体育祭
三回戦 どれほどの間佇んでいたのだろうか。
目の前が真っ暗になるという経験を初めて味わう。
「西岐くん?」
声をかけられてハッと気づく。
薄暗いと思っていた廊下にはちゃんと明かりがついていて、やたら寒いと思っていた肌がちゃんと温かみを感じる。
「あ……いいだくん、試合は……」
「負けてしまったよ」
飯田は悔しさを表情に漂わせながらも清々しく言い切った。
ということはもう西岐の試合が始まってしまう。
入場ゲートに向かわなくては。
――なんのために?
負けるために?
足の裏が床に張り付いて剥がれない。
「……西岐くん、僕も慰めてもらっていいかな」
一体西岐はどういう顔で振り返ったのだろう。
ひどく気遣わし気な目で飯田が自分を見ている。足が前に進まないのを見て西岐が緊張しているとでも解釈したのか、きっとその言葉は自分のためではなく西岐のために出たものだ。
両手を軽く広げて構えている。
どうすればいいかわからずにいるとその手に包まれる。
「実は話に聞いて羨ましいと思っていたのだ」
照れ笑いのような吐息が耳にかかる。
それが少しだけ西岐の何かをほぐして身体が動く。そっと手を持ち上げて飯田の背中をポンポンと叩く。
飯田もまた同じように西岐の背中に回した手で何度も叩く。
「さ、もう本当にいかないとまずいな」
そうして西岐の身体から離れ入場ゲートに向かって背中を軽く押す。
足が床から剥がれる。それほど強い力で押されたわけではないのに西岐の身体は軽やかに入場ゲートに向かって進んでいく。
ゲートから外に出た西岐は眩しいばかりの太陽光に目を細めるのだった。
「よぉ、根暗、やっとテメェとやれんな」
競技台の上。
お互い向かい合いになり爆豪の顔が挑発的に歪む。
「テメェがどんな個性か知らねぇが、ぐしゃぐしゃにぶっ潰す!!!」
これまでの試合で西岐は開始と同時に相手の背後をとってきた。それを警戒して斜めに姿勢をとり前後左右に対応できるように構えると、スタートの合図が響く。
しかし西岐は動かない。
「……は?」
微動だにせず棒立ちになっている西岐に爆豪は疑問を浮かべ、それは次第に苛立ちに繋がっていく。
「な、んだよテメェ、やる気なくしちまってんのか、あ!?」
最初こそ動かないのは企みなのかと疑った。焦れた爆豪を攻撃へと誘い込んで隙を作ろうという魂胆なのかと。
だとすれば少しは構えるというもの。
あっという間に決着をつけた一回戦・二回戦では少なくともそうだった。
今の西岐は爆豪を見ていない。どこか明後日の場所に意識を漂わせぼんやり佇んでいるように見える。
返事もなければリアクションもない。
小さく舌打ちする。
両の手のひらで爆破を起こす。その威力で身体を浮かせ西岐との距離を詰める。
緑谷の台詞が頭をよぎる。
最初は右の大振り、それをわざと変えず意図的に大振りの爆破を西岐の顔目掛けて浴びせかける。
『爆豪の容赦ない一撃、西岐モロに食らっちまったか!』
爆炎の中、吹き飛んで宙に舞い上がった体がフッと消える。
ダメージを完全に回避できなかったのか、少し離れた場所に姿を見せるなりバランスを崩して地面に手をつく。
「ぼーっとしてっと」
それくらいの距離など爆破で一気に詰められる。
「マジでブッ殺すぞッ!!!」
左右の爆破を調節し軌道をコントロールするとまずは小さな爆撃を正面から食らわせ、それに西岐が怯み体を動かす前に横をかすめ、背中に左の突きを見舞う。
肉がぶつかる感触を確かめた後、手のひらに滲ませたニトロを爆破させそのまま背中へ浴びせる。
西岐は体を仰け反らせたまま宙を吹き飛び、受け身をとれず地面にぶつかる。
転がり滑り、あと僅かで場外ラインというところで膝と手で地面をこすり、吹き飛ぶ身体の勢いを殺した。そして次の瞬間には爆豪の背後をとる。
「やっとかよ」
腕をぐるりと回す。
自他ともに認める反応速度で照準を西岐に合わせる。
放った爆破は僅かに狙いを逸れて西岐の顔の十数センチ先で炸裂する。
爆豪の腕を肘で弾きながら襟首に手を伸ばす。
いくら反らしたとはいえ至近距離での爆破だ。熱と風と煙が容赦なく西岐の左側を舐める。
だがそれに怯むことなく襟首を掴むと身体をひねる。
掴んだ襟元を視点にして回転しながら爆豪の頭部目掛けて勢いよく足を振りかぶる。
服の繊維がちぎれる音がした。
これまで近接戦闘のさまを見せてこなかった西岐からの蹴り技にガードが遅れまともに受けてしまう。
驚いている暇など与えず、捻じれを戻すような勢いでもう片方の足がもう二撃目を叩きつける。
決して小さくはない衝撃を堪えながら西岐の足を掴みぶん投げる。
西岐は崩れたバランスを地面につく前に整え両足で着地した。
『意外や意外、西岐は格闘もできちゃうのかヨッ!!』
ふざけているみたいなプレゼントマイクの実況が耳障りに響く。
西岐が鍛えていないとは思ってなかったがまさかこれほど動けるとは。
とはいえ、爆豪が知っている個性らしきものといえば瞬間移動と敵の動きを封じる"何か"。結局この体育祭の終盤までを経ても西岐がどういう人物なのか計ることが出来ていない。
今更見知らぬ能力を突きつけられたところで"今更"なのだ。
西岐が瞬間移動を使わず走って向かってくる。
すかさず爆破で出迎える。
身を屈め躱しながら低い姿勢で走り寄る。
間髪入れず西岐の動きに合わせて連続で爆破していく。
それでも何とか避けたり堪えたりしながら向かってくる。
こんなに真っ直ぐ相手に向かってくるような奴だっただろうか。
戦闘訓練の時、ヴィラン襲撃の時を思い起こしてみるが、時折視界の端に映ることはあっても積極的に動いている姿を爆豪が捉えたことはない。
普段でも戦闘時でもいつだって西岐は捉えどころがない。
そのくせ度々爆豪を驚かせる。
舞い上がる煙で互いの視界が塞がる。
西岐は物理的に物を見ていないのか迷わず突進し爆豪の髪を掴んだ。
グイッと引っ張られ顔が上を向く。
飛び跳ねた西岐の身体が大車輪のごとく回転し、その素早さに対応しきれぬうちに首に膝蹴りを食らっていた。
『けど……なんで、西岐は個性使わねぇんだ!?』
プレゼントマイクの疑問は隣に座る相澤に向けてのものだったのだろう。けれど相澤からの答えはない。
爆豪だって聞きたいところだ。
なぜ個性を使ってこない。
攻撃を決めた後の西岐は隙だらけだ。
着地前に足を払い、倒れ掛かる西岐の顔面を手のひらで押さえつけた。
乱れた髪の間から両目が覗く。
戦慄が走る。
「――は、なんだテメェ、俺に八つ当たりしてんのか」
目に宿るのは激しい怒り。
見たことのない表情で爆豪を見上げてくる。
手のひらの下で唇が蠢いて荒い息とともに音が零れおち、聞き取れたかと思うと空気に溶けて消える。
「……勝ちたい、……勝ちたい、……勝ちたい」
呪文のように繰り返すその言葉の意味するところなど知る由もない。
しかしこれほどまでに激情を滾らせている姿を見て爆豪は思い切り口角を吊り上げる。
「おぉ……勝ちに来いよ」
言いながら押さえつけるのとは反対の手のひらで小さな爆破を繰り返す。
動きは封じた。攻撃も避けさせない。
……はずだった。
西岐の手が爆豪に触れる。
途端に爆破が消える。
触れている皮膚と皮膚の間にザラッとしたものを感じる。
爆破のたびに抉れた地面で手をこすりつけていたのだろう。よく見れば西岐の体のあちこちが火傷と擦り傷で血が滲んでいる。
ニトロが出ない。
爆破が起きない。
それどころか体も動かない。
爆豪の腹を蹴り飛ばし横たえていた地面から姿を消す。
動けず受け身の取れない爆豪を瞬間移動で追いかけ横っ面を再び蹴り上げ、両手で襟首を掴んで瞬間移動。勢いを殺さないまま場外へと放り投げた。
「爆豪くん場外!! 西岐くん決勝進出!!」
『――よって決勝は轟対西岐に決定だあ!!!』
判定が下ったあと、西岐が何かを呟くのを聞いていた。
呆然と目を見開いていた。
容赦なかった。
何もかも封じられ完膚なきまでに叩きのめされた。
競り上がる感情のまま拳で地面を殴りつける。
「……あ」
それを見てようやく我に返ったのか、西岐は両手で口を覆い、いつもの彼らしいか細い声が漏れた。
「謝ったらブッ殺す!!」
結局爆豪は煽るだけ煽って自滅したようなものだ。
そして西岐は体育祭の試合をしたというより何かに対する怒りを爆豪にぶつけただけの話。個性を使わず肉弾戦で向かってきたのがその証拠だろう。
それでも結局は個性らしき何かを使って西岐は爆豪に勝った。はっきりと白黒ついたのだ。
ズキズキと痛む頭部に目を眇め、ゆっくり立ち上がる。
西岐が手を差し伸べてきたが無視した。
「テメェ、決勝で舐めた試合すんじゃねえぞ」
我ながらかっこ悪いなと思いながら、まるで捨て台詞のそれを吐き捨てて競技場を後にした。
観戦席の片隅、関係者入り口に近い壁に寄り掛かる男が一人。仕立てのいいスーツに身を包み銀縁の丸メガネをかけた柔和な顔立ちの男だ。
退場していく西岐の姿を眺めて口元を緩める。
「やれやれ、あれは一体誰に似たんでしょうね」
困ったように片眉を下げるがけれど少し楽し気で、呟きは歓声に飲まれ消えていった。
create 2017/10/30
update 2017/10/30
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