はじまり
ヒーローと少年



 ヴィランを捕縛して他のヒーローに引き渡すまでの間、相澤は少年をじっと観察していた。
 凄まじい個性を目の当たりにしたばかりだからだ。
 異形型も含めて相手の個性をなしに出来るとしたらそれは相澤の個性の上位互換と言っても過言ではない。
 それだけじゃない。彼がその個性を発揮するためにとった行動は相澤を驚愕させた。
 拘束されたままの状態で無理やり身体を動かし、自らナイフの刃に頬を押し付けて傷を負ったのだ。その血がもしかすれば個性の発動条件なのかもしれない。だが簡単にできることではない。
 個性を発動する瞬間を相澤は見ていた。
 少年の口元に浮かんだ笑みを。
 あれは相澤を安心させるために浮かべたものに違いなかった。

 警察や協力していたヒーローに報告と引き継ぎを終え、少年の荷物を受け取って戻ってみればまだぼんやりと佇んでいる。
 荷物を渡すと、なんとなく明るい表情が伝わってくる。
 前髪に隠れて顔は見えないが、感情の変化が見えるような気がしてくる。
 礼を言うときの疑問符も、相澤の礼の言葉に沸き上がった嬉しさも、言葉でも表情でもなく感じ取れていた。不思議な気分だった。

「送ってく。家はどこ」

 放っておけばいつまでも感情に浸っていそうな少年に、相澤は声をかけた。

「え、いいです」

 反射的に断りの言葉が返ってきた。
 思わずムッとなって口端を引き絞る。

「そうはいかない、送ってく」
「大丈夫です」
「家はどこだ、早く言え。時間がもったいない」
「あのう……大丈夫なので」
「――チッ」

 ふにゃふにゃと喋る少年は一見流されやすそうに見えるが、頑固な一面もあるようだ。長い前髪から僅かに見えた瞳には遠慮というより、対人における壁を感じた。人に頼ることに不慣れなのかもしれない。
 相澤も相澤で簡単に折れるような精神構造になってはおらず、寧ろこの無駄な攻防に苛立って舌打ちした。

「お前はヴィランに拉致された被害者で怪我をしている。ここはお前が拉致された場所からだいぶ離れていて、足元フラフラな状態で帰れるとは思えない。そのうえ――」

 再び手を少年へ伸ばした。

「泣いている子供を置き去りにして帰れる奴はヒーローじゃない」

 濡れた頬を指の腹でやや強く撫でる。
 どうして少年が泣いているのか相澤にとって知る由もない。今頃ヴィランと対峙した恐怖を実感したのか。まさか自分の言葉に心を揺れ動かしたわけではあるまい。
 ただ理由など関係ない。
 今目の前にいる少年の姿は相澤の中にある庇護欲をかきたてた。

 "ヒーロー"という音の響きがあっさりと少年の遠慮の言葉を塞いだらしい。
 畳みかけるように相澤は続ける。

「それにさっきの個性について聞きたいこともあるしな」
「……あ」

 免れたと思った追及を突きつけられて少年は諦めの色を浮かべた。

「あ……えっと……」
「俺はイレイザーヘッドだ」

 呼びかけようとして名前を知らないことを思い出したのだろう。それをあっさり見破ってヒーロー名を告げる。
 本名でもよかったがここはひとまずヒーロー名で。
 少年は何度か口の中で復唱している。

「俺は西岐れぇっていいます。よろしくお願いします」

 ペコリとお辞儀するのを見て相澤は満足げに頷いた。
create 2017/09/22
update 2017/09/22
ヒロ×サイtop