体育祭
開会前



 わたあめ、焼きそば、りんご飴、フランクフルトにかき氷、果てには雄英卒のヒーローをかたどったお面まで売っている。
 競技場前にずらっと並んだ屋台は多くの人で賑わう。
 まさしく体育の"祭り"だ。
 雄英の体育祭だというのに屋台の客の中に雄英の生徒の姿はない。それもそのはず、入場目前の今ほとんどの生徒は控え室で待機していることになっているのだ。
 ――が。暗黙の了解というのが通じない生徒もいるわけで。
 体操服姿のまま悪びれることなく堂々とたこ焼き屋の前に立っているのは西岐である。
 お釣りを受け取るとポケットに押し込み、アツアツの容器を落とさないよう両手で丁寧に持った。
 さて次は何を買おうかと屋台を見渡していると正面から歩いてくるスタッフカードを下げたプロヒーローの姿が。
 さすがに関係者に見つかれば相澤に伝わってしまう。
 目が合う前に瞬間移動。視界が1-A控え室に代わるなり西岐はうなだれた。

「たこ焼きしか買えなかったぁー……」
「抜け出して屋台見に行くなんて西岐もけっこうヤンチャなんだな」
「相澤先生に見つかったらタダでは済まないだろう」

 力なく椅子に座ると、同じ机を囲んでいる砂藤と常闇が呆れたように肩をすくめた。先程、ちょっと屋台を見てくるねと言って西岐が姿を消したときにも居合わせていたのだ。もしかしたら他にも気付いているクラスメイトはいるかもしれないが巻き込まれたくないのか特に何も言ってくる様子はない。

「まーまー、食べよう、食べよう」

 多めにもらったつまようじをちょいちょいと刺していると、上から手が伸びてきてたこ焼き一個が持っていかれる。
 犯人は障子で。触手の先を口の形へと変形させてそこからたこ焼きを頬張った。
 いつになく嬉しそうに咀嚼している……気がする。

「たこ焼き好きなの?」
「ああ」
「どうりで珍しく止めなかったわけだ」

 常闇の言葉にウンウンと頷く。真面目な障子が今回に限って黙って見送ったのがそういう理由だったとは。行く直前たこ焼きでも買ってこようかなと独り言ちたのをちゃっかり聞いていたのかもしれない。
 意外な一面を知って可笑しくなる。

「れぇーちゃんっ! 俺にもいっこちょーだい」

 背中に覆いかぶさってきた上鳴に手を掴まれちょうど食べようとしていたたこ焼きを奪われる。
 突然の略奪に反応できずにいると砂糖と常闇が手のひらの容器から一つずつ取っていき、つられるように近くにいた口田や瀬呂も手を伸ばす。
 障子が上から二個目を取り、横から峰田が最後の一つを持って行ってしまった。

「あ……、あー……」

 空になった容器に情けない声が漏れる。

「しょうじくんそれ二個目だよね……二個目だよね」
「う……」

 縋るように見上げるとなんだかんだで優しい障子には無視することが出来なかったらしい。好物のたこ焼きと西岐を見比べ、結局渋々と西岐へと差し出す。開けた口に放り込んでくれて西岐は満面の笑みでたこ焼きを味わった。



 そんなことをしているうちに入場時間が迫ってきたらしい。
 飯田がクラスメイトに指示を出す。
 しかし立ち上がりかけたクラスメイト達の意識は、緑谷に向けられた轟の言葉のほうに吸い寄せられていた。

「おまえオールマイトに目ぇかけられてるよな、別にそこ詮索するつもりはねえが……おまえには勝つぞ」

 正面切って投げつける宣戦布告。

「僕だって……遅れを取るわけにはいかないんだ。僕も本気で獲りに行く!」

 そして受けて立つ緑谷。
 その場にいたものは少なからず動揺した。
 西岐もまた例外ではなく轟からにじみ出る闘志と緑谷の熱い気持ちを感じ取っていた。

『誰かに負けたくないとか思わないのかな、お前は』

 相澤の問いがリフレインする。

『――だから本気で挑むつもりだ』

 心操の言葉が蘇る。
 ドクンと強く心臓が跳ねる。熱い血液が全身を駆け巡っていく。
 負けたくない。
 芽生えた闘争心が冷めないように小さく声に出し、入場ゲートへと向かうのだった。
create 2017/10/19
update 2017/10/19
ヒロ×サイtop