体育祭
一回戦



 トーナメント。
 ルールは極めてシンプルかつ明快、場外に落ちるか降参をすれば負けのガチンコ勝負。
 いよいよ始まる頂上決戦に場内は大いに白熱していく。

「れぇチャーン!」
「やっと着替えてきたか」

 チア服から体操服に着替えて観戦席に姿を見せるとそれに気づいたダークシャドウと常闇が声をかけてくる。
 西岐は呼ばれるまま常闇と切島の間の席に座りながら嬉しそうにスマホを掲げた。

「あのね、みんなで写真撮ってたの、せっかくだからって」

 スマホの画面には撮ったばかりの写真が表示されている。チア姿でポーズをとる女の子たちと西岐が写っている写真を横から後ろからと何人かが覗き込んでくる。

「西岐、その写真俺にもくれ!」
「俺にもくれ!」
「あんたらにだけは絶対ダメ」
「れぇちゃんあげちゃダメだからね」

 身を乗り出す峰田と上鳴。
 西岐が"あ"と声を発する前に、空いた席に向かう途中の耳郎が上鳴の頭をはたき、芦戸が西岐に釘を刺す。流されやすい西岐のことだ、ほいほいと言われるままあげてしまうと思われたのだろう。
 いいよと言いかけていただけに慌てて口を押え二度三度頷く。

「でもさーれぇちゃんのチアリーダー、思ってたよりアリだったよなぁ」
「アリかナシかで言ったらまあアリだわな」

 自分の席に尻を落ち着かせしみじみ言う瀬呂に切島も複雑そうではあるが神妙に同意した。

「それ以上その話題しゃべんな」
「またまたー爆豪も写真欲しいくせにさ」
「大概殺すゾ……」

 がなるでもなく低く唸るように凄む爆豪に最初はふざけて切り返していた上鳴もたじろぐ。
 昼休みからしばらく爆豪の機嫌はあまりよろしくないようだ。その原因の一端は西岐にあるらしく向けられる眼差しは鋭い。しかし西岐に自覚がなく爆豪が直接言ってくるでもない以上どうしようもなかった。

「れぇチャンカワイイ」
「クロくんもかわいいしかっこいいよぉ、とこやみくんさっきの騎馬戦大活躍だったねぇ」

 頭突きするかの勢いで擦りついてくるダークシャドウに押され受け止めきれず、切島にぶつかってしまう。切島の手で体勢を戻されながら西岐は擦りつくダークシャドウを撫で、先程の騎馬戦で見せつけられた万能っぷりを思い出していた。
 常闇とダークシャドウはある程度自我が切り離されているのか、死角からの攻撃に対するオート防御が逃げ一択だった緑谷チームに大いに貢献していた。死角を守りながら死角を攻めることにもまた長けており、トーナメント進出への決め手となったハチマキ奪還は鮮やかだった。

「いつも思うけどほんとにすごいよね」
「褒められるのは悪い気がしないがさすがに……」
「ヤーイ、踏陰照レテル、ヤーイ」
「少し大人しくしててくれ」

 常闇が頬を赤らめて厳しい口調で言うなり、冷やかしていたダークシャドウがシュルっと身体に吸い込まれていく。

「騒がしくてすまない」
「いいのに」

 むしろ西岐としてはダークシャドウと話すのは楽しいのだが、というようなニュアンスを含めて不思議そうに常闇を見ると少し表情が陰った。

「西岐はダークシャドウありきで俺と話しているのか」
「……え、ありき?」

 言葉の意味が汲めずにいると不意に肩が重くなる。
 切島が西岐の肩に腕を乗せ、常闇のほうへと身を乗り出していた。

「自分の個性に妬くな、れぇが混乱するだろ」
「そういうつもりはないが」
「あるって。常闇の意外な一面だな」

 会話が真ん中の西岐を置き去りにして進んでいく。切島のさっぱりした性格がケンカ腰のような雰囲気にはしないものの少し妙な具合だ。
 それを打ち破ったのはプレゼントマイクの声。

『一回戦!! 成績の割に何だその顔、ヒーロー科、緑谷出久!! バーサス、ごめん、まだ目立つ活躍なし! 普通科、心操人使!!』

 アナウンスと共に両者が競技台に上る。

「しんそうくんとデクくんだ……」

 西岐の興味が競技台のほうに移る。
 騎馬戦で共に闘いを潜り抜けたばかりの心操と、先日熱を出して世話になった緑谷。
 どちらを応援するというわけにもいかず動静を見守る。

「心操だっけ、あいつの個性ってなんだ」
「え、洗脳……あっ」

 よく考えもせずポロっと言ってしまってから慌てて口に手を当てた。が、遅い。言ってしまったものは戻せない。
 この場にいる誰がこのあとで心操と戦うかわからないのについうっかりでバラしてしまうなんて。
 どうしようと焦っていると乗せられたままだった腕の重みが肩から消える。

「なんだよ、あいつ贔屓かよ」
「妬くな、みっともない」
「――あ、あ、あ、デクくんっ」

 不満げに眉を下げた切島にさっきの仕返しとばかりに水を差す常闇。
 しかし西岐の声が二人の絡んだ視線を引きはがす。
 競技台に完全停止してしまった緑谷の姿が。
 開始して間もなくまだ触れてもいないうちからこの状態となり、実況するプレゼントマイクの言葉にも動揺が多大に含まれている。
 入試のシステムについて語る相澤の言葉を聞いて、初めて会った時の心操の複雑そうな表情を思い出していた。少し投げやりのような自嘲するような、でも諦めきれていないような表情は、不本意にも入試から躓いてしまう自身の個性に対してだったのかもしれない。

「振り向いてそのまま場外まで歩いて行け」

 心操のその言葉のまま緑谷は場外に向かって足を進める。
 淀みのない足取りで競技台に引かれたラインまであと一歩というところまで進んでしまう。
 西岐の目は緑谷の指が僅かに動くのを"視"ていた。
 途端に風が舞い上がる。
 洗脳が解ける。

「指動かすだけでそんな威力か、羨ましいよ」

 心操の言葉に彼の苦渋が滲んだ。

「俺はこんな"個性"のおかげでスタートから遅れちまったよ、恵まれた人間にはわかんないだろ」

 言葉の一つ一つが西岐に突き刺さる。

「あつらえ向きの"個性"に生まれて望む場所へ行ける奴らにはよ!!」

 突き刺さる。
 西岐にもそう思っていたのだろうか。
 よく、ズルいと言われた。西岐の持つ能力を誰かに話して『すごい』と褒められるのは『ズルい』と言われるのと同じだった。
 人と違うというのはずっと前から知っていた。
 だから以前は個性の話を避けていた。
 けれどヒーロー科に入っていろんなすごい個性を目の当たりにしてそういう異質さを忘れていたのかもしれない。自分の個性を見せたり話したりすることに抵抗がなくなっていた。
 西岐の能力を聞いていた時、心操はどんな気持ちだったのだろう。

 心操と緑谷が掴みあう。
 力と力が押し合う。
 緑谷が体勢を崩したところに心操が張り手を見舞う。が、その腕をとられ綺麗な背負い投げが決まった。

「心操くん場外!! 緑谷くん二回戦進出!!」

 ミッドナイトの判定をきくなり西岐は立ち上がっていた。
 切島と常闇が驚いて見上げてきたが何かを告げることなくその場から姿を消した。





 急いで向かった選手控え室。
 もしかしたらもういないかもしれない。今は話したくないかもしれない。
 いろいろ思うことはあったが西岐は扉を開けた。
 心操は椅子に座ってうなだれていた。
 人が入ってきた気配で顔を上げ、西岐の姿を目で捉えると少し目蓋を持ち上げた。そのあとでいつもより少し皮肉気な笑みへと変わる。

「慰めに来てくれた?」

 言葉も少し棘がある。
 西岐は腕を前に突き出した。手には途中で買ったドリンクのペットボトル。

「おつかれさま」

 急いだから少し振ってしまったらしい。
 小さな泡が底からあがっていく。
 カラフルなパッケージと流線形の容器、身体によくなさそうな液体の色。
 急いで買ったために種類は選ばなかった。
 どこかで見たようなそれに心操の表情が少し崩れて、どうにか堪えるように笑ってみせる。

「くっそ悔しいけど大丈夫だぜ? 俺は」

 ペットボトルを受け取り開けないままテーブルに置く。指先だけでペットボトルを傾けては、液体の表面に浮かんで消える泡を見ていた。

「別に諦めてないし、可能性が消えたわけじゃないし、今日だって手応えあったし」

 飄々として見せることで自分を鼓舞しているのかもしれない。

「……西岐?」

 反応を返さない西岐に訝しんで顔を向ける。
 名前を呼ばれても返事が出来ず聞いているということだけ伝わるように微かに身じろぐ。
 心操が立ち上がって顔を覗き込む。
 両手が前髪をかき分けて視界を広げていく。

「なんて顔してんだよ」

 髪を押さえたまま両手が西岐の頭を両側からはさみ目線が合うように固定する。
 そういう心操の顔も少し皺が寄っている。

「しんそうくん負けちゃった」
「負けたな」
「悔しい」
「なんでお前が俺より悔しがるんだ」
「くやしいい」

 頭を押さえる手が離れ代わりに抱き込まれていた。
 心操が肩口に顔を埋める。
 柔らかい髪の感触が頬をくすぐった。

「お前に慰められるなんてごめんなんだけどな、分かれよ」

 くぐもった声が文句を言う。
 そっと背中を撫でてみると西岐を抱きしめる腕が強くなった。
 競技場からのアナウンスが聞こえてくる。二試合目、三試合目と続いているらしいが控え室に来る生徒はいない。もうしばらくこうしていてもいいだろうと、西岐は身を委ねるのだった。





『続いては……侮れぬ身体能力と個性の持ち主だが今回はまだ発揮しきれていないか! ヒーロー科、芦戸三奈!! バーサス、第一種目・第二種目と続いて気付くと二位にいるミステリアス! 同じくヒーロー科、西岐れぇ!!』

 西岐は競技台に立ちプレゼントマイクの説明を聞いていた。
 対戦表を見ていた時は割と後のほうだと思っていたのだが実際にトーナメントが始まってみると随分早く出番が来てしまった。間の三試合を見逃していることもあって心の準備もまだだ。
 けれど無情にもスタートが切られてしまう。

 芦戸の強みは優れた身体能力と酸での攻撃による近・中距離戦闘の柔軟性にある。安易に隙を見せればあっという間に避けられるかもしくは酸を食らうだろう。
 つまり、

「先手必勝、ごめんね」

 スタートを知らせる声が終わると同時にもう背後に移動し肩に触れ、そのまま芦戸と共に場外ラインの縁に移動して背中を押す。
 彼女が理解したときにはもう足がラインの外に出ていたことだろう。

「え? うそ」
「芦戸さん場外!! 西岐くん二回戦進出!!」

 ミッドナイトの判定が下る。
 こういう勝ち方に罪悪感がないわけではないが他に勝ち筋がない以上仕方がないのだ。

『またしても西岐の気づいたら勝っちゃってるパターン!! すげえな、もうお前のクラス何なの』
「俺のせいじゃねえ」

 もはや漫才のような実況と解説が響き渡る中、芦戸が悔しそうに二つの拳を振っていた。

「あ゙ー悔しいーッ!! れぇちゃん鬼強だよーくっそーッ!!」

 芦戸は悔しがり方も元気いっぱいでおかげで少し気持ちが軽くなる。
 ミッドナイトに促され退場していく間もしきりに悔しがっている芦戸を遠くに見ながら、勝ったほうの西岐が慰められたような気分がして可笑しくてつい笑ってしまっていた。





 西岐が観戦席に戻るとちょうど常闇のダークシャドウが八百万に武器を作らせる隙さえ与えず場外へと押し出したところだった。
 鮮やか且つ余裕のある勝ち方に西岐は立ち尽くして見入っていた。

「おい根暗、うぜぇからさっさと座れ」

 通路に一番近い席に座る爆豪に睨まれて慌てて席に戻る。
 隣は今試合が終わったばかりの常闇とこれから試合をする切島のため空席だ。その隣の緑谷もそのまた隣の飯田も麗日も席にいない。
 ぽつんと少し寂しい気持ちで座っていると後ろから声がかかる。

「れぇーちゃん、俺が隣にいってやろうか」
「俺も隣に座るから慰めてほしいなぁ」

 言うが早いか瀬呂と上鳴の二人が西岐を挟むように席を移動してきた。

「俺ら見ちゃったんだよねー、普通科のあいつを控え室で慰めてあげてたの」
「そーそー、ハグなんかしてあげちゃってさー」
「俺も一回戦敗退なんだよ、ハグしてくれ」
「俺もだー」

 了承も何もない。西岐が何か言う前に両方から抱き込まれ潰され苦しげな声が漏れる。
 ただ敗退してしまった二人を慰めるということに関してはやぶさかではない。
 身動きが取れないなりに『そっか大変だったね』とか『お疲れ様だね』とか言って慰めていると不機嫌極まりない舌打ちが耳に届く。

「目障りなんだよ、てめぇらッ!!」
「マジギレこえぇ」
「は? 誰がキレてるっつーんだ? あ?」

 爆豪の握った拳の中で小さな爆発が起きる。
 観衆もいてカメラもある体育祭の真っただ中で何かやらかすのは非常にまずい。

「あ、あ、そろそろ控え室行ったほうがいいかも、あの、ほら」

 指さした先の競技台では今まさしく切島と鉄哲のクロスカウンターが互いに決まった瞬間だった。ミッドナイトにより両者ダウンがとられ引き分けとなる。二人の決着は回復を待って執り行われるらしい。つまりもうこの後が爆豪の試合だ。
 苦々しげな表情で立ち上がる爆豪。と入れ替わりで常闇・緑谷・飯田が戻ってきた。

「……で、席替えか?」
「ああ、違う違う、いやー爆豪からかうとオモシレーからつい」
「ちょっと命がけっぽいスリルがいいんだよな」

 まだ西岐に張り付いていた二人は常闇の問いかけにそそくさと手を放す。
 さも面白そうにニシシと笑いながら自分の席に戻っていく二人に呆れたようにため息を吐き、取り戻した自分の席へ座る常闇。
 緑谷と飯田も席につく。
 それを待っていたかのように一回戦最後の試合の紹介に入る。

『中学からちょっとした有名人!! 堅気の顔じゃねぇ、ヒーロー科、爆豪勝己!! バーサス、俺こっち応援したい!! ヒーロー科、麗日お茶子!』

 隠す気もなさそうな私情がバリバリ入ったアナウンスに思わず観戦席から笑いが零れる。
 だがその暢気な空気も試合が始まるまでの話。
 開始早々、速攻に向かう麗日を爆撃が正面から迎える。上着を使ってのフェイクも視認してからの早すぎる反射速度で対応され爆撃に吹き飛ばされる。
 麗日が行動に移る、その前に第二第三の爆撃を食らわせる容赦なさに一部の観衆がどよめく。
 まるで爆豪が悪役だと言わんばかりの空気。
 数人のプロヒーローから野次が飛ぶ。

『今遊んでるっつたのプロか? 何年目だ? シラフで言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ』

 マイクを奪ったらしい相澤の厳しい言葉がスピーカーに響く。
 西岐はそれを聞いてそのとおりだと頷く。

『ここまで上がってきた相手の力を認めてるから警戒してんだろう、本気で勝とうとしてるからこそ手加減も油断も出きねぇんだろが』

 爆煙の中、視線を交わす爆豪と麗日は決して悪役とその被害者のような空気は纏っていない。
 爆豪は本気で麗日を警戒し、麗日もまた反撃の隙を伺っている。
 そしてなにより、宙に浮かぶ大量の礫が見えていた。

「勝ぁァアァつ!!」

 一斉に降り注ぐ礫。
 だが、一撃だった。
 凄まじい規模の超特大爆撃が降り注ぐ流星群をたった一撃で粉砕してみせた。

「……ああ、かつきくん……強い、これは勝てないかも」

 西岐の頭の中にはもう爆豪との対戦のシミュレーションが描かれていた。
 それが今の一撃で同じく粉砕される。

「気が早いな」
「え」
「爆豪の前には俺に勝たなければいけないがな」

 気の早い西岐の一言に常闇が珍しく挑発的なセリフをボソッとこぼす。

「麗日さん……行動不能、二回戦進出、爆豪くん――!」

 ミッドナイトの判定が下り、退場していく爆豪、担架で運ばれていく麗日。
 最後まで諦めず立ち向かっていこうとしていた彼女の姿は西岐の胸に小さく灯っていた闘争心を大きく膨らませる。

「うん……とこやみくん、俺負けないから」

 受けて立つと、頷いていた。
create 2017/10/26
update 2017/10/26
ヒロ×サイtop