ。
「耳が幸せー!!」
「満場一致で決定だ!!」
「……かっこいい……!」
全員から歓喜の声が上がり、西岐もほうと息をつく。
ボーカルに推された耳郎も恥ずかしいのか顔を赤くしつつも、やはり好きなことを褒められて嬉しいのだろう。今までと纏っている空気がまるで違う。
以前抱いた心配がもう殆どなくなりつつあるように思えて微笑ましげにしていると、ピッと指が西岐の目の前に向けられる。
「れぇちゃん、歌は?」
耳郎の振りでまた一気に全員の意識が西岐に集まった。
「え……?」
問いかけの意図が分からない。
「れぇちゃんの歌一回聴いてみたいんだよね」
「あ、俺も」
「聞いてみたいかも」
こんな機会がなければクラスメイトが歌うのを聞くことなんてないかもしれない。
けれど、それは今必要なのだろうか。
「……きょうかちゃんに決まったんじゃないの?」
ボーカルが決まったのならこのやり取りは無駄以外の何物でもない。文化祭まであと一か月しかないというし今日中に役割を決めてしまいたいと言っていたはずだ。そう訴える西岐に全員が寧ろ逆に『なんで?』とばかりに首を傾げる。
「別にボーカル二人になってもいいし」
「コーラスってのもあるし」
「そうじゃなくても聴いてみたいんだなあ」
そういうものなのだろうか。
経験がないので分からないが全員がそう言うのならそうなのか。
ささっとスタンドマイクが前に置かれて、もうすっかり歌うことになってしまっている。
人前で歌う。ダンスと同じくらい苦手なものだ。かつて音楽の授業やテストが嫌で嫌でよく病欠したほどだ。
「西岐は何でも苦手なんだな、ヒーローを目指すもんとしてどうなんだそれ」
案外西岐の機微に聡い峰田がボソリッと痛いところを突いてくる。そう言われてしまうともうやらないとは言えない。
グッと拳を握り、俯かないようにピッと直立して、熱くなった頬を気にしないよう静かに口を開く。選曲は誰でも知っているであろう教科書に載っていた曲。初めは弱々しく震えていた声がしばらくして安定し始めると、クラスメイトがぽかんと口を開いた。
どこまで歌えばいいのかと迷いつつ、結局一番すべてを歌い切って終える。
するとリアクションといえば彼、上鳴が真っ先に戸惑いを露わに手のひらで口元を覆い隠す。
「え、なんか……なんかですけど」
「めちゃくちゃ優しい気持ちになった」
「あ……でも、この感じはロックではないのかな?」
上鳴が言葉を発するなりそれに続いてみんながみんな同時に話し始めるものだからざわざわと周辺が騒がしくなる。
「れぇちゃんの歌声は別の時に取っておこうか」
耳郎の提案に全員がそうしようと頷いた。
微妙な反応をされて少々もやもやするもののボーカル云々には特に関わる様子がないことにホッと胸を撫で下ろす西岐。クラスメイトの前だけでもこんなに緊張するのに大観衆の前で歌うなんてことになったら気絶しちゃうかもしれない。
そうならなくて本当に良かったと思っている間にギターの担当へとみんなの話題が移っていく。
耳郎がギターは二本ほしいと言うなり颯爽と挙手するのは上鳴と峰田。爆豪の殺る気あんのかという言葉にも『あるある超ある』と軽い調子で返すものの辞退する気は全くなさそうな上鳴と、体格の問題でギターを持つことさえ困難で諦めざるを得ない峰田。
ダンスや演出を希望するクラスメイトの中で、残り一本のギターに手を伸ばしたのは意外にも常闇だった。彼曰く『Fコードで一度手放した為に黙っていた』らしい。
「とこやみくん、ギターできるんだ……すごい」
素直に零れた誉め言葉に常闇が『うっ』と少し仰け反る。それに爆豪がすかさず口を挟む。
「Fコードで躓くずぶの素人だろうが」
「……まさしく」
ケッと吐き捨てる爆豪に反論しない常闇を見て、そういうものなのかと楽器に疎い西岐は半分聞き流しつつ、常闇の持つギターを横からつんつんと指でつついた。西岐からすると楽器を生で見ること自体が初体験で、こうして触れることすらドキドキする。
暫くギターに意識が奪われてつんつんと突いていたのだが、不意にその手が掴まれた。
「れぇは演出隊でもらう」
西岐の手首を掴んで轟が言い放つなり、芦戸が不満げな声を上げる。
「だめだよ! れぇちゃんはステージにいなきゃ!」
「そうだそうだ! れぇちゃん目当てに見に来るひといっぱいいるよ!」
葉隠も芦戸に賛同して両腕を振り上げる。
どうやら、バンドメンバーが出揃ったことで他の役割への割り振りの話になっていたらしい。
「れぇの能力を考えたら演出でいろいろ出来ることが多いだろ」
「観客を天井にぶん投げたりか?」
西岐を自分と同じ演出隊に引っ張りたいらしい轟に対して、先日天井に叩きつけられたばかりに爆豪がせせら笑う。
念動力で観客をどうこうするのは非常にまずい。観客じゃなくてもまずい。コントロールが全く出来ていない今の状態では、確実にトラブルを引き起こすイメージしかない。
例えば補講の時の現身のように幻覚を見せることも出来なくはないが、現身の幻惑と違って西岐の幻影は他者の意識を支配する能力故に、バンドやダンスや他の演出を見せながら同時に幻覚を見せることが出来るのか定かではないし、他の能力でも演出に何か貢献できるとは思えない。
「お、俺、ダンスにしよう、かな」
ステージ上で派手に注目を浴びるのだって嫌なのだが、あれもダメこれもダメでクラスに貢献できないのは一番嫌だ。
みんなが盛り上げようと頑張っているのなら自分だって頑張りたい。
それに芦戸の『恥ずかしいを楽しいに変えるのがダンス』という言葉が心にずっと響いていた。恥ずかしい気持ちを乗り越えて楽しい気持ちでダンスが出来たら、それを見てくれる他科の生徒やエリにも何か届くような気がするのだ。
決意のようなものが言外にも表れていたのか、西岐がそう言うとクラスメイト達は吸い込まれるように西岐を凝視した後に、そうだなと頷いた。
「よし、西岐くんはダンス隊だ」
「凄く盛り上がりそうですわ」
学級委員の二人にもう誰も反論もない。
「このまま全部の役割を決めてしまおう」
これまで決まったメンバーをパソコンに入力していく飯田に、次々と声をあげていくクラスメイト達。
全ての役割が決定したのは深夜一時を回った頃だった。
create 2018/11/03
update 2018/11/03
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