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寝不足 ものが落ちる音がした。
最初はそれほど気に留めていなかったのだが、拾い上げる気配がしたかと思えば再び何かかが散らばる音が聞こえてきて、轟は斜め後ろを振り返った。
机の上にはファスナーが全開のカバン、そこから教科書やノートが雪崩のように崩れていて大半が床に落ちていた。その席の主はペンケースと中身を拾っているが、よろけて机にぶつかった拍子に今までかろうじてカバンに引っかかっていたノートが落ちて頭に直撃した。
轟はさすがに無関心でいられず席を立つ。
「あ……ありがとう」
「いや」
同じようにしゃがんでノートや教科書を集めるのを手伝いながら、今手に持ったそれらのほとんどが今日は使わない教科だということに気付いた。
よく見ると西岐本人もいつもと様子が違う。
髪がぼさぼさに跳ねていて、ネクタイもよれている。
ペンを拾い上げる手元ではなくどこか遠くを見ているようなぼんやりした表情に、轟はつい手を伸ばしてしまった。躊躇いなく彼の前髪をよけて額に手を置く。
「熱があるわけではないか」
「……へ?」
「ぼーっとしてるから」
手のひらに感じる熱が別段普通だったことにホッとして呟く。
どうやら行動や言葉の意味が伝わらなかったらしい。
けれど、意思の疎通に重きを置いていない轟はさっさと荷物を拾って机に戻してやる。
「ありがとう」
「いや」
さっきと同じ会話を繰り返した。
やはりどこかぼんやりしているのは勘違いではないようだ。元々ふにゃふにゃした喋り方をする人物ではあるが、どことなく普段より語尾がふわふわしている。
自覚するよりずっと長い間彼を見ていたのだろうか。
不思議そうな視線が返ってきた。
轟が触れた時のまま前髪が目元をよけて横に流れている。彼の瞳を直視しているとなぜか居心地が悪くなってくる。そわそわと落ち着かなくなって目を逸らしてしまった。
さりげなさを装って手を伸ばし前髪を戻してやる。
「西岐、具合が悪いのかと思ったけど違ったか?」
不思議だが、一度は放り投げた会話をもう一度試みる気になった。
西岐はふにゃっと笑う。
「ううんー、寝不足」
言い方が、仕草が、轟の中のどこかに突き刺さる。衝撃は一瞬で痛みはなく、だがじわじわと浸透していく感覚はまるで毒針でも盛られたかのようだ。
「保健室行くか」
「ううん、こっそり居眠りする。当てられたら教えてください」
ぺこりと下げられた頭に何でもしてあげたいような気持ちにさせられる。
仕方ないと頷いて轟は席に戻った。
create 2017/10/02
update 2017/10/02
ヒロ×サイ|top