ハイエンド
しみつく 国からも断絶され、独自のセキュリティーを何重にも備えた堅牢な檻、タルタロス。
定刻にしか開かない扉が前触れもなく開いたかと思うと、生命維持装置を積んだ車椅子に乗せられて運ばれた先は、以前オールマイトと面会したあの部屋だった。
オールフォーワンを定位置に固定すると、ガラスの向こうの扉が重々しい音と共に開いた。
「ああ、君か」
カツンと硬い靴音が響く。
扉の向こうに現れた気配になるほどと納得の色を見せる。
すんとした佇まいと穏やかな所作。感情や思惑を読み取らせないこの空気は視覚がなくとも分かる。向かい合わせに置かれた椅子に腰を下ろしたのは暗間という名で通している男だ。
「君というイレギュラーなら容認するのか、タルタロスは」
聞いているのであろう刑務官たちに向けて揶揄を飛ばしながら周囲の警戒が以前に比べてさらに厳重になっていることに気付く。この男の訪問を手放しで容認しているという訳ではないらしい。
「私を使って貴方の情報を引き出したいのでしょう」
「――君を使う? 傲慢なやつらだ」
向こうとこちら、二つの空間は完全に隔てられているというのに空気の動きが滑らかに感じ取れる。スピーカーからではなく耳のすぐそばで声が震えるような感覚さえあった。
彼が本気を出せば許可など取らずとも容易にタルタロスへ侵入し無事脱出できてしまう。彼の前では堅固な檻など無意味だ。だからこそ不本意でも彼からの要求を飲まざるを得なかったのだろう。
その彼を"使う"とは。思い上がりも甚だしい。
「それで、何をしに? まさか退屈している囚人の話し相手になりにきたとは言わないよなぁ」
フッと息を噴き出す音。
「他に用があったのでついでです」
柔らかな語調に乗せられた皮肉な言葉にオールフォーワンもまた笑い声をあげた。
「妬けるな。僕以上に君の関心を得ている人物か」
「そうでしょう?」
肩透かしのような返答にやはり可笑しくなる。
警察・司法・政府、とりまくあらゆるものがオールフォーワンの一挙手一投足に振り回され過剰なほどのリアクションをとるというのに。
飄々としたこの男を揺さぶれるものがあるとすればあれが唯一だろう。
「あれはまだ野放しのままかい」
問いを投げると、あっさりと分かりやすく彼が揺れた。
数秒、衣擦れがしてカツンと靴が小さく鳴る。体勢を変えたのかもしれない。
「あれはまるで奇跡だよ。ただ、世の中はあれのことを知らないだろう? いいのかなァ、超常が人の皮をかぶって歩いているようなものだ」
「……黙れ」
声に剣呑さが含まれる。
ビーーーッという激しい警告音が鳴り響く。スピーカーから刑務官の制止の声が聞こえると同時に、鼻先の空気が大きく動いた。
空間が歪んでいるのが感覚で分かる。
そしてその歪みの中からスラリとした腕が伸びてあと少しで触れるという位置で手のひらを翳している。
「あの子から掠め取ったものを返して頂きます」
プツン、プツンっとストラップが切れ呼吸器マスクが外れる。
刑務官の『最終警告』を聞き流し、羽虫を追い払うような仕草をするなり周囲にあった銃口が一斉にもげ落ちた。
久しぶりに外気に晒され少々の息苦しさを味わう中で、口元に宛がわれた柔らかな手のひら。闘いを知らぬようなその手のひらに覆われ、ざらっとしたものが感情を逆撫でした。
触れている皮膚を啄む。
ぴくっと微かな反応を示すそれに舌を這わせる。
「首を、落としますよ」
「さァて……君に出来るかな」
それでも落ち着いた声音に余裕の笑みを混ぜて見せる彼はやはり素晴らしい。
しかしその脅しに見合うだけの力が彼にないことは知っていた。
言外に『あれならばいざ知らず』と含ませると、爪の先がカリッと頬を削った。
「まあいい。君に免じて返してやろう」
鳴り続ける警告音。派手な音を立てて何重にも閉じていく扉。壁に格納されていた銃火器が次々とスタンバイしていく。
けれどその銃口が火を噴く前に、暗間の姿は掻き消えたのだった。
create 2019/06/23
update 2019/06/23
ヒロ×サイ|top