体育祭
祭りのあと 体育祭が終わり、ヒーロー関係者や一般客・マスメディアを校内から退出させ終え、HRも終わり、教師としては本当の意味で体育祭が終わったその日の夕方、職員室の自分のデスクに座りプレゼントマイクはやれやれと体を伸ばした。好きなことをやっているとはいえ一日喋りっぱなしはさすがに疲れるというものだ。
クラスを受け持つ教師たちはすでにプロヒーローからのオファーがじゃんじゃん押し寄せ、その集計に追われまだ休めないが、授業を受け持つだけのプレゼントマイクはもうすることが特にない。
壁際に置かれたマシンからカップにコーヒーを注いでいると小さく「あの」と声をかけられた。
振り返ると入口からひょこっと西岐が顔を覗かせる。
「よ、本日のMVPじゃないか、どうした」
入っていいものか入り口でまごまごしているが、おいでと手招きしてやると素直に近づいてくる。少し小走りに寄ってくる仕草が小動物を手懐けた気分を彷彿とさせて何とも言えない。これが相澤には堪らないのだろう。
授業でしか接点がなく発言の少ない西岐とは直接話したことはないが、相澤から散々聞かされているせいかプレゼントマイクにも彼に対して特別な思いがあるような気がしてしまう。
「あ……えっと、あの、あいざわせんせに、その」
体育祭であれだけの戦いを見せつけ優勝をかっさらった人物とは思えない。声はふにゃふにゃと掴みどころがなく、初めて対で話す教師に緊張しているのか意味をなさない言葉ばかりが並ぶ。
見れば帰り支度を整え、メダルが入っているだろう箱を大事そうに両手で持っている。
「もしかしてイレイザーに報告したい?」
「あ、そうです」
即答した西岐の健気さに胸がときめく。
だが今はまずい。
「あ゙ー……イレイザーはな今ちょっと用事を頼まれちゃってていねぇんだわ」
いないのは嘘ではない、用事というのも嘘ではない。私用だから誰にも頼まれてはいないが友人のためにつくほんの僅かな嘘くらい許されるだろうと思っていると、西岐が目の前であからさまにしぼむのが分かった。
胸が激しく痛むのは何故だろう。
「えっと……じゃあ出直しますね」
ぺこりとお辞儀をして職員室を出ていこうとする西岐。
「え、出直すって待ってんの?」
「はい、今日はもうこの後何もないし……」
手の中で冷め始めたコーヒーを近くの机に置き、数歩で西岐を追いかけるとまるでそれが何かとばかりの返答が来てプレゼントマイクは完全にやられていた。
試合続きですっかり疲れ果てているだろうになんて健気なのだろうか。
逆に相澤に対しての怒りがふつふつと湧いてくる。この西岐に向かって得意げな顔で「合理的虚偽だ」と言い捨てる相澤を脳裏に浮かべて、庇ってやる気持ちが塵となって吹き飛んだ。
「やれやれ、こんなのが今日最後の仕事だなんてね」
不満げなリカバリーガールの声は大きな機械音に負けることなくしっかりと相澤の耳に届いた。嫌味として吐き出した言葉はきちんと聞かせるべきだとでも思っているのか、いつもより目いっぱい張り上げている。
機械音が止み、ニッパーのようなものとハサミを使って左手のギプスが外されていく。自由になった左手を動かして爽快感と共に実感を味わっている間に、右手のギプスも外される。
「本当なら二日前にギプスと顔の包帯はとれていたんだよ、なのにお前さんときたらこのままにしといてくれって言ってさ。それで今日になって急に外せだなんてめんどくさい男だね」
大変耳に痛いお言葉に相澤は小さく会釈をするが、口元には笑みが浮かぶ。
「やる気を出させるために"怪我人"でいたんですがね……ちょっと出させすぎたみたいで、参りましたよ」
説明する気のない説明に何一つ理解できなかったリカバリーガールが相澤の顔の包帯も外していく。
怪我を負ったあの日、運ばれた病院に駆けつけてくれたリカバリーガールが何より先に治癒してくれたのは目だった。次に腕と顔を並行して少しずつ治癒してきた。
そしてやっとギプスから解放された。
「後遺症のこと……はもう二日前に話したね」
「はい」
「じゃあもう私は帰るとするよ、まったくホントに今日一日治癒の連続でクタクタだっていうのに、怪我してない腕のギプスを外すために居残ってるなんて馬鹿らしいったらない」
「すみません、感謝してます」
医療従事者としては余程腹立たしいのかブツブツと不満を呟きながら保健室を出て行く。
ぺこりと頭を下げて見送った後、相澤は自由になった手を見下ろす。二週間ほとんど動かせなかった手が何の違和感もなく動かせる。
包帯を外すために結んでいた髪を解いているとガタンとドアが音を鳴らして開く。
何か忘れものでもしたのかと顔を上げた先には、西岐が立っていた。隣には何か言いたげに目つきを鋭くしたプレゼントマイクの姿もある。
西岐は相澤を見たまま動かない。
「悪いな、治ってしまった」
悪びれることなく言い放ち手を揺らして見せる。
不満や文句を言われるかもしれないが、西岐に甲斐甲斐しく面倒を見てもらうことに比べれば、どうということもない。
そう思っているとプレゼントマイクが横から口をはさむ。
「二日前にな」
ここに連れてくる段階でもうバラしたのだろう、西岐は特に驚くことなく相澤をじっと見続けている。
何を言われるかと少し構える。
小走りで駆け寄り、椅子に座る相澤を間近で覗き込む。
相澤の手に恐々と触れたかと思うと、治療のために腕まくりをしたまま剥き出しになっていた両腕をペタペタ触っていく。何度も確かめるように触れた後、今度は頬に触れ、音を立てて息を吐いた。
それがあまりにも重くて、苦しい。
「……よかったぁ」
しみじみと浮かび上がるように言葉を放った。
西岐の頬に薄く紅が差す。
「もう……痛くないですか」
「ああ」
「後遺症は?」
「ほんの少しだけな、問題なくプロヒーローを続けられる」
声までもが労わるように優しく、質問に答えるたびに安心を膨らませていくのが手に取るように分かった。
「よかったです」
西岐の肩に重く圧し掛かっていたものが降ろされる。まるでそんなふうに思えた。
責めはしなくても拗ねるくらいのことはすると思っていたのに、こんなに心の底から回復を喜んでくれるなんて。
ギプスに固められた腕を、包帯でグルグルに巻かれた顔を見て、何もできなかったと自分を責めては涙を流していた西岐の姿が蘇る。あの時のもどかしい気持ちと、今目の前の西岐を見てこみ上げる気持ちが相澤を無意識のうちに動かしていた。
立ち上がった拍子に椅子が音を立てて転がる。
西岐に向かって真っすぐに手を伸ばし引き寄せる。
手のひらに伝わる柔らかい髪の感触。折れてしまいそうな細い身体。ちゃんと分かる。全身を駆け巡る衝動のまま動かすことのできる腕に力を込める。
「やっと触れた」
二週間がどれほど長かったことか。
どうしてあんな約束をしてしまったのかと何度も後悔した。腕が治ってすぐにでも触れたいと思っていた。けれどそのせいで西岐のやる気を削いでしまうのではないかと思って躊躇ってしまったのだ。
全く、不合理にも程がある。
抵抗することなく腕に収まった西岐はシャツの胸元を握る。次第にシャツが強く引っ張られることで握る力が増したのが分かる。
それがいっそう胸を締め付けてきて西岐の髪に鼻先を埋める。
「はいはい、そこまでな。俺もいるし、ここ学校だし」
存在を忘れかけていた。プレゼントマイクがやかましく手を叩きながら水を差してくる。
けれど学校であることは確かなので渋々と手を放す。
「あんだけアチコチで抱擁かましてんだからそのうちの一個くらいに思ってくれる気もするが」
吐き出した言葉が思っていたよりも不機嫌を纏っていた。
自分で言いながら観戦席やら競技台やらでクラスメイトと西岐がひっついていた光景を思い出してしまい眉間に皺が寄る。
「お、そんじゃ、れぇちゃん俺にもハグちょうだいよ」
油断してとんだ揚げ足を取られる。
「お前は関係ないだろ」
「あーるよ、マイクさん一日喋っておつかれちゃんなの、褒めてー、労わってー」
相澤とプレゼントマイクのやり取りをきょとんと不思議そうに見ていた西岐だが、口元に笑みを浮かべて待ち構えるプレゼントマイクの腕の中に飛び込んだ。
「マイクせんせの実況たのしかったです、おつかれさま」
「サンキュー! なんて優しいんだ。可愛いし柔らかいしいい匂いする」
「離れろ変態教師」
そんな風に言われたら疲れなんて吹っ飛んでしまうだろうというような西岐の労わりに、プレゼントマイクは堪らず感情を爆発させては頬を摺り寄せ、その光景に相澤は射殺す勢いで睨みつける。
それからしばらく、相澤を怒らせることに慣れきってしまっているプレゼントマイクから西岐を引きはがすのにかなり苦労するのだった。
create 2017/10/31
update 2017/10/31
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