体育祭
小休止 昼休憩。
西岐は学校関係者専用入口の外側に一人ポツンと立っていた。
扉も仕切りもなく、ぽっかり空洞が開いているだけの入り口を入ってすぐのところに轟と緑谷がいるらしく、話し声が西岐のいる場所まで届いた。
「オールマイトの隠し子か何かか?」
思わぬ話題にこの場にいていいものか悩んだが、ここで待っていてくれと言われて承諾してしまった以上ここにいるしかない。成り行きで立ち聞きする形になってしまった。
「違うよ、それは……、ってもし本当にそれ……隠し子だったら違うって言うに決まってるから納得しないと思うけど、とにかくそんなんじゃなくて」
緑谷の否定する声にそうだろうなと西岐は思っていた。なんとなく緑谷とオールマイトの関係は西岐と相澤の関係に似ている気がしていたからだ。親子というより信頼や尊敬で繋がっているような感じだ。
けれど轟にとってはその繋がりというものが親子だろうと何であろうとどうでもいいらしい。オールマイトに気に入られている、個性が似ている、何かしらの関りがある点を持って緑谷に敵対心を抱いたようだ。
その根幹というのが万年No.2ヒーロー・エンデヴァーにあるらしい。
「個性婚、知ってるよな」
ザワッと不快なものが心の深いところを駆けていったのを感じた。確かにはっきりと感じたのに意識するなり分からなくなった。
個性婚、人権だとか倫理だとかを一切無視した、より強くより優秀な個性を継がせる為だけの配偶者、優れた血を繋ぐ為だけの結婚。優劣で判断される結果論だけの子供。
知識としては聞いたことがある。けれど遠い世界の話だと思っていた。
しかし轟は現実に父親の遺志を受け継ぐべくして作られたらしい。母親もそんな環境下にあって不安定になっていったのだろう。コントロールを失った感情の矛先は轟に向かっていった。
「『お前の左側が醜い』と母は俺に煮え湯を浴びせた」
西岐は思わず自分の左目を押さえていた。想像の中で熱湯を浴びてただれる皮膚を押さえる。ただ想像するだけでとてつもない恐怖だった。
「クソ親父の"個性"なんざなくたって……いや……使わず"一番になる"ことで奴を完全否定する」
吐き出される憎悪に胸が苦しくなって息を詰める。
西岐には親がいない。親がいるということを知らない。知らないから親というものは無条件に愛しいものだと勝手に憧れていられた。だから親から向けられる苦しみが分からない。それがどれほど筆舌に尽くしがたいものか想像も及ばない。
知りうる限りの苦しさを胸に蘇らせてみるがきっと違うのだろう。
けれど、それでも、轟が憎しみの感情を抱いているという事実が悲しかった。
緑谷が轟の話をどう受け止めたのか。どう返して話が終わったのか。いつ緑谷が立ち去ったのか分からないまま時間が経っていた。
気付けば轟が西岐の目の前に来ていた。
「悪いな……こんな風に聞かせて。けど西岐にも聞いていてほしかったんだ」
ここで待っていてほしいと言ったのは轟だった。
なるほど、話を聞かせるためだったのかと納得したのはふわふわ浮かんだ頭のどこか別の場所で、反発する気持ちのほうが大きく膨れ上がっていく。
考えるより先に両手が轟の左手を掴んでいた。
「……あ、あのね、とどろきくん。とどろきくんは大丈夫だから」
こういうときほど自分の話下手が嫌になる。きっと言いたいことの何割も伝わらない。
それでも口から零れおちるものを止められない。
「とどろきくんは物凄いヒーローになれるから、ちゃんとなれるから……」
轟に手を振り払われる。
体ごと顔を背け西岐から距離をとってしまう。
余計なことを言ってしまったと俯く西岐の耳に届いたのは吐息に似た笑いだった。
「――、西岐ってほんと変なやつ……」
背を向けたままだから表情を伺うことはできなかったが確かに声は笑っているようだった。
笑っているはずなのにどこか少し悲しく感じて、それを振り払うように西岐も口元に笑みを浮かべていた。
一人になりたいといった轟と別れ、しょんぼりした気持ちを引きずったまま食堂に顔を出したのだが、次の瞬間にはそれを一気に吹き飛ばす勢いで峰田に捕まっていた。
「西岐! 聞いてくれ、大ピンチなんだ!!」
「そうなんだよ、大変なんだよ、れぇちゃん」
「え、なに、……え?」
背の低い峰田に襟首を引っ張られて、肩に上鳴の腕が乗せられ完全ホールド状態で屈まされる。
考える暇も与えないよう畳みかけてくる言葉に飲まれているうちに昼休憩が終了し、午後のレクリエーションと、その前にトーナメントの組み合わせ決めを行うために全生徒が競技フィールドに集まっていた。
『ん? アリャ? どーしたA組!!? どんなサービスだそりゃ』
「――ブッッ!!!」
プレゼントマイクの突っ込みと相澤が吹きだす声がスピーカーを通して響き渡った。
注目を集める衝撃の光景。
ぱつぱつの胸、おへそ丸出し、短すぎるスカート、手に持ったポンポン。
1-A女子がチアのコスチュームをまとってずらっと並んでいるのだ。
しかも、端っこにはなんと同じくチアの衣装に身を包んだ西岐が。
「ちょちょちょ、れぇちゃんまでなんでチアよ?」
「なんで胸があるんだよ、何が入ってんだおい」
「あ、なんかね、みねたくんたちがねチアは7人いないとダメでどうしても着てくれって。それでこれ、みねたくんのモギモギなの、すごいよねぇ」
真っ先に駆け寄ってくるのは瀬呂と切島で、ツッコミを入れられた西岐はというとさして羞恥心というものも見せず、けろっとした顔で胸の出っ張りをつついてみせる。
と、くぐもった咳払いがあちこちから聞こえてくる。
「峰田、上鳴、お前らしでかすなァおい!」
「うっせーよ、てめーらにもサービスしてやったんだ悦べ!」
「ほんっとバカなのな! 相澤先生にちゃんとチクるからな!!」
女子からの怒りとブーイングを受けながらも飄々とチア姿の女子を堪能する峰田と上鳴に対してさすがに声を荒げる切島。
「悪魔の囁きに耳を貸すな」
「え?」
「……ひとまず着替えてこい」
「え、え、え」
常闇の普段よりワントーン低い声に諭され、障子から何故か一人だけ退場を勧められて困惑する。西岐としては峰田たちの話を聞いてあくまで親切心でやったことなのだがどうやら叱られているらしい。
「肌にくっつけちゃったの? とれない?」
「え? ううん、タンクトップの上からくっつけたから」
「――じゃあさっさと脱いで来いッ!! クソ根暗ボケがッ!!」
緑谷が心配そうに訊いてくるのに答えていると、一部始終を黙ってみていた爆豪が唐突に憤慨した。
どうやら西岐の今の格好はクラスメイト全員にとても不評らしい。
轟さえ目も合わせてくれない始末。
「でも……あの、組み合わせのくじ引かなきゃだから、終わったらで」
「――チッ……」
1-A女子の有様に呆気に取られていたミッドナイトもそろそろ仕切り直そうとしている。くじを引く権利のある西岐が今抜け出すというわけにはいかない。
爆豪もそれはわかったのか舌打ちして西岐から目を逸らした。
ミッドナイトの鞭がしなり生徒たちの注意が特大パネルとくじの箱へと向かう。
いよいよ一人ずつくじを引くかというとき、尾白がすっと手を挙げた。
「俺、辞退します」
突然の申し出にクラスメイトも会場の観衆も一様にざわめいた。
騎馬戦の最中、ほぼ意識を保っていなかったことが辞退の動機らしい。尾白に続いて同じく心操のチームで騎馬をしていた庄田もまた同様の理由で辞退を申し出て、主審の采配で許可されてしまう。
B組の生徒が繰り上がりについて話している間、西岐は動揺のふちにいた。
西岐もまた心操のチームにいたのだ。彼らが洗脳されているのを知っていて黙認していた。それが悪いとは思わず、こういう事態になるとは思ってもいなかったのだ。二人もの生徒がトーナメントへの進出を辞退している現状、自分も辞退したほうがいいのではないか。そんな考えが頭をよぎる。
「……西岐は違うよ」
それを察したのか尾白が声をかけてくる。
「西岐は自分の意志で動いてちゃんと結果を出している。むしろ俺の分まで頑張ってほしい気持ちだよ」
ぽんと肩を叩かれる。
本当にいいのかと迷っていると何度か背中が叩かれる。それは何人かの手で、クラスメイトの手で、西岐はつられるように頷いていた。
出るからには全力を出し切ろう。
それこそ出場できなかったクラスのみんなの分までも。
気合いを入れなおしたその後。
レクリエーションにて。
西岐はしっかりとチアをやりきり、障子をはじめ何人かのやる気を削いでしまうのだった。
一方、放送席では相澤が台に突っ伏していた。
「――なんて格好してるんだ、あいつは」
何度この場から寝袋を投げてやろうかと思ったことか。
「れぇちゃん、クッソ可愛いのなヤバイなオイ」
「見んなコロス」
相変わらず冷やかしたっぷりに囁いてくるプレゼントマイクに対して凶悪な目で睨みつけながらヒーローにあるまじきセリフを吐くのだった。
create 2017/10/25
update 2017/10/25
ヒロ×サイ|top