雄英高校
渦中の人 初日終了、下校時間――の少し前。
飯田と八百万を中心に真面目な生徒がカリキュラム等の書類を全員に配って内容に目を通している時のこと。
「あの、えっと……とこやみくん? これ……」
「ああ」
真面目な部類に入るのかよくわからない西岐が手渡しリレーの流れに飲まれたのか、常闇にいくつかの書類を渡してきた。
彼の顔を見るなり先程の持久走を思い出す。このクラスにはプロ顔負けの個性の持ち主が集まっているように思えていたが、持久走に限っては西岐が抜きんでていた。最終種目まで力を温存していたのかパッとしない成績を連ねていた彼だからこそ常闇は驚いた。
少し侮っていたのかもしれない。
書類を読むふりをして西岐を慎重に観察する。
行動は決してテキパキしていないし、先頭に立って導くタイプにも見えない。自発的に動くわけでもなさそうだ。
ただ目を離せない何かを持っている。
「とどろきくん、しょうじくん、どうぞ」
「ああ……ありがとう」
「ありがとう」
「みねたくん、はいどうぞ」
「西岐さんきゅー」
どうやら窓側の列の男子に配る役を押し付けられたようだ。
個性把握テストの前後で仲良くなった連中にはいくらか話しかけやすいらしく口元に笑みが浮かぶ。
しかし手渡すべき最後の一人になって西岐があからさまにしぼむ。
「えっと……えーっと、……?」
爆豪に向かっていたはずの西岐の顔がちらっと後ろを見た。
その視線の先にいるのが障子で。
「爆豪」
「あ、ばくごうくん」
察しのいい障子がボソッと爆豪の名を教えてやっている。
爆豪の名前を憶えていなかったようだ。
さきほど常闇の時にも記憶が怪しかったが入学初日だ、覚えきれないこともあるだろう。
だが当の爆豪には気に入らなかったらしい。
「人の名前くらい覚えろ、根暗ボケッ!」
言い放った本人は人の顔と名前をきちんと覚えるような人物にはとても見えないが、自分を棚に上げても文句が言いたいのか。
書類を持つ西岐の手がまごつく。
「えっと……でも、まだ話したことなかったし」
「あんだろうがっ、いっかい!!!!」
「え? え?」
爆豪の導火線はずいぶん短いようだ。爆豪の手の中で爆発が起きた。
会話した記憶がない様子の西岐に怒りが沸騰する。
西岐の襟首を掴んで引き寄せ、右手で小さな爆破を繰り返す。いつそれが西岐に向かってもおかしくない。
流石にまずそうだと常闇も腰を浮かす。
しかし、障子のほうが一歩早かった。
「やめておけ。書類を渡すだけだろ」
片方の腕で西岐を包むように引き寄せ、もう片方で渡すべき書類を爆豪の机に置く。
リーチの長さが爆豪の隙を突いたのかもしれない。
もちろんそれが逆鱗に触れる。
「んだやんのかタコ野郎!!」
「除籍処分になる可能性を踏まえてもやりたいなら相手をしよう」
障子の目もあくまで鋭い。爆撃に備えてか西岐を腕で覆ったままだ。
教室で暴力沙汰を起こせば確かに処罰は免れない可能性が高い。
それを聞いて焦るのは爆豪でなく西岐だった。
「あ、あ、あの、ばくごうくんごめん、名前覚えた……から。除籍はダメ」
腕の中で抜け出ようともがいているのか変に力の入った必死な声が響く。
抜け出ようとする西岐と爆豪を警戒して抑え込む障子の間にも攻防があるようだ。
「――ちっ」
ひょこひょことジャンプする西岐を見て爆豪の中の何かが折れたのだろう。舌打ちで精神的負けを誤魔化すと、乱暴に書類を手にして教室を出て行ってしまう。
教室のあちこちで『なんだったんだ』『さあ』『また爆豪だろ』というささやきが聞こえる。
爆豪の姿が見えなくなってからようやく障子の拘束がとかれる。
「お前はいちいち危なっかしいな」
「あ、ありがと……しょうじくんすごいね抜け出せなかった」
「その気になれば瞬間移動ができるんじゃないのか」
「ううん、ダメ。くっついてると一緒に移動しちゃうの」
行き場をなくしつつ傍観していた常闇は、西岐のふにゃふにゃした暢気な話し方に気が抜ける。
さっきの緊迫した空気が嘘のようだ。
西岐本人はさほどピンチとも思ってなかったのかもしれない。
一番の恐怖は常闇の背後から漂っていた半冷半燃の冷気のほうなのだが教室内で気付いていたのは常闇だけに違いない。しかも未だに冷気が治まっていない事実。
これ以上見続けるのは精神的に疲れそうだ。
西岐のことはもう少し知りたかったがそれはまた明日以降にしようと早々に見切りをつけて立ち上がる。
波乱の中心人物となりそうな西岐を一瞥して、常闇は教室を後にしたのだった。
create 2017/10/02
update 2017/10/02
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