職場体験
オファー



 希望の体験先を選べと渡された指名リストはざっと二十枚に渡る。集計結果として一覧で見た時は轟と爆豪との差で少なく感じたが、それでも三桁もあれば相当だ。提出期限はあと二日。
 びっしりと並んだヒーロー事務所名を眺めて西岐はどういう基準で選べばいいのか悩んでいた。
 こういうヒーローになりたいという理想像も特になく、伸ばすべき自分の特性もよく分かっていない。
 しいて言えばイレイザーヘッドのようなヒーローを目指しているわけだが、彼は事務所を持っていないしアングラ系ヒーローなので参考にならない。
 クラスメイト達はもうすでに希望先を決めているか、ある程度の方向性を絞っているようだ。
 意を決して立ち上がる。
 向かう先は受け入れリストを見ながらブツブツと呟いている緑谷の席。

「あ、あの……デクくん、ちょっといいかな」
「ん? どうしたの?」

 邪魔をしてしまったのではないかと少し不安になったが、顔を上げた緑谷は相手が西岐だと分かると笑顔になった。
 ちょうど空いていた爆豪の席に座る。

「あのね、デクくんはヒーローに詳しいと思って……相談してもいい?」
「いいよいいよ、何?」
「俺ってどういうヒーロー事務所が向いてると思う?」
「あ、結構そのままの悩みだね」

 もう少し複雑な悩み相談を想像していたのだろうか。タイムリーでダイレクトな悩みを聞くなり呆気に取られているが、すぐに腕を組みうーんと小さく唸る。

「普通に考えたら諜報活動なんかを得意としてるヒーローが合ってそうだよね。瞬間移動なんかは重宝されそうだし、個性にしても身軽さにしてもれぇちゃんに向いてそうな気がする」

 早速『将来の為のヒーロー分析』と書かれたノートを広げながら独自の分析を呟き始める。ノートには西岐の身体的特徴や戦闘スタイルや個性について細かく書き込まれている。中には西岐自身自覚していないようなことまでメモされていて、彼の観察力の鋭さに改めて驚かされる。

「それか逆に武闘派ヒーローのサポート的ポジションもありだよね。れぇちゃんの個性は後方支援に適しているし……。だとしたら少数精鋭の事務所とかもいいね、得意じゃない方向を鍛えるっていうのはきっと将来的に役に立つと思うんだ」

 武闘派と言いながらリストの中のいくつかの事務所をペン先でつつく。赤い点がついたところが武闘派の事務所らしい。
 ふんふんと熱心に話を聞いていると、唐突に腕を掴まれる。

「勝手に座ってんじゃねーよ」

 西岐の腕を掴み思い切り不機嫌を撒き散らすのは、今座っていた席の主、爆豪。眉間には高校生が刻むには深すぎる皺。どうやら本日も機嫌はよろしくないらしい。
 西岐の腕を引っ張り無理やり立たせると、早々と自分の椅子を取り戻して机に脚を投げだす。

「ヒーローを目指すならテメェの道くらいテメェで決めろ、いちいちクソデクなんかに相談すんな」

 相変わらずの物言いだが爆豪の言い分ももっともだ。
 以前の西岐なら頼るのに不慣れで、勝手に一人で悩んでいたかもしれない。だが、雄英に入学して以来様々な局面をクラスメイト達と経験し、最近では、自分で及ばない範囲を他者に頼るというのもそう悪いものではないと思うのだ。

「かつきくんはもう決めた? どうやって決めたの?」

 怯まず尋ねると、爆豪の目が意味ありげに細くなった。

「単純に一番すげえ奴のところ」
「あ……なるほど」

 端的に言われてそういう考え方もあるのかと目から鱗が落ちる。
 凄いと思うヒーローがいればそれを選ぶのもありなのだ。きちんと考えて決めなければいけないとそればかり思っていて視野が狭くなっていたのかもしれない。

「……そっか、うん、なんか分かってきたかも。デクくんありがと」
「また何かあったら何でも相談して」
「うん、ありがとぉ」

 緑谷にお礼を言って自分の席に戻る。
 手元のリストに目を落とす。赤い点の付いたヒーロー事務所を視線でなぞりながら、西岐の心の中ではもうどこにするか決まっていた。





 そして職場体験当日。
 1-Aのクラスメイト一同がターミナル駅のコンコースで相澤に見送られる。
 それぞれが行き先を確認して目的のホームを目指す中、西岐は相澤の手に捕まってそっと引き寄せられる。

「くれぐれも無茶はするな、気をつけて行けよ」

 ぼそっと耳に囁かれすぐ手が離れた。返事は口に出さず小さく頷く。
 着替えなどが詰まったショルダータイプのカバンとコスチュームの入ったスーツケースを持ち直して東京行のホームに向かう。
 人口や都市機能の過密する東京は犯罪数も日本トップを飾り、ヒーロー事務所の数は他県に追随を許さない。それもあってか東京行のホームにはA組B組含めて見知った顔が何人もいる。
 そのうちの一人、轟と目が合う。

「西岐も東京?」
「うん」

 短いこの会話でなんとなく道中を共にするような流れになって、ホームへと静かに滑り込んできた新幹線に一緒に乗り込んだ。
 自由席の空いている席へと並んで座ると、西岐はきょろきょろ辺りを見渡しては座席の背面にあるテーブルを出してみたり、リクライニングレバーをいじったり落ち着きがなくなる。

「俺ね、新幹線はじめて乗るの。あ、コンセントがある。これはなに?」
「わかった、西岐一回落ち着こう」

 轟が横から手を伸ばし、倒しすぎた背凭れを戻す。

「だってこんなに遠出するの初めてなの」
「初めて? 一度もないのか?」
「ないんだよね。遠足も修学旅行もダメだって言われて行ったことがないんだ。引っ越しの時はタクシー使いなさいって言われたし……」

 テーブルを座席の背面に戻しながら何気なく言うと、轟は軽く双眸を見開いてゆっくりと瞬きした。
 新幹線が駅を出発して窓の外の景色があっという間に後ろに流れていく。

「親が厳しいのか? 箱入り?」
「うーん、と……叔父さんの秘書の人がダメって言うんだよね。でも今回は許可してくれて」
「叔父さん? 秘書? なんで」
「俺、親いなくって」

 言いながらカバンの中をごそごそと漁っているとその手を強く掴まれる。
 轟は困惑と怒りが綯い交ぜになったような複雑な表情を浮かべていて、それがどうしてなのか分からず西岐は反応に困った。

「なんでそんな大事な話をさらっと言うんだよ」
「え、大事な話だった?」

 掴む力が強くて手首が痛い。

「親がいないってなんで」
「たぶん……死んだ?」
「じゃあその叔父さんと暮らしてるのか?」
「ううん、会ったことない」
「……なんだよそれ」

 矢継ぎ早に聞かれ答えるたびに轟の表情が険しくなっていく。
 最初は遠出が初めてでテンションが上がってしまうという話だったはずなのだが、いつのまにか西岐の身の上の話になっていた。話すタイミングもなければ言う必要性もなかったために言いそびれていたのだが、まさか職場体験に向かう途中でカミングアウトする羽目になるとは思ってもみなかった。
 世間一般の人に親がいないと話せばまず憐れみを受けるのだが、轟からは怒りが感じられた。

「あの……なんで怒ってるの?」
「知らなかった自分に腹が立ってる」
「……ごめんね」

 なんだか申し訳なくなって謝罪の言葉を零すと、怒りを散らすように溜息を吐いた。
 手が離されて、しばらく行き場がないまま宙に浮かせているが、カバンの中に戻して探し物の続きをする。小さなオレンジ色の箱を見つけて中身を手のひらに一つ落とす。紙の包装をはがして口に放り込んだ。キャラメルの滑らかな甘さに頬が緩む。
 もう一つ取り出して轟に差し出すと黙って受け取った。

「だからね、遠出って初めてだからさ」

 キャラメルの箱をカバンに戻してファスナーを閉じながら独り言のように呟く。

「楽しくってドキドキするけど同じくらい不安だったから、とどろきくんと一緒でよかったなあって、そういうお話でした」

 言葉の最後の方でちょっと照れくさくなって誤魔化すように笑う。
 ポロっとキャラメルが転がる。受け取ったキャラメルの存在をもう忘れてしまったらしい轟は、その手で顔を覆っている。

「お前のそういうのほんとにズルいと思う」

 くぐもった声でそう言う。

「……それで西岐はどこまで行くんだ? どこの事務所?」

 その質問は多分、行けるところまで一緒に行ってくれるという意味なのだろう。つまり今さっき西岐が言った言葉を受け止めてくれたということで。
 轟は項垂れたままだが怒りは収まったらしい。

「俺はね、エンデヴァーヒーロー事務所、だよ」

 轟が顔を上げる。
 そこには仰天という言葉がしっくりくるような表情が貼りついていた。
create 2017/11/10
update 2017/11/10
ヒロ×サイtop