体育祭
余暇



『明日みんなで遊ばない?』

 グループチャットで突然言い出したのは葉隠だった。

『いいね』
『どこに行きますの?』
『木椰区のショッピングモールは? なんでもあるっしょ』
『いいわね』

 次々に返信が流れるところを見るとみんな結構暇していたようだ。
 体育祭の翌日・翌々日と休校になったのはいいが、入学して以来怒涛の日々を送ってきた身としてはぽっかり空いた余暇をどうしても持て余してしまうのだろう。
 麗日もまた例外ではなく提案に飛びついた。

『ウチもオッケーだよ!』

 麗日が発言するとテンション高めのスタンプが飛び交う。

『れぇちゃんは?』
『行くー』
『よっしゃ、じゃあ明日10時ショッピングモールの駅側入り口に集合ということで』

 全員の参加が決まると芦戸が仕切って待ち合わせ時間と場所を決め、それぞれ了解ということで一旦は会話が落ち着いた。
 普段節制している身とはいえたまに友人と遊ぶくらいのことは許容範囲だ。
 楽しみだと浮かれつつ夕飯の支度にとりかかった。





 翌日、麗日が待ち合わせ場所につくともう他の女子5人が揃っていた。

「お待たせしちゃったかな」
「大丈夫、大丈夫」
「れぇちゃんがまだ来てないのよ」

 時計を見ると10時まであと1分ほどしかない。
 遅刻ギリギリもいいところだ。
 芦戸と蛙吹の言葉にホッとするが、その場にいないもう一人の姿を探して辺りを見渡した。もし同じ電車だったのなら麗日と同じ人の流れに乗ってくると思ったのだ。
 けれど人の波が途切れても西岐の姿は見えない。

「れぇちゃんって遅刻しそうにないよねえ」
「そうですわね」
「でものんびりしてるからついうっかりってことありそうだわ」
「おお……たしかに」

 西岐のことをポジティブに認識している葉隠と八百万が話すのを聞いて、蛙吹が核心を突き、その場の全員が納得しかけた時、ようやく遠くから西岐が歩いてくるのが見えた。
 けれどその姿は一人ではなくて。

「あれ、障子くん?」

 あの人物を見間違うはずがない。
 上背があり体つきも逞しく、鋭い目と顔半分覆うマスク、何より目立つのが六本の腕だろう。
 対して隣を歩く西岐はシンプルでゆったりめの服に身を包んでいることもあって、全体的に柔らかい雰囲気で障子とは対照的だ。

「遅れてごめんね」
「いいよいいよ」
「そんなに遅くなってませんわ」
「なんかあったの?」

 少し足早に近づいてくるなり謝罪する西岐にみんな何てことはないと笑顔を見せる。
 それより何故障子と一緒に歩いてきたのか、そちらのほうがよほど気になる。

「あの、ね、駅ですごい話しかけられちゃって、体育祭見たよ、とか、すごかったよ、とか、映画行こうとか……なんかもう大変で」

 何かおかしなものが混ざっていた気がする、が続きを大人しく待った。

「それで、なかなか離してもらえなくって」
「駅から出られなくて困っていたからたまたま居合わせた俺が引っ張ってきたんだ」

 埒の明かない西岐の説明を障子が引き継いでくれる。
 つまりナンパから助けられたと、そう解釈して状況に納得しながら麗日はじっと障子を見ていた。前々からなんとなく思っていたが障子は西岐に対して何かと甲斐甲斐しい気がする。
 そう思うのは麗日だけではないらしく他の女子も似たような目で障子を見ている。

「障子くんも買い物?」
「ああ」
「何買うの?」
「ベルトを買いに来た」
「一緒にお買い物しない?」
「……構わないが」

 奇妙な熱気を漂わせて詰め寄る女子に戸惑いながらもいちいち丁寧に答える障子。
 同行することに頷くなり女子たちが小さく拳を握る。
 まずは障子の買い物に付き合うことになった。目的のショップはもう決まっていて真っ直ぐそちらに向かう。
 メンズもレディースも取り扱っているファッションブランドの店に入り、障子と西岐はメンズのコーナー、女子はレディースのコーナーへと自然に分かれた。

「かっこいい系の店だね」
「うん、大人っぽい」

 麗日には少し敷居が高いように思えたが八百万以外のみんなも同じらしく、商品を手に取ることはせず障子と西岐を観察する方に気持ちを注いでいた。
 二人は目的のベルトの棚の前で顔を寄せ、あれがいいとか、これはどうだとか話している。
 展示されてる一つを手に取り西岐が腰に巻いてみる。

「……穴が足りない」
「細すぎだ、西岐はレディースで買った方がいいんじゃないか」
「そうなんだよねぇ」

 がっかりしてベルトを棚に戻す西岐と、一見すると冷やかしに聞こえる言葉を真面目な顔で言う障子に、麗日は吹きだしそうになって手で押さえる。

「あかん、もだえる」
「空気が甘ったるい!」
「障子ちゃん気持ちがダダ漏れね」

 買うベルトを決め会計に持っていき支払いを終える間もずっと西岐は障子の後をくっついていき、何かといちいち話しかけては、障子もそれに丁寧に返している。
 買い物を終えて戻ってきた二人は身悶える女子たちを見て揃って首を傾げた。
 女子の集団の中に男が二人ということもあってか、その後も障子と西岐はくっついて行動していた。
 キッチン雑貨の店に入れば、そういえば食器が足りなかったなと言って食器のコーナーで立ち止まる。

「お前が来た時に割りばしとかサイズの合わない食器使ってて気になってたんだ……一応買っておくか」
「俺が選んでいい?」
「好きに選べ」
「お箸とお茶碗?」
「皿もだな」

 一つ一つ手にとっては大きすぎるとかこれが可愛いとかそれは子供用だとか言って楽しそうに選んでいる。
 そして聞き捨てならない台詞が頭で反響していた。
 西岐は障子の家にお邪魔してご飯を食べる仲、ということだ。

「みなさん聞きまして」
「聞きました聞きましたハッキリ聞きました」
「もうそんな進んでるんだ!」
「うっそだろ、クラスの連中死んじゃうんじゃないか」
「爆豪ちゃんなんかきっと爆死しちゃうわね」
「轟くんも、かわいそう!」

 円になって集まり思い思いにぶつけるが何故かそれがうまいこと噛みあう。清々しいほど邪な思考で1-A女子が一丸となっていた。
 雑貨屋、靴下屋、本屋、家電屋と惰性でいろんなお店を覗くたび、楽しそうに商品を眺める二人のやり取りを観察しては、身悶えながら円陣を組んで小会議を開く。
 そして心のテンションに疲れてきたころ、正午を大分過ぎていたがお昼ご飯にしようということになり、適当な店を選んで入った。女子が多いこともあってお手頃価格のイタリアン系のレストラン&カフェだ。
 四人用のテーブルをくっつけてもらいそれぞれ席に座った。
 障子がメニューを広げ、身を寄せるようにして西岐が覗き込む。
 ただそれだけで最早麗日は過剰に反応してしまう。

「みんな決まった? 店員さん呼んじゃうよ」

 芦戸が店員を呼び、それぞれ順に注文を言っていく。
 西岐の番になってメニューのサラダを指さして店員に告げる。メインの注文はなかった。彼と食事時を一緒にしたことがなかった麗日はとてつもなく衝撃を受けてしまった。なんという小食なのかと。
 他に気にしている者がいない辺りみんなは知っていたのだろう。
 障子が二種類のパスタを注文し終え、店員が去っていく。

「しょうじくん、二個も食べるの?」
「ひとつはお前のだ」
「え、……え?」
「食べないからそんなに細いんだ、筋肉なり脂肪なりもう少しあったほうがいい」
「タシカニ!!」

 思わず口に出してしまっていた。
 筋肉のせいもあってか1-A女子はムチムチ体形が多い。もちろん男子ともなれば言うまでもなく殆どの者が結構な筋肉を纏っているというのに、なんだあの西岐の細さは。

「れぇくん、そんな細い腕でよく爆豪くんと戦ったよね」
「うん、頑張ったよぉ」

 少しずれた答えが返ってきて気が抜けそうになる。
 力こぶを作るように腕を曲げて見せるが、申し訳なくも逞しさは微塵も感じられない。

「爆豪を蹴り飛ばしたときみんな『おおっ!?』ってなったよね」
「なったなった」
「上鳴とかあの辺の連中の顔すごかったよ」

 話題が体育祭の方へと流れていく。
 なんだかんだあの強烈な経験は未だ脳裏に強くこびりついていた。実力が拮抗した者同士のぶつかり合いがあれほど激しいものになるとは思っていなかった。想像を超えた経験をした麗日も、西岐が個性ではなく地力で一撃食らわせたことに驚き、同時に爽快感を感じていた。

「障子ちゃんも結構ハラハラしたんじゃない?」

 蛙吹のストレートな問いに障子の鋭い目が何度か瞬く。

「そうだな、少し」
「……俺がかつきくん蹴っちゃったから?」

 肯定して頷く障子にまた少しずれた質問を投げかける西岐。
 いや、今問題なのはそこではない。

「あれ、れぇくんって爆豪くんのこと名前で呼んでた?」
「え、あ……うん、名前で呼べって言われたよ」
「そういえば上鳴達も名前で呼んでた」
「れぇちゃんが誰か名前で呼ぶたびに震度4くらい揺れるよね、教室」

 爆豪の名前を口にしたことに衝撃を受けるがなんとか表情が歪むのを堪えて尋ねると、どうやら爆豪本人から呼べと言われたというこれまたすごい情報を得てしまった。
 最早二人に隠す気のなくなっている耳郎と芦戸が声を潜めることもせず頷きあっている。
 そうこうしているうちに注文した料理が運ばれてきて、西岐の前にもパスタの皿が置かれる。
 ちらっと横目で障子を伺ったのが気配で分かる。
 障子もまた一瞥だけして自分のパスタをフォークで器用に丸め、触手の先に出現させた口の方に運んでいく。女子たちの目が一斉に集中していたからだろうか、マスクを外すのを躊躇ったらしい。
 西岐はフォークを手に取りサラダをもしゃもしゃ食べ始める。

「おお……れぇくん意外に頑な」

 あれだけ仲良くしていたのだからすんなり言うことを聞くのかと思いきやそうでもない。
 障子の目に呆れが浮かぶ。横から手を伸ばし西岐の皿のパスタをまた器用に丸め、それを西岐の口元に持っていく。
 それでもしばらく無視しているが、低く名を呼ばれて渋々口を開け、パスタを押し込まれる。

「んー……、……おいしい」
「そうだろ」

 はじめは不満げに咀嚼しているがパスタの味が気に入ったらしく次第に口元が綻び、二口目からは素直に口を開けた。すっかり食べる気になっているのだからもう自分で食べればいいだけなのだが、障子が甲斐甲斐しく口に運んでやっている。

「しょうじくんのもちょっと頂戴」
「いいけど少し待て」

 口の周りについたソースをペーパーナプキンで拭いてあげているのを見て、麗日は隣に座った八百万の肩に額を押し付け項垂れた。

「ひゃ〜、見てる方が照れてしまう」
「私もお二人の可愛らしいやり取りにやられてしまいそうですわ」

 気持ちは分かると八百万が肩を叩いてくれる。
 麗日をはじめとした女子一同が見悶えている間も食事は進んでいき、テーブルの上は食後に出されたドリンクだけになっていた。障子はホットコーヒー、西岐はアイスミルクティーをそれぞれ口に運んでいる。
 その頃にはどうにか落ち着きを取り戻す。
 レストランを出た後はどこの店にはいるでもなく横目に流しながら、ぶらぶらとショッピングモールの中を歩き、なんとなくそれぞれが駅の方に向かっていた。それでそろそろ帰るかという話になる。

「しょうじくん、俺それ持つよ、俺の食器だもん」
「……割りそう」
「割らないだいじょうぶ。ね、ね、今日これ使いたい」
「それならスーパーにも寄って食材も買おう」

 ナチュラルにそんな会話を目の前で繰り広げてから麗日たちに手を振って去っていき、とんでもない爆弾を落とされた彼女たちは二人が見えなくなってからキャーと一斉に叫ぶのだった。
create 2017/10/31
update 2024/07/30
ヒロ×サイtop