文化祭
雄英の華



 出し物が成功をおさめ、撤収作業に追われるクラスの真っただ中で、緑谷がオールマイトからお叱りを受けている。
 他人事のように横目でそれを見ながら大きな氷を手の中で消してみせる西岐に相澤は額を押さえた。

「お前……なんて力の使い方するんだ……」
「……え?」

 氷を水蒸気に"戻す"。理に適っている。
 けれどレストアでそれをしているとすればとんでもないことだ。
 ただでさえパフォーマンス中に何度もレストアを使っていて相当の疲労が蓄積しているはずだというのに。片付け程度のことに使うとは。ドーパミンドバドバ状態なのは間違いない。
 緑谷同様、今朝のことについて西岐も叱らなければいけないのだが、"この後"のことを考えるとある程度の高揚は維持しておいたほうがいいような気もする。

「よーう、オツカレ!!」

 通形がエリを連れてやってきた。
 いつになく興奮状態のエリが誰に促されるでもなく口を開いた。

「最初は大きな音でこわくって、でもダンスでピョンピョンなってね、ピカって光ってデクさんいなくなったけど、ぶわって冷たくなってね、プカーってグルグルーって光ってて、女の人がワーってなって私……、わああって言っちゃった!」

 擬音語・擬態語だらけの言葉の羅列、妙に既視感を覚える。誰かさんの話し方にとっても近い。
 それでも彼女の言いたいことは大体分かる。
 彼女がとても楽しかったことが何よりもはっきりと伝わってくる。
 笑い方を知らなかった少女が『わああっ』と声を上げた。身を小さく縮こまらせていた少女が大きく手を振った。身体中に満ちている興奮が抑えられなくてそれを誰かに聞かせたくてしょうがないのだ。
 どこにでもいるありふれた子供ならではの言動に緑谷も、西岐も涙腺が緩みそうになって袖で擦って堪えた。

 手伝えと峰田に叱咤されて駆けていく緑谷と、相変わらず氷を水蒸気へと"戻す"西岐。
 後片付けに勤しんでいるA組に『楽しかった』と他の生徒たちから声がかかったり、穿った目で視ていた者たちが馬鹿正直に謝ったり、彼らが与えた影響力をまざまざと感じる。
 物事の中心にいる者たちは人を大きく動かすだけの力があるものなのだ。良くも悪くも周りを巻き込む。
 カリスマ性とでも言えそうな、その断片を垣間見て誇らしげになっている相澤に、ふとクラスの女子が声をかけてくる。

「先生、れぇちゃんそろそろ」
「準備室にお連れした方がよろしいでしょうか」
「……ああ、そうだな」

 時計をちらと見て頷く。
 さほど準備は必要ないがさすがにある程度の心積もりをしてもらった方がいい。
 そういう意図を含んだ相澤の返事に、心得たとばかりに頷きを返すのは麗日と八百万を筆頭とした女子全員だ。
 颯爽と西岐に声をかけ、理由を説明する事もなく掻っ攫っていく彼女たち。
 男子生徒たちは生暖かい眼差しでそれを見送ったのだった。





 片付けを終えたクラスメイト達が昼食の時間も惜しんで駆けつけたのは雄英文化祭恒例のミスコン会場。
 物凄い歓声の中、手刀で分厚い板を次々割って見せる拳藤。華麗なドレスを大胆に裂いてむっちりとした太腿を晒す拳藤に観客の熱が増していく。
 持ち前の美しさと、ドレスアップと、個性などを駆使したパフォーマンス。
 雄英ならではの派手な演出が人気の理由でもある。
 ランダムに選ばれた順序で自己アピールしていく面々に耳が痛くなりそうなほど湧きたっていた歓声が、ピタリとやんだ。
 去年の準グランプリ。
 雄英ビッグスリーと称されるうちの一人。
 波動ねじれ。
 派手な演出はない。
 ドレスを纏った彼女がふわりと舞い上がるだけ。
 幻想的な宙の舞い……それだけで観客は驚いたような顔で見上げ、純真無垢な妖精のような彼女の魅力に飲まれた。

『さァお次は……一年ヒーロー科、西岐れぇちゃんッッ!!』
「れぇちゃんファイトー!」

 司会が紹介する次の出場者の名を聞くなり、芦戸と葉隠が声援を送る。
 西岐は先程A組でのダンスで身に纏っていた衣装のままステージにぽつんと立っている。てっきり着替えるものだと思っていた相澤は少々拍子抜けするが、あの衣装自体が結構似合っているものだから敢えて明るいところで眺めるのも悪くない気もしてくる。
 明らかに緊張しまくりの西岐がぎこちなくお辞儀したはずみで目の前に置かれたスタンドマイクに頭をぶつけて盛大に笑いを巻き起こした。一種の才能だと思う。
 西岐がこのミスコンに参加するのを提唱したのは他でもない、相澤だ。大人数を前にして自分の意見も言えなくなっているようではいけない、何とか克服させたいと思ってのスパルタ的な発案だったのだが、クラス一同から猛烈に賛同され女子を中心に密やかに準備を進めてもらう手筈になっていたのだ。
 特別な衣装も演出もないステージを見上げて、なるほどこれならバレようがないなと感心してしまう。
 真っ赤な顔でスタンドマイクを直している西岐を見ていると小さな子供のステージを見守るような気持ちが胸に芽生えて、観客全員が優しい眼差しになっている。

 マイクを直し終えて両手を身体の横に降ろし、数秒。
 何かをしようとして、でも躊躇ってしまったのか、また数秒の間が空く。
 キュッと結ばれた口が薄く開いて、閉じて、頬の赤みが増していく。

 彷徨った視線が相澤のところで止まった。
 間違いなくがっちりと視線が重なって助けを求めるような縋る表情をした後で、視線が少し横にずれてハッと息を飲む。
 何か特別なモノを見つけたような、少しのあいだ感情を噛みしめてから意を決してマイクに片手で触れた。

「――……」

 息を吸い込む音をマイクが拾う。
 柔らかな、震える小さな声がスピーカーから響く。
 段々と音程が整い、安定していく歌声に、見守るように見つめていた観客たちが、ふっと表情を和らげる。

 少年ならではの少しハスキーな高音と彼特有の消え入りそうな弱々しい声質がまるで讃美歌のようにさえ感じさせる。
 悲しいような寂しいような、けれど優しい気持ちにさせる歌声。
 とりわけ歌唱力に優れているという訳でもないのに聴く者の心を打つのは彼自身が持つ性質なのだろう。

 曲の盛り上がりに合わせて彼の纏う空気がふわりふわりと浮上していくのが、衣服の裾や毛先の流れで分かる。
 一瞬にして、大きな翼がばさりと広がった。
 両翼合わせて四メートルもあろうかという翼が観客の目という目全てを釘付けにした。

「……本当にまるで天使だ」

 いつのまにか来ていたオールマイトがうっとりして言う。
 そう思ったのは彼だけではなかったのだろう。周囲の者がうんうんと頷いた。
 歌声が止み、もう一度西岐がぺこりとお辞儀をすると、これまでが嘘のように一気に拍手が巻き起こった。

 出場者全員のパフォーマンスが終わり、投票コーナーの案内と結果発表の時間が告示され、一旦解散となったミスコン会場。
 固まっていたA組一同の元に真っ赤な顔の西岐が駆け戻ってくる。

「……も、もおおおお、俺、聞いてなかった、ぜんぜん聞いてなかったからね」

 いきなり直前に出場すると言い渡されたことへの憤慨を思い切りぶつける西岐にクラスメイト達はへらへらと笑って聞き流す。

「いいじゃんいいじゃん、ウケてたよ」
「すんげ可愛かった、ダイジョウブだって!」

 代わる代わる髪をぐしゃぐしゃと撫でたりポンポン背中叩いたりされて、不満いっぱいに頬を膨らませる西岐は、衣装の効果も相まって物凄く可愛い。普段ではなかなか見られない顔だ。

「あの演出、よく許可したね」
「基本的にすべて生徒たちに任せましたから……まあ上々の結果です」

 翼を広げた西岐の姿を他人に見せるのが死ぬほど嫌な相澤をよく理解しているオールマイトが意外だとばかりに感心してくるので、相澤は不本意さを隠して答えた。前もって聞かされていたなら却下していただろうことは内緒だ。
 すると背後で誰かがクスッと笑う。

「私情だだ洩れですよ、先生」

 柔らかな声の印象を裏切らないスラリとした人物が、これまた柔らかな笑みを浮かべて佇んでいる。
 関係者以外立ち入れないはずの雄英文化祭に何気なく溶け込んでいる彼は西岐の保護者の秘書という立場だったはず。似合わない丸メガネをクイッと指で押し上げて涼やかな顔をするものだから湧き出た疑問が喉に引っ掛かって出てこなくなる。
 暗間とオールマイトが互いに視線と会釈を交わした。
 彼に連絡を取ったのはオールマイトのようだ。

「可愛らしいあの子の一面が見られて非常に感慨深いです」

 クラスメイトにもみくちゃにされている西岐へと顔を向けて目を細く窄める暗間の表情は、いつかの応接室でのやりとりを思い起こさせるものがある。ただその目の奥に深い陰りが見えた。
 何かを憂いている。
 はらはらと幼子を見守るときのような眼差し。
 それを誤魔化すようにまた微笑んで、一礼ののち、風に掻き消えるように暗間は姿を消したのだった。
create 2018/11/21
update 2018/11/21
ヒロ×サイtop