雄英高校
ケア



 静かな部屋に微かな電子音が鳴る。
 音量調節を一番小さく絞られた目覚まし時計に手を伸ばす。6時半。いつもどおりの起床時間だが障子は全く寝た気がしなかった。
 床から体を起こす。ロングサイズの毛布を掛けていたため寝冷えすることはなかったがさすがに体が痛い。
 ワンルームに置かれた大きなサイズの布団に目をやる。
 障子が床で寝た理由がそこにあった。
 音を立てぬようにそっと近づいて覗き込む。西岐がそこで静かに寝息を立てている。

 戦闘訓練を行った昨日の放課後。
 具合悪そうにしていた西岐を連れて帰ってやろうと腕に抱えて校門を出たまでは良かったのだが、家の場所を聞こうにも西岐は意識を手放していた。その場で起こして聞き出そうと頬に触れて気づく。西岐の体温が異様に高いことに。
 呼吸は浅く早く、じっとり汗をにじませ、ぐったりと目を閉じている。
 西岐の今までの話しぶりだと一人暮らしなのだろう。わざわざ起こして一人きりの部屋に置いて帰るのは気が引けた。
 だから障子は自分の部屋に連れ帰ったのだ。

 朝になっても熱が下がらないようなら相澤あたりに連絡して病院に連れて行こうと思っていたがどうやらその必要はなさそうだ。
 ホッと胸を撫で下ろす。
 足音を気にしながら冷蔵庫と布団を往復して額用のアイスノンを交換してやる。このアイスノンは西岐を布団に寝かせたあと急いで薬局で買ってきたものだ。
 我ながら甲斐甲斐しいなと思うが性分だ。

 熱を確かめるために頬に手を当てると心地いいのか西岐の顔が手に擦り寄る。
 そしてうっすらと目が開いた。

「しょう、じ、くん?」
「おはよう、西岐」
「ん……おはよぉ」

 割としっかり目が開いて西岐は体を起こす。
 寝ぼけているのかじっと障子を見る。随分長い間そうしていたかと思うと今度は部屋を見渡し、布団の中の自分の服をじっと見る。
 状況が判断できていないのだろう。

「ここは俺の部屋だ。昨日連れてきた。悪いが服も勝手に着替えさせた」

 できるだけ端的に分かりやすく説明してやる。

 西岐が今身にまとっているのは障子の部屋着だ。汗をかいていたし制服がシワになっても困るだろうと着替えさせた。
 脱がせるときに躊躇いがなかったかといえば嘘になるが、本人が自ら着替えられない以上仕方のないことだと自分に言い聞かせた。

 障子の服は大きすぎる上に、触手を出すために肩口が大きくあいている。そのせいで着ているというよりどうにか引っかかっているという状態だ。それでも着ていないよりマシだろう。

 額を冷やすために前髪を横で止めているせいで西岐の表情がよく見える。
 耳と目で得た情報がゆっくりと咀嚼されていったのだろう。口が開いて小さく息をのむ。

「あ……俺、めいわくを」
「別に迷惑じゃない」
「俺、昨日あれからえっと……どうしたんだっけ、あれ」
「熱を出して気を失ったから俺がここに運んだんだ」
「え、え、」

 回らない頭で必死に考えるが空回りしている。少し混乱しているようで口元を手で覆った。自分を落ち着かせようと口元を触るのが癖のようだ。

「ごめん」
「なんで謝る」
「えっと、迷惑かけちゃった、し」
「……西岐」

 意外と卑屈な面がある。
 俯く西岐の肩に手を置き、障子はわざと語調をきつくした。

「迷惑じゃない。でも俺は死ぬほど心配したから連れてきた、わかるか」

 西岐の視線を捉える。そういえば西岐の目をきちんと見るのは初めてだった。
 逃さないようにして告げるとおずおずと頷いた。

「ありがとう」

 ようやく聞けたお礼の言葉に障子の目が微笑むように細くなる。
 起きられるならもうアイスノンはいらないだろうと回収してキッチンに持っていく。交換用のものと一緒に冷凍庫に置いた。
 そして昨晩洗濯しておいたシャツと靴下、畳んだ制服を布団に座る西岐に手渡してやる。今日学校に行けるかどうかは身体の回復次第だが、必要になった時に困らないように整えておいたのだ。
 自分でしておきながらさすがに着替えさせたことを思い出して障子の頬に朱が走る。

「わあー洗濯してあるー。ありがと」
「いや」
「あ、あのさ、シャワーあびてもいい?」

 西岐からの申し入れに障子の思考が数秒止まる。
 さらにむせた。
 動揺してしまった自分を隠すように手で覆う。

「風呂はそこだ、好きに使え。タオルは出しておく」
「わかった」

 西岐は障子の様子に不思議そうにしながらも起き上がって指さしたほうへとペタペタ歩いていく。両手でシャツとズボンを抑えているのはそうしていないと脱げてしまうからだろう。
 爆豪の剣幕から庇った時も、抱きかかえて連れ帰った時も思ったが西岐は細すぎる。
 鍛えている形跡がないとは言わないが筋肉や脂肪が身につかないタイプのようで異様に軽い。きちんと食べているのか心配になるくらいには。
 シャワーを終えるまでに何か作っておこうと思い至った障子はキッチンへ足を向けるのだった。
create 2017/10/02
update 2017/10/02
ヒロ×サイtop