林間合宿
凱旋



 一週間ぶりとなる教室。

「おはよぉ」

 足を踏みいれ声をかけると、振り返ったクラスメイト達が西岐の顔を見て奇妙な表情のまま止まった。それまで教室中に充満していた和やかな談笑も消えて静まり返ってしまう。
 注目を浴びてしまい困ったように轟を見ると、それ見たことかとばかりに冷めた目が返される。

「だから絆創膏を剥がすなって言ったんだ」
「だって……」

 顔面に大きな絆創膏が貼ってあるというのはどうも人目を引くと思って先程、登校途中で剥がしてしまったのだ。実際すれ違う人の視線が気になって仕方なかったわけで。
 傷自体も縫うほどのものではなく、かさぶた状になっていてもう痛くもない。

「顔、それヒーロー殺しにやられたのか?」
「痛そう、大丈夫?」

 ドア付近にいた切島と瀬呂が心配そうに聞いてくる。
 両脇を押さえられるように二人に立たれ、轟はフォローもなく自分の席に向かってしまう。

「もう全然痛くない」
「それならいいけどさ……」
「俺らほんとに心配したんだからな、知らせて来いっての」

 大丈夫ということが伝わるように口元に笑みを浮かべてみるが、切島の眉は下がったままで、グループチャットでも怪我について特に言ってこなかった西岐に対して瀬呂が軽く小突く。
 あの一件では西岐が一番軽傷なのだが、顔に負傷すると特に心配をかけてしまうものらしい、とここ数日で知った。
 他にも心配される要因があるかもしれないが西岐に察することなどできるはずもなく、ただ二人の言動に対して申し訳なさを滲ませる。
 そんなやり取りを出入り口付近でしていると後ろから爆豪が教室に入ってきた。
 爆豪の顔を見るなり切島と瀬呂が盛大に吹きだす。

「――アッハッハッマジか!! マジか爆豪!!」

 二人の声が綺麗にハモる。
 笑いの原因は爆豪の頭髪にあった。
 一週間前までは爆発したようなつんつんヘアーだったのが、今は綺麗な八二ヘアーになっており、それが彼の荒ぶる性格と相まって何とも言えない不協和音を奏でている。
 怒りと屈辱にわなわなと身を震わせる爆豪。
 そんなことでは収まらない二人の爆笑。
 黙って見ていた西岐もフルッと肩を震わせて口元を覆った。

「な? ほら、れぇちゃんも可笑しいってよ」
「これ笑っていいやつだから」

 声もなく身を震わせていると二人に両肩を叩かれて、小さく吹きだしてしまう。

「おい笑うな、ブッ殺すぞ」
「やってみろよハチニイ坊や!! アッハハハハハハ!!!!」

 導火線に火をつけるが如くの怒りを前にしてもなお笑い悶える二人と、その横で小さく震えて笑いをこらえる西岐に、爆豪の怒りが爆発する。それと同時に髪型が元に戻る。
 二人の首根っこを捕まえんと追いかけ始めた爆豪にこれ以上は危なそうだなと笑いを引っ込め、逃れるようにそっと距離をとった。
 静かに会話する口田と常闇の方へとさりげなく加わる。すると二人の視線が顔の傷に当てられる。やはりまだ絆創膏を貼っておいた方がよかったかもしれないなんて思っていると、常闇がポケットをまさぐりそこから絆創膏を一枚取り出した。

「持ってるの? すごい」
「ひとまずこれで隠しておいた方がいい。その傷は見る者を凍り付かせる」

 常闇の言葉に口田も同意だと何度も頷く。
 そんなにひどい傷だったかなと首を傾げるがクラスの反応を見る限り、常闇の意見は間違っていないのだろう。
 西岐は差し出された絆創膏と常闇をじっと見つめる。
 いつまでも受け取らない西岐に焦れて常闇が口を開く。

「……いらないのか?」
「とこやみくん貼ってちょうだい」
「……え」
「顔だもん、自分で貼れない」

 自分で前髪をよけ、澄ますように目を閉じて貼ってもらうのを待つ。
 が、しばらく経っても何も起きず片目を開ける。

「貼ってちょうだい」

 もう一度お願いして目をつむると、数秒してから包装とフィルムを剥がす音がして、頬に指が当たる感触がする。しっかり張り付けるために絆創膏の上を指がなぞり終えると西岐は目を開いた。
 何故か常闇と口田の顔は赤い。

「その無防備さは危ういぞ」

 残ったごみを手の中でグシャグシャと丸めながら低く漏らす常闇と、赤い顔を手で覆い隠す口田。
 西岐は二人の様子を不思議に思いながらも、貼られた絆創膏を確かめるように触れ、満足げに口角を緩めた。大きめの絆創膏がちゃんと傷を覆ってくれている。傷の程度はどうあれ隠すことでクラスが落ち着くならそれでいいかと思っていると、少し離れたところにいる障子と目が合い手招きされる。

「なぁに?」

 近付くなり大きな二つの手が探るように西岐の頭を撫でる。

「え、なに、なに」

 ゆっくり優しく髪を乱す手がくすぐったくて首を竦めて逃げるが、大きな手が追いかけてくる。
 マスクと前髪で隠され唯一見える目が観察するようにじっと見下ろす。

「頭の方は大丈夫なのか」
「えっと、ばかってこと?」
「……違う。今一瞬思ったけどそうじゃない」

 唐突に頭の心配をされて受け取ったまま聞き返すと呆れた声が降ってくる。鋭かった眼差しが幾らか和らいだ。

「頭を殴られたと聞いたから心配した」
「ああ……うん、ちゃんと病院で調べたしだいじょうぶだよ」

 聞いたというのは轟たちからだろうか。
 病院という単語を聞いて障子の目元に皺が寄る。
 自己判断よりは安心できるだろうと思って使ったのだが、かえって障子の気を揉ませたらしい。頭を撫でていた手がするりと下がり、頬の絆創膏を撫でてから離れる。
 そして数回瞬きして視線が逸れる。
 きっと何かを思い巡らしているのだろうけれど、それを西岐に伝えはしない。
 黙ってしまった障子に西岐は不安になっていく。
 視線を掬うように見上げる。
 何か言おうとして、しかしそれは上鳴の言葉で遮られる。

「ま、一番の変化というか大変だったのは……お前ら四人だな!」

 その言葉で一斉にクラスの関心が緑谷たちに注がれ、ついでに西岐にも視線が集まってしまったので、障子の大きな体を盾にして隠れた。
 緑谷たちを取り囲む面子が心配したという話を口々にし、エンデヴァーが凄いという話には轟が頷きを返すのを横目に、彼の親子関係を知る緑谷がちらっと様子を伺いつつ相槌を打つ。

「俺ニュースとか見たけどさ、ヒーロー殺し、ヴィラン連合ともつながってたんだろ? もしあんな恐ろしい奴がUSJ来てたらと思うとゾっとするよ」
「うん、怖かったよ、……強かった」

 報道では大分過剰に恐怖心を煽っていた感がなくはないが、尾白が受け取ったヒーロー殺しの怖さはあながち間違ってはいない。障子の後ろから少し顔を覗かせて肯定すると、見下ろす障子や砂藤がそうかとばかりに目元を揺らす。

「でもさあ、確かに怖ぇけどさ、尾白動画見た?」

 上鳴が親指で尾白を指す。

「アレ見ると一本気っつーか執念っつーか、かっこよくね? とか思っちゃわね?」
「上鳴くん……!」

 良くも悪くも歯に衣を着せぬ上鳴の物言いに、緑谷が声を荒げた。
 ヒーロー殺しは飯田の兄インゲニウムを再起不能に陥れた張本人なのだ。その兄を慕う飯田の前でヒーロー殺しを肯定するような発言するなんてと言外に緑谷は諫めた。
 慌てて口を塞ぐ上鳴だが、飯田は構わないと事実を受け入れる。

「いや……いいさ。確かに信念の男ではあった……クールだと思う人がいるのもわかる」

 そう言って飯田は自分の左手を見る。自分の犯した過ちと戒めを左手に残すと決めた、あの日の言葉を思い出しているのだろう。

「ただ奴は信念の果てに"粛清"という手段を選んだ。どんな考えを持とうともそこだけは間違いなんだ」

 手のひらをかざす。

「俺のような者をもうこれ以上出さぬ為にも!! 改めてヒーローへの道を俺は歩む!!!」

 ビシィィィっと音がしそうなほど綺麗に振りかぶる手のひら。

「さァそろそろ始業だ、席につきたまえ!!」

 いつも以上にキレのある声が教室に響き渡る。クラス委員長の完全復活だ。
 緑谷と一緒に西岐も『おおっ』と感激の声を漏らした。
create 2017/11/15
update 2017/11/15
ヒロ×サイtop