文化祭
楽しいがいっぱい



 ミスコンの後は西岐やクラスメイトの何人かが一行に加わってエリと一緒に文化祭を見て回る。
 まずは麗日が食べたいと言ったクレープなるものを食べに行くことに。
 いくつかある種類の中で西岐が選ぶのはもちろんイチゴと生クリームのクレープだ。

「…………あまぁい!」

 初めて味わうクレープの甘さにキラキラ輝く西岐の表情が周囲の者たちをほんわかさせて、一緒に堪能していたエリでさえ西岐の顔に見入っている。
 鼻の天辺に生クリームを付けている姿はとても頼もしいお兄さんという感じではない。
 どちらかというと精神年齢はエリに近いだろう。

 その後もエリと一緒にパネルで写真撮影したり、数人からやめておけと忠告されたにもかかわらず心霊迷宮とやらに入っていって、散々ビックリさせられて半泣きで出てきたり、途中途中で知らない生徒に飲み物をもらったり食べ物をもらったり、風船貰ったり、握手求められたりと文化祭を堪能して回る。

 そして訪れたPM5:00。
 シメのイベント、ミスコンの結果発表。
 学校内だけの催しとなったはずなのに例年にない観客が集まった会場で、三位から順に名前が読み上げられていく。
 パフォーマンスをしなくてもいいからなのか、お腹いっぱいで眠いからなのか、昼とは打って変わってのほほんとした顔でステージに立つ西岐。
 最後、優勝の名を飾ったのは、三年の波動ねじれだった。
 会場中からの祝福を受けながら冠と襷を受け取った波動に西岐も微笑ましげな笑みを向ける。
 ちなみに西岐はというと、惜しくも優勝を逃したものの男でありながら準ミスを勝ち取るという異例の結果を残し文化祭の幕を閉じたのだった。





 楽しい時間というのはあっという間に過ぎ、それまでが楽しければ楽しいほど終わりの時は寂しいものだ。
 校門まで見送りに来た緑谷と西岐を前にエリはしょんぼりと俯く。

「エリちゃん、顔を上げて」

 緑谷がそう言って隠し持っていたリンゴアメを『サプライズ』の言葉と共にスッと差し出した。
 真っ赤でツヤツヤとした飴が少女の視線を上に導く。
 探したがどこにもなかったと不思議そうにする通形に、緑谷が自分で作ったのだと打ち明ける。つまりは今朝方のあの外出はこの材料調達の為でもあったわけだ。文化祭の途中でいなくなったと思ったらせっせとリンゴアメを拵えていたとは。
 合理的という言葉とは程遠い行動だが、それがすべてエリの為なのだと思うと『無駄』とは切り捨てられない。
 そうっと飴を齧った少女が浮かべた笑みを見て相澤はそう思う。

「はい、れぇちゃんのぶん」

 隣に立つ西岐にも、もうひとつの飴を差し出す緑谷。
 まさか自分にもあると思っていなかった西岐が、えっと驚いた顔で飴を受け取って、それからじわじわと頬を染めていく。

「リンゴアメ……これリンゴアメ……?」

 実はそれがどういうものなのか、どういう味なのか全く知らなかったのだろう。
 緑谷に問いかけて頷いてくれるのを待ってから、エリと同じようにそっとひと舐めして、パッと目を輝かせた。
 案外ぬかりない緑谷の行動に少々悔しい気持ちになりつつも、努めて平静を装い『まァ近い内にすぐまた会えるハズだ』と告げ、放っておけばいつまでも名残惜しそうにしていそうな彼らを振り切るように校門を離れ別れる。

 陰が見えなくなる距離になるまで手を振り続けていた通形が一仕事終えたかのようにふうと溜息をついた。
 呼んでいたタクシーにエリを乗せ、続いて自分も乗り込もうとしたところで、ふと思い出したように人差し指を立てる通形に、中途半端な体勢で動きを止める。

「先生、れぇちゃんを叱るの忘れてたよね、完全に」
「――あ……」

 そうだった。
 完全に忘れていた。
 通形に言われてハッと我に返り、校舎を振り返ろうと咄嗟に動いたせいでタクシーのドアの縁へ強かに頭部を打ち付けてしまう。

「い゙ッッ、……ッ!!!」

 頭を押さえ蹲る相澤にエリが憐みの眼差しを向けるのだった。
create 2018/11/21
update 2018/11/21
ヒロ×サイtop