職場体験
傍観 一番高いビルの屋上、貯水槽の上に立つ二人の人物。
死柄木と黒霧。
手にした双眼鏡を覗き込みながら死柄木の苛立ちは募っていた。
「オイオイオイ、ふざけんじゃあないよ」
感情のコントロールなどできないまま言葉を選ばずぶちまける。
「何殺されている、あの脳無!! 何であのガキ共がいる!! 言いたいことが追いつかないぜ、めちゃくちゃだ」
陽の沈みかけた薄暗い街中で赤い炎と黒煙が立ち上っている。あれを成したのは死柄木が放った脳無たちだ。途中までは悪くなかった。思い通り街を破壊しヒーローを翻弄していた。
けれどどこで狂ったのか。
脳無は三体ともあっさりと倒されてしまい、ヒーローが集まる騒ぎの中心に立つのは脳無ではなくヒーロー殺しだ。
そしてその中に雄英の生徒の姿。
「何で……思い通りにならない」
苛立ちに任せてガリガリと首を掻く。皮膚が剥がれて血が滲むが構わない。
ヒーロー殺しに貫かれ下敷きになった脳無はどう見てももう駄目だ。平和の象徴を倒す算段だったはずなのにこの呆気なさはなんだ。エンデヴァーごときに二体も倒されているようでは話にならない。
双眼鏡の中でヒーロー殺しが立ち上がり、抱えられていた子供が転がる。
その一人に目が止まった。
「……アイツは」
あれは確か雄英を襲撃したときに死柄木の手を掴んだ子供、西岐れぇだ。あの時と同じようにボロボロの姿で、顔や腕に血をこびりつかせながら地面に手をついている。
髪が乱れたせいで顔の半分が剥き出しになっている。
雄英襲撃の時も、体育祭でテレビに映し出された時にも、時々髪の隙間から見えていたあの目だ。あの目が真っ直ぐにヒーロー殺しを見つめている。
ヒーロー殺しの最後に戦慄し誰もが動けなくなっている中で怯むことなく足を踏み出し、血に濡れた手でその腕を掴んだ。
死柄木は左手を握り締める。
あれをされた時の感覚が蘇る。
不快感に似たものが左手から背筋を駆け抜けてグルグルと頭を掻き乱す。
「……は? 意味が分かんねー、何触ってんだよキモチワルイな」
自分でも理解できない言葉が口をついて、隣に立つ黒霧が不審そうな目で死柄木を見た。
左の手のひらを服に擦り付けるが感覚は消えてくれない。むしろ感覚が鋭敏になったかのようでじっとしていられず、服の上から爪を立てて肉に食い込ませる。
ようやく警察がそれぞれの場所に駆けつけてヒーローの手を借りながら拘束し、脳無とヒーロー殺しが連行されていく。事が収束していくのを眺めてから、双眼鏡の向きを西岐の方へと戻す。
「――ッ!?」
双眼鏡越しに西岐と目が合う。
雄英の他の生徒とともに座り込んでいた西岐は顔を上げ、真っ直ぐこちらを見ていた。
怒り、警戒、押し殺した恐怖心、そんなような目だ。
心臓を掴まれたような気分を味わう。
数秒息を忘れた。
思わず双眼鏡をすべての指で掴んでしまう。覗き込んでいた視界がボロッと崩れて西岐の姿が消える。
「帰ろ」
何事もなかったかのように黒霧に声をかける。
「満足のいく結果は得られましたか? 死柄木弔」
「バァカ、そりゃ明日次第だ」
広がったワープゲートに半身を沈ませる。
遠くで未だ黒煙が燻っているせいなのか何かが焦げ付く匂いがした気がして、もう一度街を見下ろす。チリッと焦げる音がする。
肉眼では探し出せるはずもないあの目を探して視線を彷徨わせる死柄木の身体を、黒いモヤが包み込んでいった。
create 2017/11/12
update 2017/11/12
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