職場体験
救うということ



「――それと、れぇちゃんも」

 ザッと地面を踏んだ緑谷が男から視線を外さずに西岐にも声をかける。
 どうやって辿り着いたのか飯田の疑問に答えながら、個性を足に纏うのが見える。飯田も一緒に倒れているプロヒーローも男の個性によって動けなくされているらしい。斬るのが発動条件かと緑谷は推測するが、西岐はそれとは違う気がしていた。
 西岐も腕と顔を斬り付けられたが今も動ける。そして、先程の舐めるという行為、あれが意味のないものではない気がする。
 しかしこれも憶測の域を出ない。
 緑谷と二人なら隙をついて飯田たちを連れて逃げられないだろうかと考えるが、今身を以って知ったヒーロー殺しと呼ばれるこの男から逃げるのは容易ではなさそうだ。
 西岐もジリと構える。

「手を……出すな、君たちには、関係ないだろ!!」

 絞り出すような……吐き捨てるような飯田の言葉。これまでの真面目一直線な飯田とは思えない……いやその飯田だからこその姿なのか。憎しみと悔しさが悲しいくらい目に、声に滲む。

「仲間が『救けに来た』、良い台詞じゃないか。だが俺はこいつらを殺す義務がある」

 緑谷の攻撃を受けながら両足で堪えた男がユラッと身を構える。
 そうして言葉を投げながらマスクの下の目が鋭くヒーローの卵たちを見据える。

「ぶつかり合えば当然……弱い方が淘汰されるわけだが、さァ、どうする」

 緑谷の中を何かが音を立てて駆け抜けたのを間近に見て感じた。毛が逆立ち、足が僅かに震える。靴が地面と擦れて砂が鳴った。

「――されないッ!!!!」

 思わず叫んでいた。

「俺たちはヒーローだから!!!」

 いつもよりずっと大きな声が喉を震わせていた。自分を鼓舞するためでもあり緑谷を動かすためでもあった。
 男の口元に笑みが浮かぶ。
 気を持ち直した緑谷が後ろ手で何かを操作している。応援を呼ぶのかもしれない。
 そして未だに関わるなと意地を張る飯田に言い放ちながら口角を上げた。

「オールマイトが言ってたんだ、余計なお世話はヒーローの本質なんだって」

 緑谷が足を踏み出す。
 男も刀を振りかざして緑谷に向かう。
 緑谷の個性が微かな音と共に電撃のように全身を駆け巡る。
 懐に飛び込む緑谷に対して男がリーチの短いナイフを抜く。だが緑谷は、その下、足の間をすり抜け背後に回った途端一気に高く跳ねあがる。
 上部からの攻撃が綺麗に決まる。
 あの動き、まるでそう、戦闘訓練で見た爆豪の動きだ。
 なにより緑谷が体に負荷をかけず個性を使いこなしている。
 きっと本人もその確信を得たのだろう。着地して顔を上げた緑谷にはそういう気配があった。
 しかし、不意に動きが止まる。
 地面に張り付いたまま身動きの取れなくなった緑谷の前を悠々と男が歩いてくる。

「口先だけの人間はいくらでもいるが……お前は生かす価値がある……、こいつらとは違う」

 最後の方の台詞も、殺意もただひたすら純粋に飯田に向けられているのが分かった。
 バッと前に立ちはだかる。
 封印は効かない。逃げようにも西岐の速度では遅すぎてすぐ阻まれ逆に巻き込んでしまいかねない。慣れない能力は効果がなかった場合後手に回りかねない。どう闘えばいい。
 できること、できる瞬間を探していた。

「まあ……一択なんだけど」

 指先がパチッと弾ける。
 ブレスのトリガーに指をかける。
 銀色の弾が男に向かって空を切るが、ナタのような刃物で弾かれてしまう。
 すぐさま次を装填するも間に合わず、男に間合いを詰められる。一応それも想定内で、電気を纏う指で触れようと手を伸ばすが腕を捻り上げられ叶わない。

「やめろ、れぇ……ハァ……お前は大人しくしていろ」

 低く、耳に注がれた言葉を理解するよりも早く男は刀の柄で西岐の頭部を強く殴打する。
 視界と意識が大きく揺さぶられ、焦点が合わなくなる。
 声にならない呻きが口から零れる。
 平衡感覚が失われて自らの足では立っていられず、男に腕を掴まれたままぶら下がるように地面に膝をつく。
 その腕が思い切り引っ張りあげられて西岐の足が宙に浮く。
 足の先を何か熱いものが舐めていった。
 物凄い轟音が駆け抜けていく。

「次から次へと……今日はよく邪魔が入る……」

 グラグラする頭で男の声を聞く。
 この男はいったい誰なのか。自分のことを知っているのか。
 いや、それより、今のは――……。

「緑谷、こういうのはもっと詳しく書くべきだ、遅くなっちまっただろ」

 冷気と炎を同時に纏い、道の先に佇むのは轟。
 地面を這って氷が一面伸びていきプロヒーロー・緑谷・飯田の身体を器用に滑らせて背後へ回収していく。
 緑谷が男の個性について轟に注意を促す。やはり血を舐めることで個性が発動するのか。憶測でももっと早く緑谷に告げるべきだったと朦朧とした意識の中で思う。

「西岐ッ、お前も一人で突っ走るんじゃねぇ!!」

 轟の氷と炎から逃れ、大分遠く距離をとった男の腕に未だぶら下がったままの西岐に、轟の怒りの声が届く。
 この場に揃うと分かっていたし、やっぱりちゃんと揃ったしいいじゃないかと頭の中で反論した。
 男の背後に放り投げられ、身体どころか表情も動かせずに地面に転がる。
 氷と炎、刃物と血が飛び交う。飯田の悲痛な声が聞こえる。
 男が近づくのを恐れてなのか必要以上に大きな氷を出現させるがそれも呆気なく切断され、轟の腕に数本のナイフが刺さる。
 刀を構えて次の手を打つ男を、動けるようになったらしい緑谷が掴んで壁を引きずる。
 が、すぐに肘打ちを返されて地面に転がる。
 間髪置かず轟の氷が走り男は逃れるように距離をとった。
 緑谷と轟の話す声は聞こえど理解はできず、自分の意識が大分遠くにあることを自覚した。
 それでも確かに分かったのはこの言葉。

「二人で守るぞ」

 たぶん、あれは轟の声。
 そして西岐の前に立ちはだかるように構える男が言う。

「2対1か……甘くはないな」

 男に向かって飛び出す緑谷が見える。
 二人と言った。
 西岐はその数には入っていない。この場にいて助ける側ではなく助けられる側だというのか。
 ザリッと砂を撫でる。這うように少しずつ腕を動かす。壁に縋って体を起こす。
 轟が何か怒鳴っている。飯田への叱咤なのか。
 そうだ、自分は飯田を救けに来たはず。救けなければ。

 大きな氷が割れ轟の懐に刀が入り込み、胸を薙ぎ払おうと動く。
 立ち上がった飯田の強烈な蹴りが刀の刃を吹き飛ばし、男の身体も吹き飛ばす。早さも威力も凄まじい。
 飯田は立ち上がった、目に言葉に光が戻った。

 自分だけまた何もできないままでいるのか。
 ――否。

 飯田へとナイフを投げる男の背後に西岐はいた。
 振りかぶる男の腕に自分の腕を巻きつけ布の上から手のひらを張り付ける。バチッと電気が弾ける。
 男の身体は宙にあって動けず、西岐と共に滑空する。
 フラッと緑谷が立ち上がり、飯田が地面を強く踏み込んだ。
 西岐は男から手を放す。
 緑谷の拳が、飯田の脚が男の身体に炸裂する。
 飯田の蹴りと轟の炎が畳みかけるのを見ながら西岐の身体は地面に落下していた。
create 2017/11/12
update 2017/11/12
ヒロ×サイtop