USJ
侵入者



 水難事故、土砂災害、火事などあらゆる事故や災害を想定し作られた演習場、その名も《ウソの災害や事故ルーム》。略してUSJ。その規模や設備の凄さにクラスメイト達はわきたつ。
 西岐も眼前に広がる施設に釘付けになっていた。けれど理由はみんなとは大きく違った。
 動揺、驚愕、焦燥……恐怖かもしれない。
 ここだ。夢に見た場所はここ。この場で何かが起きるのだ。
 けれどそれ以上が思い出せない。
 じりじりしながらも出来ることがない。

 指導してくれるもう一人の教師、13号の小言を上の空で聞く。大事な話だったような気がするが心に留めておける余裕がない。
 中央にある広場の噴水の前に小さな黒い"シミ"が見えた気がした。
 "シミ"は"モヤ"になり渦を描いて次第に大きく広がる。その黒いものの中から手が見えた。

「ひとかたまりになって動くなッ!!!」

 相澤の声がその場に響いた。
 状況をすぐに理解できたクラスメイトはいなかった。ほとんどの者は訓練の一環だとでも思ったらしい。戦闘の構えも避難への行動もとらず悠長に眺めていた。

「動くな、あれはヴィランだ!!!!」

 教師、いやプロヒーローのリアルな緊迫感と現れた"やつら"の言葉に漸く気付いたのだろう。戦慄が走り抜けたのを肌で感じた。
 "やつら"は何と言ったか。
 西岐にはこう聞こえた。

『子供を殺せば来るのかな?』

 目的はオールマイトなのだろう。
 その手段がクラスメイトに向けられる。目の当たりにした歪んだ思考に西岐の心臓が早鐘を打った。
 間違いなく、これが西岐にとっての最悪を招くのは明らかだ。夢を思い出さずともそれだけは明確だった。

 緑谷の懸念を一蹴して広場へ飛び下りる相澤。首に巻いた長い捕縛武器と素手でヴィランを薙ぎ倒していく。抹消そのものの強みもさることながら想像より遥かに優れた身体能力。
 避難に動くクラスメイトには続かず戦闘を見ていた緑谷と共に、西岐は階段の前に佇んでいた。
 自分もここから降りて行ったほうがいいのではないか。戦闘に加わって少しでも負担を減らすほうがいいのではないか。邪魔にはなりたくない。迷惑をかけるわけにはいかない。けれど何もしないままでいて本当にいいのか。
 そんな考えが巡って身動きが取れない。

 飯田に促されて緑谷が後を追う。
 彼らの行く手を阻むように黒いモヤが広がる。ワープゲートらしきモヤ状のヴィランが丁寧な物言いで放つのはオールマイトへ向けられた悪意。同時にそのために何をするつもりなのかも。
 13号の攻撃に移るモーション、だが前に出たのは爆豪と切島。硬化した手刀と爆破が間髪をいれず黒いモヤに襲い掛かる。
 しかし、爆風が途切れるや否や黒いモヤが広がりクラスメイト達を取り囲んだ。

 大きな黒いモヤの塊の外、階段の前。未だ佇んでいた西岐はクラスメイト達が飲み込まれていくのを見ていた。
 障子ら何人かは逃れたようだがほとんどの者が姿を消していた。
 何かが西岐の中を駆け巡る。

「ぱっ」

 一言発すると西岐の姿は下の広場にあった。
 突然現れたことに周囲のヴィランが驚きの声を上げ、相澤の目も西岐に向いた。

「なんで来たっ」

 後から後から畳みかけるように向かってくるヴィランへ目掛けて、異形型を捕縛武器で放り投げて距離を取り西岐を庇うように立つ。
 けれど心配されるために来たのではない。
 筋肉のわずかな動きにブレスが正確に反応する。相澤が散らしたヴィランが再びこちらに向かってくる前に空中へ糸を撒いた。広範囲に広げたそれは一定の距離に踏み入れたヴィランの頭に降りかかる。そして通電。
 西岐の《抑制》によって辺り一帯のヴィランは微動だに出来なくなる。

「あいざわせんせ……みんながあちこちに飛ばされました」
「なに」
「この建物の中でバラバラになってて……っその近くにヴィランが」

 言いながら相澤はきっとゴーグルの下で奇妙なものを見る目をしているに違いないと思った。
 西岐自身どうしてそんなことが分かるのか説明できる自信がなかった。しかし確かに西岐にはクラスメイト達の様子が"視"えていた。
 大多数を同時に抑制するのはさすがに限界を感じて息を詰める。 
 糸の上から飛び掛かって来るヴィランの姿が目に映る。

「せんせ、俺が行って全員の無事を確認してきます」
「――待てっ勝手に動くな!」

 下の抑制を解き飛び掛かってくるヴィラン目掛けて抑制糸の第二波を投げかけ、地面へと叩きつける。
 周囲の動きが止まった隙にその場から姿を消した。
 相澤の『動くな』の言葉は耳に届かなかった。
create 2017/10/08
update 2017/10/08
ヒロ×サイtop