文化祭
イッツ・ショウタイム



 A組の出し物が始まる二十五分前。
 相澤が通形とエリを連れて控え室に顔を覗かせると、緑谷が買い出しに出てまだ戻らないと生徒たちから聞かされた。
 ざっと室内を見渡して西岐と障子の姿がないことに気付く。

「……もう二人足りねぇな」

 さりげなさを装って不在の二人について問いかけると生徒たちはそういえばとばかりに見渡す。相澤が指摘するまで気付いていなかったのか。
 出かけたきり戻らない緑谷と、いつの間にかいなくなっている西岐。嫌な組み合わせだ。そこに障子が加わるのは少し珍しいが保護者役の彼なら然もありなん。
 警護担当の教師に連絡を取ろうと手に取ったスマホが、タップするより先に振動して着信を告げる。
 表示されたのはオールマイトの名で、第一声が『緑谷少年が……』だった。

「エクトから連絡をもらってね、ハウンドドッグが言うには生徒の匂いは"二人分"あったそうだ」
「……西岐ですか」
「多分ね」

 緑谷の安全を確保し、西岐は障子や青山と共に校門付近で緑谷を待ち構えていたのをエクトプラズムが確認しているとのことで、ホッとすると同時にがしがしと髪を掻き毟る。
 西岐のあの性質はもうどうしようもないのだろうか。
 どうして大人しくしていられないのか。

 通形にエリを先に会場の方へ連れて行くように促し、ステージ袖でしばらく待っていると生徒四人が団子状になって瞬間移動で姿を現した。障子以外、相澤に気付く余裕もなく慌ただしくステージにスタンバイしていく。駆けつけたオールマイトが袖からステージに揃っているメンツを確かめて深々と息を吐いた。

「全く……遺憾だ」

 口をへの字に曲げてそう言うオールマイトに相澤は『貴方のせいでもあるでしょ』と言いかけて台詞を飲み込んだ。別に誰のせいということでもない。ただの八つ当たりのようなものだ。オールマイトが厳しく言おうが相澤が罰則を与えようが次の時にはもう忘れて再び同じように飛び出していくのが西岐なのだから。
 ここのところエリに掛かりきりになっていて西岐のことを見ていられなかった事実もある。
 トレーニングでの出来事はオールマイトから聞かされていて、先ほどの不審者に対して西岐がどうやって何をしたのかは大体想像がつく。

「緑谷を叱るのはオールマイトさんにお任せします。西岐は俺が……」

 相澤の疲れたような物言いにオールマイトが神妙な顔で頷き、会場の方へと移動する。
 ひとまずはクラスの出し物を見届けなければ。一か月もかけて他科の生徒達のためにと準備してきたのだからどういう結果であれ担任の自分が受け止める責任がある。
 そして連れてきたエリがどういう反応を見せるのかも見届けたい。
 エリを抱きかかえた通形を見つけ静かにその後ろを陣取ると、パトロール中であるはずのプレゼントマイクが観客の中に紛れ込んでいて、サボりだというのに隠れる気もなく相澤の方へ寄ってきた。

「れぇちゃんさ、スカート? なあスカート?」
「……パンチラ目当てなら退場させるぞ」
「ち、が。違うって! スカートだったら可愛いじゃんか! つーかA組パネェのな! 見ろよこの観客動員数、すげぇ人気じゃねえの」

 普通の会話でこの喧しさ。
 鼓膜が痛くなりそうで少し距離をとるとその分こちらに距離を詰めてくる。

「さて……どうかな」
「どうかなって!! 何が!? 俺ちょー楽しみよ!」
「おまえはどーでもいい。つーかパトロール行けよ」
「ちょっとだけ!!」

 人気という言葉を拾って渋い反応を返す相澤の意図など知る由もなく、ライブやら盛り上がるイベントの類が大好物のプレゼントマイクは既に一人でヒートアップしている。この上なく鬱陶しいし会話が成り立たないし、相澤の目が死んだ魚のようになっていく。
 プレゼントマイクのようにA組へポジティブな感情を向けるのは教師か完全に無関係な外野の人間だろう。
 身近で巻き込まれている他科や他学年の生徒からすれば不満の源がA組だ。『最近の雄英』に対する不平不満をA組に向けている輩もいる。楽しもうなんて気はなく品定めの為に来ている。彼らの目にお遊戯同然に映らなければいいが、と相澤の懸念はずっとそれだった。

 爆豪の派手な爆破交じりのドラム音を音頭に、一斉に鳴り響く楽器。
 耳郎の弾けるような声。
 それに合わせて飛び上がるダンス隊。
 何をやるのか、何が起きるのかと期待が湧きたち一気に観客が音とステージに飲み込まれていく。

 青山と緑谷の息の合ったステップ。
 楽しみにしていた緑谷の見せ場にエリの目も釘付けになっている。
 緑谷が青山の身体を会場高くに飛ばし、青山のレーザーが細切れになって撒き散らされたことでミラーボールのように周囲をキラキラと照らす。人間花火、人間ミラーボール、そんなような演出に驚きというより笑いが起きる。

 短い見せ場の後、緑谷と青山は履けていき、天井で演出隊に加わる。
 峰田のモギモギと瀬呂のテープ、それらを轟の氷で凍り固めつつ、切島が削るダイヤモンドダストが舞い散り、緑谷が梁の上を走って青山の光をあちらこちらに撒き散らしてはキラキラとした空間を演出していく。

 蛙吹にアシストされながら浮き上がった麗日が観客に次々とタッチしては浮かび上がらせて演出に観客を巻き込んでいく。
 頭上の氷の上で踊るダンス隊。
 麗日の無重力と上鳴の電気で可能となる空中ギター。
 ステージに残ったバンド隊の奏でる全力の演奏。
 目が足りない。視線が追いつかない。

 普段、少し一歩後ろに下がりがちな耳郎の全身全霊で絞り出される声に会場中が揺れた。

 鬱憤、鬱積。
 そんなものが吹き飛んでいく。
 この場にマイナスな感情を抱いている者が一人たりともいなくなる。

 エリを暗く重く縛り付けていた治崎の影が掻き消えていくのが見えた気がした。
 両手を大きく広げ満面の笑みを浮かべて『わああ!!』と声をあげるエリの姿に通形だけでなく、相澤もまた目の奥が熱くなるのを感じた。

 派手な演出の中で、ステージに残ったダンス隊、障子や砂藤・飯田と共に楽しそうに踊る西岐の姿が見える。
 時折シュッと消えたと思えば宙に姿を現す西岐に、彼目当てで来たと思われる生徒たちが凄まじい歓声を上げては頭上を見上げたまま卒倒しそうになった。
 西岐が瞬間移動したのは観客を喜ばすためというのではなく、個性を使い続けている上鳴や麗日のダメージを回復させるためなのが相澤には分かっていた。一緒にパフォーマンスをしている素振りで彼らの肩にさりげなく触れて回復し、ステージに戻り何事もなかったかのようにステップを踏む。
 ダンスが苦手だと言っていたのが嘘みたいにみんなと息を合わせて笑顔を振りまく姿には感慨深いものがある。

「短パンのれぇちゃんも新鮮で可愛いなあああああ!!!」
「ちょっとじゃなかったのか」
「れぇーちゃん! れぇーちゃん!! ウインクして!! 投げキッスしてー!!!」

 ボイスが個性の彼の声はこれだけの歓声の中でも紛れることはない。しっかりばっちり西岐本人まで届いて、どこからの声だとキョロキョロさせてしまう。普通ならスポットライトに照らされたステージ上からでは観客一人の顔など捉えられるはずもないのだが西岐の優秀な目がプレゼントマイクを見つけ出せたらしく、隣の相澤とも目が合った、気がする。
 そして嬉しそうにこちらへと大きく手を振るのだ。
 辺り一帯の観客がまた一斉に湧きたつ。
 自分に手を振ってくれたのだ、いや自分だ、目が合った間違いない、と周囲の者たちが西岐からのアクションに夢中になっている。
 生憎、あれは自分宛てなのだと相澤は優越感にほくそ笑んだ。その証拠に西岐の口が『イレイザーさん』と呼びかけるように何度も動いては相澤に見えるようにぴょんぴょん飛び跳ねている。

「マイクせんせマイクせんせってめっちゃ俺呼んでるー!!」
「凄い勘違いだな」

 不思議なことに似たような勘違いがあちらこちらで起きているのだが、真実が分かっていないというのは哀れなことだ。

「エリちゃんって呼んでるよ」
「うん……うん」

 通形に促されてエリもまた西岐に向かって大きく手を振る。
 それに気付いたのかたまたまなのか西岐の身体がより一層大きく横に揺れてめいっぱい手を振り回した。最早ダンスではないが誰も彼も気にしてはいないし、むしろもっと歓声が大きくなる。
 轟の冷気では冷ますことの出来ないほどの熱気がクライマックスに向けてどんどん高まっていく。
 生徒たちがやろうと目指し、そして成し遂げようとしているものを目と心にしかと収め、相澤は満足げに頷いた。
create 2018/11/21
update 2020/03/18
ヒロ×サイtop