ハイエンド
ビルボードチャード



 十一月も下旬に差しかかる頃。
 相澤に呼ばれ、西岐は緑谷たちインターン組と共に教師寮へと訪れた。
 そこにはビッグスリーに囲まれてちょこんとソファーに座るエリの姿が。

「雄英で預かることになった」

 さらっと相澤の一言。

「近い内にまた会えるどころか!!」

 緑谷がオーバーリアクションで驚く。文化祭のあの日、しょんぼりと寂しくお別れしたこともあって、案外あっさり再会できてしまったことに動揺が隠せないのだろう。しかも再会どころか同じ敷地内に住むのだ、いつでも会える距離に。
 再会に喜ぶ麗日や蛙吹を横目に西岐もまた嬉しさを滲ませる。あの時の相澤の意味深な態度はやはりこういうことだったのかと。

「どういった経緯で……!?」
「いつまでも病院ってわけにはいかないからな」

 緑谷の疑問に相澤がふわっとした返答をし、なにやら通形と揃ってインターン組を外へと促す。本人には聞かせたくない話なのか屋外へと出て改めて口を開いた。
 相澤と通形の説明によれば、エリは親に捨てられたのだそうだ。血縁に当たる八斎會組長も長い間意識不明のままらしく、現状寄る辺がない。それに加えて"個性"の放出口である『角』がまた僅かに伸び始めていることもあり、闘いの直後のような暴走状態にならないようにと、養護施設ではなく雄英が引き取り先になったらしい。教師寮の空き部屋で監督しつつ様子を見て、強大すぎる力との付き合い方も模索していくとのことで。

「相澤先生が大変そう」

 気遣いのできる蛙吹が相澤の負担に懸念を浮かべた。
 それには通形がシュバッと空気を切る勢いで挙手をする。

「そこは休学中でありエリちゃんとも仲良しなこの俺がいるのさ!」

 前回の笑みで胸を張る通形。彼がそばにいてくれることは実際にエリにとってとても安心できることだろう。そういう空気を彼は持っている。

「忙しいだろうけど皆も顔出してよね」
「もちろんです!」

 言われずともとばかりに応える緑谷に他の者も続いて頷く。会える距離にいるのなら会いに来るに決まっている。エリがどうなったのか、今後どうなるのかとずっと気に掛けていたのだから。

「エリちゃんが体も心も安定するようになれば……無敵の男の復活の日も遠くない」

 賑やかしいA組の面々に隠されるように影を薄くしていた天喰が不意に口を開き通形の肩を叩く。死穢八斎會との戦いの中で生まれた懸念はエリのことだけではない。エリの個性を使った銃弾によって個性が消されてしまったのなら、確かにエリが安定していった先に光明が差すかもしれない。
 しかし当の本人は『そうなれば嬉しいね』と笑い飛ばすだけに留めて、過剰な期待は示さなかった。

「早速で悪いが3年、しばらく頼めるか?」
「ラジャっす、オセロやろっと!」

 この流れだ。相澤の手短すぎる頼みの言葉を瞬時に理解した通形に緑谷も『僕らも!』と声を弾ませた。
 だが相澤の返答はノーだった。

「A組は寮へ戻ってろ。このあと来賓がある」

 エリに引き合わせるために呼び出したにしては用件のみで終了。来賓の一言で寮へ帰れと告げる相澤に全員が不思議そうな顔をしながらも渋々と踵を返した。

「西岐、お前はこっち」

 みんなに続こうとしていた西岐だけが呼び止められる。

「え?」
「ついてこい」
「え、なんで?」

 相澤は西岐の疑問には答えずくるっと体の向きを変えて寮とは別の方向へとすたすた歩いて行ってしまう。小走りになって追いかけ、横に並ぶまで追いつくと高い位置にある相澤の顔を下から見上げる。
 不機嫌ではないから怒られるのではなさそうだ。

 校舎の横を通り抜けた先、校門の前に見覚えのある四人が並んでいるのが見えた。
 私服姿のワイルド・ワイルド・プッシーキャッツだ。

「久しぶり!!」

 四人が四人、笑顔で声をかけてくれる。

「あ、お、おひさしぶり、です」

 予想もしていなかった訪問客に思わずどもってしまう。彼女たちとは林間合宿でのヴィラン襲撃以来の再会になる。

「あ、あの、もう平気ですか、ここ」

 ここ、と言いながら自分の肩を撫でさする。
 脳無のチェーンソーに抉られた場面が脳裏に過って言葉の端が少し震えた。

「すっかり! もう元気なんだよ! あの時はありがと!!」
「君がラグドールを救けてくれたんだってね、聞いたよ」
「礼に来るのが遅くなってすまなんだ」
「本当にありがとうね」

 ラグドールが両手をぶんぶんと振って傷が何ともないことをアピールして、ピクシーボブ・虎・マンダレイから代わる代わるお礼を言われる。
 西岐はお礼の言葉を受けるたびに項垂れた。

「そんな……俺は、たいしたことできなかったです。怪我させちゃったし、……あの、個性も」

 相澤からラグドールの個性が使えなくなってしまったことを聞かされている。本当にたいしたことは出来ていない。救けただなんてとんでもない。かえって事態を悪化させた可能性だってある。

「違うよ。本当なら私らが救ける立場なんだ、なのに守りきれなかった」

 ピクシーボブの笑みに悔しさが滲む。

「けどお互い無事に再会できたんだ。今はそれでいい。五体が満足ならやれることはまだまだあるよ」

 チームのまとめ役であるマンダレイの毅然とした言葉は鬱屈した西岐の思考を蹴散らす。その力強さに引っ張られるように西岐にも笑みが浮かぶ。
 相澤の手がポフッと背中を軽く叩いた。

「許可は貰ってますので、どうぞ寮の方に」
「ありがと、みんなに会うのもすっごく楽しみ」

 相澤に促されて歩き出す四人の後ろに小さな人影があったことに気付く。

「こうたくん!」

 マンダレイのいとこ甥にあたる男の子。この子もあの襲撃に巻き込まれた一人だった。緑谷が満身創痍になって救け、その後でお礼の手紙を受け取ったのだと以前話してくれた。

「こうたくんもひさしぶり、会えて嬉しい」
「……っう、うん」

 相変わらず素っ気ない。けれど元気な様子にますます嬉しくなる。

「早くしろ」

 先を歩く相澤から急かされて西岐は洸汰の手を取った。
 嫌がる素振りもなくキュッと握り返してくるそれに弾むような気持ちになっていた。




 プッシーキャッツの四人がわざわざ雄英まで訪れた理由、それは復帰の挨拶だった。
 ラグドールの個性は未だ戻っていないものの、今度発表されるヒーロービルボードチャートJP下半期で411位だったことをきっかけに復帰することに決めたらしい。全く活動していなかったにも拘らず三桁だった、支持率の項目が突出していた、待っていてくれている人がいるということが『立ち止まってなんかいられない』と彼女たちを突き動かしたようだ。

 普段はあまりヒーローのランキングには興味のない西岐にも、彼女たちと会ったことでビルボードへ関心が向いていた。
 何より、神野の悪夢によってオールマイトが引退してから初めてのビルボードチャートだ。
 結果はとても気になる。

 発表のその日。寮のリビング。
 集まったクラスメイト達がテレビに釘付けになっていた。
 これまで発表の場にヒーローが登壇することはなかったのだが今回は一堂に会していた。上位十名のヒーローが横一列に並んでいるのだから圧巻だ。
 つぎつぎと順位が発表されて一人一人にスポットが当てられていく。
 未だ活動休止中のベストジーニストが三位。
 最速最年少でのトップ10入りをしたホークスが二位。

 そして、多くの注目を浴びながら、No.1の座についたのはフレイムヒーロー・エンデヴァーだ。

「わあ! おめでとう! わあ!」

 テレビに映し出されるエンデヴァーの険しい顔を見るなり、西岐は勢い良く両手を鳴らした。西岐にとってエンデヴァーは尊敬するヒーローの一人だ。彼がヒーローの頂点に立ったことが我が事のように誇らしく思えた。
 隣では轟が表情を変えず無言のままじっと画面を見つめている。

 テレビでは上位十名が一人ずつコメントをしていた。
 オールマイトの不在によるのか、先の事件が影を落とすのか、ほとんどの者の発言がどこか神妙だ。手放しで順位を悦べる状況ではないということなのだろうか。
 しかしそんな中で不意に輪を乱す者がいた。

 バサリと大きく羽を広げ宙に舞い上がった最速のヒーロー・ホークス。

 何やら不遜で横柄な人物のようだ。
 他のヒーローたちのコメントが気に入らなかったのか、はたまた次のエンデヴァーへの挑発なのか。掻き乱すだけ乱して、エンデヴァーへとパスした。

 非常に話しにくい空気が会場・中継を見ている者たちの中に充満していくのが分かる。
 どうするのかと息を飲んで見守る中、エンデヴァーはグッと拳を握った。

「多くは語らん。俺を見ていてくれ」

 フレイムヒーローの名に恥じぬ熱い一言。
 見ている西岐の胸にも熱い炎が宿ったように感じた。
create 2019/06/25
update 2019/06/25
ヒロ×サイtop