体育祭
障害物競争



 打ちあがる花火、開会のファンファーレ。モニターに映し出される放送席。
 勢いに乗って捲し立てるプレゼントマイクの声は真横で聞いていると鼓膜が破れそうだ。耳を塞ぐ手段がない現状、僅かに身を反らせて距離をとる。なんの効力にもならないがせめてもの抗議というやつだ。
 雄英のイベントで司会進行・実況、トークに関するものといえばお馴染みのプレゼントマイクだが、今回は全国にその名を轟かせる雄英体育祭である。観客動員数、報道カメラの台数、視聴率どれをとっても半端ないだけに気合いが入るのも頷ける。
 勝手にやってくれる分には構わないのだが。
 どうしてか相澤まで放送席に引っ張り込まれていた。

『どうせてめーらアレだろ、こいつらだろ!!? ヴィランの襲撃を受けたにも拘らず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!!』

 オーディエンスを煽りに煽りまくっての登場だ。

『ヒーロー科!! 1年!!! A組だろぉぉ!!?』

 大歓声が沸き上がる。
 他クラスがかわいそうなくらい観衆の目が1-Aに集中していた。
 列の最後尾までしっかりカメラに捉えられ、西岐の姿が大画面モニターに映し出される。

「よー、イレイザー、お気に入りのれぇちゃん包帯とれたんだな」

 冷やかすような囁き声が耳に滑り込む。
 モニターの中の西岐の両手には包帯も何もついていない。傷跡ひとつついていない綺麗な肌をみて頷いた。
 あれほど治療に関して頑なだった西岐が何故か学校に復帰するなりさっさと傷をリカバリーしてもらったのだ。もちろん傷がなくなるのは喜ばしいし偉いと褒めたものだが、心境の変化が気にならなくはない。さてはオールマイトが何か助言したのかとも思ったのだが相澤と一緒になって喜びと疑問がない交ぜになった顔をしていたので違うのだろう。
 まあいい、傷も痛みも痕も消えた。心のザラついたものが少しは拭える。

「さーてそれじゃあ、早速第一種目行きましょう」

 思考に沈んでいた相澤は主審であるミッドナイトの声で浮上する。
 予選となる第一種目は障害物競走。
 計11クラス総当たりの外周4キロコース。
 ルールというルールもなくただひたすら障害を乗り越えてゴールを目指すだけの大雑把でありながら明確な《ふるい》。
 コースさえ守れば《何をしたって》構わない。
 これは妨害もありという意味であるのだが相澤には違って聞こえた。

 三つのランプが順に消える。
 すべてが消え、スタートの合図が響く。

『さーて実況していくぜ! 解説アーユーレディ!? ミイラマン!!』
「……無理矢理呼んだんだろが」

 一斉に生徒たちが駆けだすと共にプレゼントマイクのスイッチが再びオンになる。

『早速だがミイラマン、序盤の見どころは?』

 ゲートに吸い込まれていく生徒たちをモニター越しに見ながら聞くまでもないだろうと声が低くなる。

「今だ」

 ゲート内のカメラがすし詰め状態の生徒を映している。
 あの狭いゲートに11クラスもの生徒たちが一気に押し寄せているのだ。前に出よう押しのけようとすればするだけ身動きはとれなくなる。
 その上を行く行動に出なければ。
 例えばゲートごと一気に凍り付かせたり、レーザーで飛び上がったり、爆破の威力を利用したり。

 そして入口の仕掛けを難なく超えた先頭組に襲い掛かるのは第一関門、ロボインフェルノ。入試で使用した仮想ヴィランのロボットだ。
 しかしそれも轟の前では何ら問題のない障害だったようだ。
 襲い来るものから順に凍らせていき、すり抜けると同時に不安定に凍らされたそれらが一気に崩れ落ちる。
 攻撃と妨害、同時にやってのけるとはさすがだ。

『すげえな!! 一抜けだ!! アレだな、もうなんか……ズリィな!!』
「合理的かつ戦略的行動だ」
『さすがは推薦入学者ァ!! 初めて戦ったロボインフェルノを全く寄せ付けないエリートっぷりだあああ!!!』

 集団の先頭を突っ走る轟にプレゼントマイクの実況も観衆も盛り上がっていく。
 轟ただ一人に行かせてたまるかと前に出るのは1-Aの生徒。
 他のクラスの生徒もまた続こうとするが経験値の差なのか行動に移るまでの速さが追随を許さない。

「しかしまあ……」

 仮装ヴィランを超えていく自分の受け持ちの生徒を解説していた相澤は、放送席に置かれた複数のモニターの中の随分と端にあるものに目を向けた。
 プレゼントマイクが不思議そうな顔で言葉の先を促す。

「一抜けは轟じゃないけどな」

 プレゼントマイクも主審のミッドナイトも、観衆もマスメディアも誰も気づいてはいない。
 雄英の優秀な自動制御カメラロボが捉えてくれていなければ相澤にも気付きようがなかっただろう。
 ゴールゲート手前に立っている西岐の姿を。

『――な、んだとぉ!!? 西岐いつの間に!!』
「あいつの前では障害物なんざ障害じゃないってことだな」
『おいおいおい、なんだよ、コレってマジズルくねってレベルだなオイ』
「なんもずるくねぇよ」

 何をしたって構わないのなら途中にいかなる障害があろうと西岐なら瞬間移動を使って一瞬でゴール前に辿りつける。決まった距離の中で速さを競う以上彼の独壇場に決まっている。
 むしろ《コースを守れ》の言葉を律儀に受け止めて転々とコースの途中で姿を現してきちんと一周回っていたのを相澤は知っていた。

 ロボインフェルノに続いてザフォールでまごつく後続の生徒たちは実況と解説の声を聞いてどよめくと同時に悠長にしていられないと気色ばむ。西岐を知る1-Aは多少そういう想像があったのだろう、ただひたすら前に出す足を早める。
 西岐の存在が他の生徒たちを引っ張り上げるかのように意欲を引き出す。
 だがその西岐はゴールゲートを前にして立ち止まったままだ。

『で、オイ、それでなんで西岐は固まっちゃってんだ? 急にダウンか?』

 あとはゲートを潜り抜け競技場に顔を出すだけで1位が確定するのだが進む様子はない。
 瞬間移動は西岐にとって負担がなく得意な能力なはずだ。この程度使ったくらいで疲れるわけがない。
 後ろを気にしている様子にもしやと、ある想像が相澤の頭に浮かぶ。

『轟が最終関門に差し掛かる、最後の障害かくしてその実態は――……一面地雷原!!! 怒りのアフガンだ!! 轟、西岐に追いついちゃうのか!!?』

 地雷原の先がもうゴールゲートだ。
 西岐と轟もお互い目が合ったことだろう。それでも焦る様子のないことから相澤は確信していた。

 轟と爆豪、その上を行く緑谷が団子状になって地雷原を突き進んでくる。
 仮装ヴィランの装甲と地雷の爆風を利用して飛び出した緑谷が真っ先に地雷原をクリアし、惰性で吹き飛びながら西岐の横をすり抜けた。
 続いて煙幕を振り払って轟と爆豪も走り抜ける。
 競技場内、ゲートを正面からカメラが捉える。

『さァさァ、序盤の展開から誰が予想できた!? 今一番にスタジアムへ還ってきたその男――……緑谷出久の存在を!!』

 大きく映し出されたのは緑谷だった。
 沸き上がる歓声。
 舞い散る紙吹雪。
 大多数が1位通過の緑谷へ注目して盛り上がっている中でさりげなく滑り込むように西岐が姿を見せ2位でゴールした。滑らかに発揮された瞬間移動だ。やはりダウンなどしてはおらず、誰かに《1位をとらせよう》としていたことが分かる。
 生徒たちにはまだ知らされていないこの後の種目のルールを思い返す。
 西岐は明らかに次への対策をしていた。
 思いがけず《切れ者》の片鱗を垣間見て相澤は人知れず口角を緩めるのだった。 
create 2017/10/21
update 2017/10/21
ヒロ×サイtop