職場体験
少しの休息 西岐は見舞いを終え、都心にあるエンデヴァー事務所へ戻ると、記者会見のため一足先に帰っていたサイドキックたちに出迎えられた。
「乗り換え平気だった?」
「変な人に声かけられなかった?」
「あの、えっと……、だいじょうぶでした。あ……これお土産で……」
まるで初めてのお使いを終えた幼子に向けるような心配ぶりに押され、たじろぎながらも、手に提げていた紙袋を差し出すと、サイドキックたちは感激の声を上げて受け取った。お土産と言ってもお見舞いのついでに買った葛餅なのだが、雇い主の好みに影響されているのか、サイドキックたちは想像以上に喜び、いそいそとお茶を淹れ始める。
「あ、の、ただいま戻りました」
大きなデスクに座るエンデヴァーの表情は曇っており、西岐に一瞥を投げるのみで何も言わない。
事務所に戻る道中で見た大型ビジョンに映し出された会見の様子を思い出す。冷静に淡々と説明し、質問に答える姿は、普段テレビで見る彼よりも幾分おとなしい印象だった。病室で面構が言っていた通り、ヒーロー殺しを仕留めたのはエンデヴァーだということで発表されている。自分の功績として発表されたことが、彼の表情を曇らせているのだろう。
「とどろきく……しょうとくんは傷が深くて、その……念のためもう一日入院するそうです」
報告しながら西岐の気持ちも沈んだ。飯田の左腕に後遺症が残るかもしれないという話を思い出したからだ。
エンデヴァーは何を思ったのか、重たげに口を開いた。
「君も疲れただろう、今日はもう休んでいい」
エンデヴァーこそ疲れ切っているのではと思うような声で言われて、西岐は首を横に振った。
「いいえ、もっとエンデヴァーさんにいろんなこと教わりたいです」
昨晩感じた不甲斐なさ。ヴィラン襲撃以降ずっと感じていた自分に足りないもの。それをエンデヴァーは持っている。強敵さえねじ伏せる圧倒的な強さを、心の底から渇望していた。
今やエンデヴァーは西岐の尊敬するヒーローの一人となっていた。
懇願するように見つめていると、エンデヴァーの纏う炎がバッと大きくなる。
「よかろう!! ならばさっさと着替えて俺についてこい!! ヒーローが何たるかを徹底的に教えてやろう!!!」
いつもの彼らしい高らかな声が事務所に響き、炎に熱された空気が、西岐の全身を包むように舞い上がる。居合わせたサイドキックたちのどよめきを背後に聞きながら、一度頭を下げ急いでロッカールームに走った。
「――で、なんだこれは」
翌日、退院してようやく事務所へ戻った轟の目に飛び込んできたのは、ソファーにぐったりと寄りかかる西岐の姿だった。
「焦凍くん、起こしちゃダメだよ」
「……おきてますぅ」
近くのデスクに座るサイドキックからの声に西岐が弱々しく反論した。長い前髪のせいで目が開いているか分からず、声だけ聞いていると寝言のようにも聞こえる。
「昨日大変だったんだから寝てていいのに」
「んんん……やだ」
首を振る西岐を見て、他のサイドキックたちも困ったように肩をすくめる。
「昨日何かあったんですか?」
轟が尋ねると、サイドキックたちはそれを待っていたとばかりに口を開いた。
サイドキックたちの話はこうだ。
事の起こりは昨日の夕方。最初に起きたのは、他愛もない口論から激化し、周囲を巻き込んだ大喧嘩だった。息が台風のような威力を発揮する個性と、相手を目眩状態にする個性がぶつかり合い、その場は大混乱に陥っていた。西岐は指示されるまま周囲の一般人を瞬間移動で暴風の届かない距離へと避難させ、エンデヴァーが喧嘩の中心人物二人を取り押さえたことで騒ぎは収まった。
次に起きたのは繁華街の火災。狭いビルの三階から火の手が上がり、飲食店だということもあって多くの人が取り残されていた。エンデヴァーが先陣を切って火の中へ入り、取り残された人々を救出し、まもなく駆けつけたバックドラフトにより鎮火された。
その後も、ひき逃げと立てこもりが同時に発生し、さらにコンビニ強盗や建設資材の落下事故が立て続けに起きた。
そこまで黙って聞いていた轟は無意識のうちに呟いていた。
「すごいな」
「だろ?」
「とどめが大通りの陥没だよ」
掘削の個性を持つ者が銀行の金庫を狙って地下を掘り進めていった結果、大通りが数メートルにわたって陥没してしまったらしい。幸い深夜のオフィス街ということもあって車や人の行き来は少なかったが、それでも西岐は人を抱えて安全な場所まで何度も往復することになり、不安定な足場のうえ、いつ陥没範囲が広がるかも分からない。そんな状況での救助は、通常以上に西岐の神経をすり減らした。
様々な得意分野を持つヒーローの手によって道路の穴が塞がれ、ようやく事務所に戻ってこられたのは空が明るくなった頃だという。
「……応接室借ります。西岐、ちょっと来い」
轟は西岐の手を掴み、強引に応接室へ連れていく。足をもつれさせながらついてくる西岐を応接室のソファーに座り直させ、ドアを閉めると事務所内に充満していた忙しない雑音がシャットアウトされる。
轟はぼんやりとしたままの西岐をソファーに座らせた。西岐の隣に轟も腰を下ろし、その頬を両手で包んだ。
「少し熱い、無理しただろ」
東京へ向かう新幹線の中で思いがけず身の上を知ってしまった轟は、その流れで、それまで聞けずにいた西岐の個性についても尋ねていた。個性らしき力を複数持っていること。そして、瞬間移動以外の力には大きな負荷がかかり、熱を出してしまうこと。
おそらく誰にも気付かれないのをいいことに個性を使っていたに違いない。二日前にヒーロー殺しと交戦し、昨日も寝ずに動き回っていたとなればぐったりするのも当然だ。
手のひらに伝わる頬は普段より少し熱く、いつもより赤みを帯びている。
「……なさけない」
西岐の口がふにゃと歪む。
「クソ親父が見境なく連れ回したんだろうけど」
「んん、休んでいいって言われた……俺がお願いしたの」
何度も首を振って否定するけれど、その頼みに押し切られてしまうというのは、保護管理者としてどうなのだろう。西岐に頼まれたら断れないということか。ここ数日で随分気に入っているとは思っていたが、さすがにそこまでとは……。知りたくなかった父親の一面かもしれない。
「警察に呼び出されてクソ親父もいないし、少し寝ろ」
「……いやです」
「なんでそこで急に頑固になんだよ」
つい苛立った口調になる。
「いいから寝ろ」
轟は苛立ちのまま、少し乱暴に西岐の肩を引き寄せ、その頭を自分の膝に乗せた。力を込めたとはいえ、西岐は抵抗もなく横たわった。その身体は、ヒーロー殺しに立ち向かっていった人物と同じとは思えないほど軽い。
コスチュームの袖口から、二の腕に貼られた絆創膏が覗いている。頬や鼻にも同じように絆創膏が貼られており、四人の中で一番軽傷だったはずの西岐が轟の目には一番痛々しく映る。
思い出すのは、ヒーロー殺しに腕を掴まれ、生気のない虚ろな目をしていた西岐の姿だ。西岐に向かって怒鳴ってもピクリとも反応しなかったこと。あの時に覚えた感情は、今も言葉にできない。
「お前がいなきゃ……俺はヒーローになれねぇぞ……」
もしあのまま死んでいたら、自分も憎しみに囚われていたかもしれない。西岐が立ち上がろうとする姿を見ていなければ、飯田にあんなふうには言えなかっただろう。飯田と同じような目でヒーロー殺しに向かって行く自分が、容易に想像できる。
「……勝手にいなくなってごめんね」
「次は連れていけ」
西岐が膝の上から見上げてくる。轟は黙ってその顔を見下ろした。
頭に手を置き、柔らかな髪をゆっくり撫でると、瞼が重たげに揺れた。
やがて静かな空間に微かな寝息が聞こえ始める。
エンデヴァーが事務所へ戻り、騒々しく応接室へ乗り込んでくるまで、あと二時間。
create 2017/11/14
update 2026/07/22
ヒロ×サイ|top