ハイエンド
トワイライト



(※暗間(夢主ではないオリキャラ)視点です。ご注意を)



 轟音と共に土煙が立ち上る。
 痛々しい傷を負い倒れたエンデヴァーを遠目に見つめ、暗間は立っていた場所から移動した。
 駅の裏に見つけた脳無四体。
 常なら我関せずを貫き放置したものだが今回は少し事情が違う。事態を長引かせるのは少し厄介だった。

 一般人に襲い掛からんばかりの脳無の背後に回り左の肩甲骨のあたりに触れる。大したパワーではないが念動力を小さく引き絞り心臓の裏を一点攻撃すれば"生き物である以上"心臓麻痺により戦闘不能に陥る。
 濁った鳴き声を上げて倒れ伏すその脳無をそのままにして、また別の脳無の背へ。
 比較的近くにいた脳無四体ともに同じようにダウンさせたところに紅の羽根が数枚飛んできた。

 遅れて羽根の本体が駆け付ける。
 バサッとはばたく音に目を眇め見上げると、向こうも怪訝にした。

「……援護を」

 羽根の本体――ホークスが口を開く前に暗間が背後を指さす。
 一度は途切れた轟音が再び鳴り響いている。
 このあたりにも地響きが伝わってくる。
 遠くを映し出せる暗間の目には血を吐きながらも尚、脳無に応戦しているエンデヴァーの姿が見えていた。

 彼の性質は以前から変わらない。ただただ熱く一直線だ。彼の熱意は揺ぎ無い。
 それでも少しずつ彼の核の何かが変わりつつあるように思えた。
 真っ直ぐすぎて濁ってしまっていた視界が晴れやかになり、クリアな視界に人々を救うというヒーローらしい信念を見つめている。
 だからこそ彼があの子を惹き付けるのだろう。

 暗間が指さすまでもなくエンデヴァーの戦いを肌で感じ取っていたであろうホークスは、迷いなくそちらへと飛んで行く。
 速さを誇るだけのことはある。あの速度の脳無とエンデヴァーに追いつき、攻撃の隙を作るために一撃をお見舞いした。
 そして使えるだけの羽根を全てエンデヴァーの背に。

 エンデヴァーの火力に、ホークスの速さが上乗せされる。

 ――拳がぶつかるその直前。
 脳無が変容した。
 突如、獣のような様相になりエンデヴァーの拳に食らいつく。

 ハイエンドと名付けられたあの脳無。
 高位の個性複数と、今までになかった自我、そして今の変容。
 一つの到達点に達しようとしているのは確かだ。

 内側から灼かれてもなお脳無の再生が"間に合っている"。
 逃げる人々の方へと脳無がジェット噴射で突進していくのを押さえ込めず、トドメもさせず、それでも身を捩り足掻くエンデヴァーがホークスの名を叫んだ。

 途端にエンデヴァーと脳無の身体が方向を変え上昇しはじめる。
 人も建物もない上空へと。

「ならば……私も助力を」

 片手を翳す。
 大きな質量が二つ。
 抗う力も加わって念動力で持ち上げるには酷く重い。
 つつっと頬に一筋の汗が伝った時、上空で大きな熱線が広がり脳無を芯から灼き尽くした。

 落ちてくるエンデヴァーを見て暗間は迷いなく真下の地面に移動した。
 誰かの手が複数、受け止めようと構えるがそれだけでは恐らく足りないだろう。
 両腕を真っ直ぐに構え両手を翳した。また別の汗が浮かぶのを感じながらエンデヴァーの身体をぎりぎりで浮かびあげてゆっくり、ゆっくりと下ろしていく。
 暗間がエンデヴァーを受け止めたことで、同時に落下していたはずの脳無が先に地面へ到達し、大きな土煙を上げた。

 地面に降りたエンデヴァーがぎりぎりで開いている片目を暗間に向け、はくっと口を動かす。

「炎司さん、まだ、オシゴトです」

 暗間がそう静かに言葉を吐きだすと開いた口を閉じ、ちらりと上空を見た。
 上空にはヘリが。
 人々が勝利の安心を待っている。

 跪く暗間を隠すようにしてエンデヴァーは自力で立ち上がり、そして拳を突き上げた。
 勝利のスタンディングだ。

 マスコミの声、人々の割れんばかりの安心の声が暗間の耳にも聞こえてくる。

 傾き倒れかけたエンデヴァーを駆けつけたホークスが支え、健闘を称え、労わりの言葉をかける。
 新たなNo.1ヒーローのスタート、新しい時代のヒーローの幕開け。それを滲ませ戦いがすべて終わったかのような空気が漂う、――その向こうに、また別の人影が見えた。
 土煙の中、悠々と歩いてくるのはツギハギの顔の男。
 確か名前を荼毘と言っていた男だ。

 何かエンデヴァーへの確執を含んだような荼毘の言葉を耳にしながら暗間は目の前の二人に目をやる。
 エンデヴァーは重傷でボロボロだ。熱による体内へのダメージも大きいだろう。
 一方でホークスもまた羽根の多くを失っており、あの荼毘を相手にするには少し足りない。

 一気に広がった青い炎。

「仕方ない……」

 小さく吐き捨てて両手を地面に貼りつければ、両腕から冷気が舞い上がり、腕と地面に次々と氷が発生していく。周囲を取り囲んでいた炎が氷に冷やされ消されていく。
 驚きを孕んだ二対の目がこちらに向き、僅かに目を見開く荼毘と視線が重なる。
 不思議と荼毘という男に既視感を覚えた。

 ひとまず炎を消してしまえば援軍が望めるはずだが。
 しかし、熱に対して冷気が弱くすべてを消すには至らない。

 やはり本体を狙うべきか、と身構えたその時。
 派手な着地音と共にミルコが跳んできた。
 上位ヒーローの援軍により戦意を喪失したらしい荼毘が誰かの名を呼ぶ。
 優秀な耳が微かに聞き取ったその名前に暗間はしんなりと眉を顰める。

「…………?…………氏子……?」

 そう聞こえた。
 覚えのある名前だ。

 神野の時と同様の黒い液体を吐き出し、荼毘がどこかに転送されていき、炎が掻き消えていく。

「一件落着っぽいですね」

 ホークスがらしくもなく安堵の声を出した。
 同じく暗間も静かに息を吐く。あれ以上の戦闘にならなくてよかった。
 ホークスの声を聞いてギリギリで保っていたエンデヴァーの気力が途切れたのだろう。力なく崩れぐったりと地面に横たわった。

 遠くから警察関係車両や援軍らしきヒーローが駆け付ける気配が近付いてくる。
 誰かが振り向く前にと、暗間は音もなくその場から姿を消した。
create 2019/06/25
update 2020/03/16
ヒロ×サイtop