文化祭
ワクワクさん 土曜日、授業のない休日。
爆豪たちの仮免補習も今週はなしとのことで。
ライブで使用する曲が決まり、それぞれのグループに分かれて練習に打ち込むクラスメイトたち。
「1、2、3、4、5、6、7、8……れぇちゃん、テンポずれてる」
芦戸コーチの指摘に足元を見ようと慌てて顔を下げかけるが、それにも注意が飛んでくる。
「下見ない!」
「う……はい!」
芦戸の指導は案外厳しい。
やると決めた以上、経験がないとか苦手とか言い訳する気はない。
教えてくれるステップを頭と体に叩き込んで、リズムに合わせて体を動かしていく。ダンスというものに慣れてくるに従って、不思議と羞恥心は少しずつ気にならなくなってきた。
「緑谷違ーう、もっとこうムキッと!! ロックダンスのロックはLOCKだよ!」
緑谷にも喝が飛ぶ。
それでもやはり身体能力の優れたヒーロー科A組、集中的な練習でめきめきと上達していくのが一緒にいてよく分かる。少しでも後れを取ると目立つ。だから必死で食らいつく。
「れぇちゃん、体育祭でも仮免試験でも機敏に動いてたのに、どうして日常に戻るとそうじゃなくなるのかしら」
「え……なんでだろう……?」
サビパートでの振り付けを話し合いつつ決めつつ実際に合わせて見たりしつつの中で、蛙吹が素朴な疑問とばかりに首を傾げた。今し方やった動きがそんなに鈍臭かったのだろうか。曇りなき眼で見つめられると居たたまれなくなる。
するとすぐそばにいた麗日と葉隠の手が頭上高く上がった。
「私は性格だと思う」
「思い込みもあると思う」
散々な言われようだが反論は出来ない。
「思い切ってしまえば西岐は結構動けると思うよ」
苦笑を浮かべてフォローしてくれるのは尾白でその後ろで砂藤と障子も頷く。
「それが一番難しい……」
無条件に湧き出てくる苦手意識はなかなか簡単に克服できるものではない。自分では頑張っているつもりでも動きの端々に出て、そしてちょっとのミスからガタガタッと崩れてしまう。委縮して動きが小さくなっているのもちょこちょこ指摘されていてどうにか克服したいところなのだが。
これはダンスも自主練が必要だなと思いながら一息ついて、何気なく顔を向けた先の植木の向こうに通形の姿が。
「あ! 通形先輩!」
同じく緑谷も気付いたらしく呼びかけると、何故か通形は植木の真ん中から尻を突き出した。一発ギャグか何かだったのかもしれないがクラスメイトの意識は隣に佇んでいたエリの方に集中し、通形のそれは完全にスルーされてしまった。一部始終をしっかり視界に収めたのは西岐と相澤くらいだろう。
「エリちゃん!!」
「デクさん」
インターン組である蛙吹と麗日を筆頭ににこやかにエリへと歩み寄っていくクラスメイトにつられるようにして西岐もそちらへと足を向け、通形の身体に大量に貼りついている葉っぱを落としてやる。鼻先の葉っぱを摘まみ取ると通形は照れくさそうにはにかむ。
「どうしたの? 見学?」
この組み合わせでここにいるというのは緑谷のあの提案が通ったということだろうかと問いかける西岐に相澤がゆら〜っと歩いてきながら首を縦に振った。
「校長から許可が下りた」
相澤曰く、緑谷の提案を聞いた校長は文化祭への招待を快く承諾してくれただけでなく『いきなり文化祭という非日常へ連れ出す前に少し慣らしておこう』と助言をくれたらしく、本日雄英に訪れたのだそうだ。
それにしても、相澤のふらふらした動きは少し心配になる。彼一人にかかる負担もなかなかなのだろう。
「というわけでこれから俺、エリちゃんと雄英内を回ろうと思ってんだけど緑谷くんもどうだい!? れぇちゃんも」
通形からの誘いに断る理由もなく緑谷と共に二つ返事で答えるのだった。
校舎敷地内に入るということで一応制服に着替えた三人がエリを取り囲むようにして歩く。
相澤はやることがあるのか睡眠をとるのか分からないが三人に任せると言ってついては来なかった。
至る所で準備が行われていて、普段と違った活気に満ちた敷地内。準備の段階でこんなに盛り上がっていて果たして本番はどうなってしまうのか。エリでなくてもあちこち目移りしてしまう。
寮制になったことで休日でも生徒が準備に勤しんでいるうえに、去年よりも凄いものを――"プルスウルトラ"――で臨んでいるのだそうだ。クラスの出し物を決める時から感じていたがお祭りといえど本気度が学生規模ではない。さすが雄英。
周囲に目が行っていて少し遅れて歩く西岐の耳に『うわぁ!!?』と緑谷の驚きの声が滑り込んできた。
「すンません……、ってA組の緑谷じゃねェか!!」
「アレアレアレー!? こんなところで油売ってるなんて余裕ですかあァア!?」
聞き覚えがあるようなないような声に視線を前に戻すと、やはり見覚えがあるようなないような顔ぶれが緑谷と言葉を交わしている。
いや、正確には一方的に捲し立てているのか。
「ライブ的なことをするんだってね!? いいのかなァ!? 今回ハッキリ言って君たちより僕らB組の方がすごいんだが!? 『ロミオとジュリエットとアズカバンの囚人〜王の帰還〜』B組の完全オリジナル脚本、超スペクタクルファンタジー演劇!! 準備しといた方がいいよ! B組に喰われて涙するその時の為のハンカチをね!!」
この挑発的な台詞はあれだ、体育祭で爆豪相手に喧嘩を吹っかけたり、始業式の日に仮免試験にクラス全員が合格したかどうかで論じていた彼だ。
「え、と……ものまくん、ものまくん」
よし、今度こそ覚えていたぞと記憶の引き出しから引っ張り出したその名前を繰り返していると、その物間は西岐がいることにやっと気づいた様子でゲッと顔を歪めた。
「俺もいるんだけどね」
「てつてつくん」
「アレアレアレアレアレー!? そっちは覚えてるの可笑しくなァい!!!?」
「えいじろくんと腕相撲してて強かったから」
案外するっと出てきた鉄哲の名前が気に喰わないといった様子の物間へ、印象に残っている理由を返せば、体育祭での活躍の差は自覚があったのか押し黙る。
「俺、泡瀬」
「あわせくん…………あ、あわせくん、発信機つけてくれた?」
名前に既視感があって割とすぐ答えが出てくる。
神野の悪夢から連れ戻されたのちに、どうやって緑谷たちがあの場所へ辿り着いたのか教えられたときに泡瀬の名前が出たのだ。合宿のあの森で、あの凶悪な脳無に発信機を貼り付けてくれたらしい。
彼もまた西岐を救けてくれた一人だ。
「あの、ありがとう」
「え、いや、たいしたことしてねーって」
まさかこのタイミングで改まってお礼を言われると思っていなかったのか、泡瀬は一瞬何を言われているのか分かってない顔をした後で困ったように頬を掻いた。
物間がついに耐えられなくなったようで、閉ざしていた口がバッと開く。
「ほのぼのへにゃへにゃふわふわ! 鬱陶しい! そんな調子でいいのかなァ!? 僕らB組が流石ヒーロー科って言われるのも秒読みじゃないか!!?」
「へにゃへにゃって」
「必死さよ」
ノンブレスで言い放たれた言葉は耳と脳を素通りしていき、鉄哲と泡瀬が何やら苦笑しているのだけは分かった。
「ものまくんたちは何やるの?」
彼らが抱えているハリボテをぺとぺと撫でる。ドラゴンのような何かだ。なかなかリアルな作りでこれが文化祭の出し物に関係しているとしたら楽しそうだ。そんな風に問いかける西岐に対して鉄哲と泡瀬の二人が思い切り噴き出した。
「それ聞く?」
「物間、さっきすごい説明してたけどね!」
けたけた笑う二人の横で、物間だけが一人苦虫を噛み潰したような顔で口をへの字に曲げる。
「何やるの?」
「……劇」
「どういう劇なの?」
「超スペクタクルファンタジー」
「すぺ???」
「……壮大ってこと」
これまでとは打って変わってテンションがだだ下がりになり、もはや別人のようだ。それでもいちいち問いかけると応えてくれるあたりいい人だと思う。
「拳藤なしで物間を大人しくさせちゃうあたりすげーわ、西岐……」
「聞きしに勝るってやつだな」
ポン、ポンっと両肩をB組の二人に叩かれる。
多分何か褒められている。
でもよく分からなくて首を傾げていると緑谷がキョロキョロと辺りを見渡した。
「物間くんとセットのイメージあったけど……」
「今回は別! あいつはミスコン出るのよ、無理やりエントリーさせられて。ま、物間じゃねーけどお互い気張ってこーぜ! じゃ!!」
名前の出た拳藤がその場にいないことに疑問を持ったらしい緑谷に簡単な説明を返すと、腑抜けになった物間とハリボテを抱えてB組の彼らは行ってしまった。
「先生、ミスコンの事なんて一言も言ってなかった」
「……みすこん???」
「ミスコンといえばそうだ! あの人も今年は気合い入っているよ」
相澤からそんなことを全く聞かされてなかった緑谷と西岐がぽかんとする一方で、これまで一年生同士のやり取りだからなのか大人しくしていた通形が久しぶりに口を開いたかと思うと三人の関心を惹き付けた。
表情に疑問符を張り付ける三人をにっこにっこしながら校内の備品室へ案内する通形。
扉に手をかけて開け放つと同時に言葉を発する。
「去年の準グランプリ、波動ねじれさんだよね!!」
通形の言葉と同時に視界に飛び込んでくるのは素敵な衣装に身を包み、フアアアッと宙に浮かび上がっている波動だった。
ミスコンというのがよく分かっていない西岐だが準グランプリということは二位、なんにせよ凄いに違いない。
備品室を覗いている面々に気付いた波動がフワフワとこちらに近付いてきてはエリと西岐を交互に見てキラキラと目を輝かせた。
「ねェねェ何でエリちゃんいるの? フシギ! 何で何で!? 楽しいね!」
「"個性"も派手だしその……お顔も……ププププロポプロ……」
「プロポーション」
「そんな先輩でも準なんですね」
間近に迫った波動を直視できないらしい緑谷が動揺を露わにしつつも疑問を口にすると波動が話して聞かせてくれる。毎年勝てない凄い子がいるのだと。ミスコンの覇者と異名をとるその女性は名前からして何やら凄そうな気配があって、緑谷と西岐はごくりと喉を鳴らした。
先程B組から聞いた通り拳藤もミスコンに出るとのことで、波動も気合いが入っているらしい。と、そう説明してくれるのは居合わせた天喰だ。ノミの心臓の彼は自分が出場するわけでもないのに想像しただけでお腹を押さえて蹲る。
同じく大衆の前でのパフォーマンスというものに恐怖を覚える西岐は、ウンウンと頷きながら天喰の背中を擦ってあげる。
「なんかよく分からないけど……頑張ってね」
そう応援の言葉をかけると波動と天喰が目を見合わせた。
「偵察じゃないの? 変なの」
「俺もそう思ってたけど」
「シッ、まだれぇちゃんには秘密なんだ。相澤先生が今クラスの子たちに話してて」
通形が人差し指を口の前に立てて不思議そうにする二人を一旦遮り、身を寄せてひそひそと話し始める。西岐の耳は優秀なので割とそういうひそひそ話も聞こえてしまうのだが、理解力が足りないせいで何の話なのかさっぱり分からない。自分の話題なのは間違いないとは思うのだが。
緑谷とエリと揃って首を傾げて三年生三人の会話がひとしきり終えるのを待つ。
なるほどねと納得してこちらを振り向いた波動は、何事もなかったかのよう先程の話の続きを始めた。
「最初は有弓に言われるまま出てみただけなんだけど……何だかんだ楽しいし悔しいよ」
思ったままを口にする彼女の言葉は真っ直ぐ心に届いて響く。
「だから今年は絶対優勝するの! 最後だもん」
満面の笑みは眩しく、西岐の心の中にある小さなこだわりを解きほぐしてくれるかのようだ。
それは西岐だけでなくエリもそうだったのかもしれない。何か心に抱いたものを噛みしめるように波動の微笑みをじっと見つめていた。
その後もサポート科・経営科・普通科、それぞれの準備しているなかを見学していく。途中、発目や心操など見知った人にも会って彼らがどれだけ文化祭に向けて気合いが入っているのかを感じ取った。
一通り見て回って、雄英の学食・メシ処にて一息。
「まーこんなもんかなァ」
「慣れ……っていうかどうだった!?」
緑谷からの問いかけに、ジュースを啜っていたエリは『よくわからない』と返す。
けれどそれは何も心に響かなかったというような意味合いではなく恐らく胸に抱いた感情がどういうものか"分からない"という意味なのだろう。その証拠に俯けた顔の中で目がほんの少しキラキラとしている。
「たくさん、いろんな人ががんばってるから、どんなふうになるのかなって……」
彼女の言葉は期待に満ちていて、通形も緑谷も手ごたえを得た様子で笑みを浮かべた。
「それを人はワクワクさんと呼ぶのさ」
少し離れた席からの声。
いつの間にそこに座ったのか。校長とミッドナイトが揃って座っている。たまたま居合わせたというよりエリの様子を伺いに来たのだろう。
「有意義だったようだね。文化祭、私もワクワクするのさ! 多くの生徒が最高の催しになるよう励み、楽しみ……楽しませようとしている!」
「ケーサツからも色々ありましたからねェ」
「ちょっと香山くん」
エリの期待を膨らませようとポジティブな言葉を並べる校長にミッドナイトの思わせぶりな言葉が添えられた。それを窘めてから校長が立ち去ると、ミッドナイトは詳細を口にすることはやめたらしいが、しれっと校長が文化祭開催に向けて尽力したことを緑谷たちに話して聞かせる。セキュリティーの強化に加えて万が一にも警報が鳴れば即座に中止という厳しい条件が課されたらしい。この場で言うことでもない気はするが、もしかしたらミッドナイトとしては校長の助力がどれほどあったのか誰かに伝えたくて仕方なかったのかもしれない。
A組の出し物が職員室でも話題になっていると言い残してミッドナイトもまたその場を後にした。
「デクさんとサイキさんは何するの?」
「僕たちはダンスと音楽! 踊るんだよ!」
「俺もおどるよ」
一年生も上級生もヒーロー科も他科も先生たちもみんなが文化祭に向けて本気で取り組んでいる。学校中に渦巻く熱気が西岐の中にあったちっぽけなマイナスの感情を飲み込んでいく。
緑谷に続いた西岐の言葉はいつになく弾んだ。
「ダンス、絶対たのしいから!」
「エリちゃんにも楽しんでもらえるようがんばるから、必ず見に来てね!」
赤く色づくエリの頬。
弾むような落ち着かない感情が胸のところで暴れている。
もしかしたらこれが"ワクワクさん"かもしれない。
――文化祭、頑張ろう。
グッと小さく拳を握った。
create 2018/11/06
update 2018/11/06
ヒロ×サイ|top