林間合宿
救助訓練レース



「ハイ私が来た、ってな感じでやっていくわけだけどもね、ハイ、ヒーロー基礎学ね! 久しぶりだ少年少女! 元気か!?」

 いつになくローテンションで始まったヒーロー基礎学。
 久しぶりの授業だというのに活気が今一つなオールマイトにクラスの中からぽつぽつとツッコミが入る。
 授業の為に生徒たちが集められたのは運動場γ(ガンマ)。細い道が迷路のように複雑に入り組んだ密集工業地帯となっている。飯田のUSJではないのかという質問に対して、救難信号を受けて誰が一番に助けに来るかを競うレースだという。

「さあて、西岐少年、まずはお手本と行こうか」

 真っ先に西岐が名指しされる。レースと言っていたにも拘らず組みではなく単独で呼ばれたことに西岐自身驚いた様子でぽかんと口を開いている。速さを競うとなれば西岐の独壇場なのは火を見るより明らかで、他の意欲を削がぬ意味でも西岐を外したということだろうか。
 一人、西岐だけが位置につき、他の生徒はオザシキブースで特大モニターを眺めながら待機する。

「れぇちゃんとじゃ競う意味がないもんな」
「レースじゃなあ……」

 上鳴と瀬呂がやけくそのような物言いで呟く。悔しいには違いないが個性の有利不利は仕方ないと思っているのだろう。何もそう思っているのは二人だけではなく他の者も同じような表情だ。

「やってみなきゃわかんねー!!」
「そういうけど爆豪、見ろよ、ほら」

 唯一強気だった爆豪も、開始の合図とともにスタート位置から姿を消し、モニターが切り替わった先でオールマイトと並び立っている様子にグッと言葉を詰まらせる。画面を指さしていた瀬呂がほらみろとばかりに眉を下げる。

「瞬間移動……分かってはいるけどこうやってみるとかなりチートだよ」
「あれは勝てねーって」

 瞬く間にというに相応しい速さに尾白が乾いた笑いを浮かべ、その隣で峰田ははなから戦意など湧かないといった様子で脱力した。
 緑谷・尾白・飯田・芦戸・瀬呂の五人がスタンバイするのと入れ替わりで西岐がオザシキブースに姿を現した。『助けてくれてありがとう』と書かれたタスキを肩から掛け、僅かに髪を乱し、頬と耳を真っ赤にして切島の隣に座る。

「めちゃくちゃ褒められたぁ……」

 両耳を押さえてふぅと息を吐く。
 それを見て切島の頬も赤くなり喉が上下に動いた。

「と、トップ予想な。俺、瀬呂が一位」

 誤魔化すように声を発した。
 ヒーロー基礎学ではほかの生徒の実技を見ながら検証するのも授業の一環となっている。

「あー……うーん、でも尾白もあるぜ」
「オイラは芦戸! あいつ運動神経すげぇぞ」

 早速、上鳴と峰田が話に乗ってくる。さすがクラスでも機動力の高いものが固まっただけのことはあり、予想がバラける。向こうでは麗日と蛙吹が飯田と予想。爆豪だけがデクの負けと違う論点で言い放つ。

「れぇちゃんは誰だと思う?」
「デクくん」

 上鳴が身を乗り出して訊くと西岐は頬を赤くしたまま即答する。

「なんだ、緑谷推しかよー」
「デクくんすごいから」

 何故か不満げな上鳴にきっぱりと西岐が言いきると同時にスタートが切られた。
 配管にテープを巻きつけグラインドしてはその軌道で宙に飛び上がり、ひょいひょい建物を超えていく瀬呂。

「ホラ見ろ!! こんなごちゃついたとこは上行くのが定石!」
「となると耐空性能の高い瀬呂が有利か」

 瀬呂を一位と予測した切島が得意気に拳を握り、それまでみんなの予測を静かに聞いていた障子が冷静な分析を呟く。
 初動からかなりの差がつきこのまま瀬呂が先頭を突っ走っていくのかと誰もが思っていたその時。
 ダンッと踏み切る音が力強く響き、緑谷の身体が前へと飛び出した。

「ほら!」

 思わず西岐が声を上げ隣の切島の腕をペチペチと叩く。
 その頬は未だ紅潮しており、触られた切島を照れさせてしまう。

「おおお緑谷!? なんだその動きィ!!?」
「ッソだろ!!」

 みんなが驚きの声を上げるなか、西岐は嬉しそうにモニターに食い入る。緑谷が着地するたびにその調子だとばかりに頷く。
 驚異的な機動力でぐんぐんと目的地へ一直線に向かう緑谷。
 だが、そのままぶっちぎりで一位かと思いきや、着地点の配管で盛大に足を滑らせ、落下した緑谷はあっさり最下位となり、一組目の一位は瀬呂となった。

「ああああ……デクくーん」

 緑谷が落下した直後から西岐は目元を手で覆い隠していた。今回ばかりは怪我もなく終えると思っていた矢先の落下に動揺してしまったらしい。

「大丈夫だって、歩いてたし、ほら戻ってきた」

 切島が指さす先に、医務室にはいかずオザシキブースに戻ってきた緑谷がいて、軽傷とはいえ結局怪我してしまった緑谷にやはり評価が定まらない奴だというクラスの目が向けられている。
 それでもけろっとしている緑谷に西岐はほっと息をつく。

「たーだいまー、やったぜ、一位だぜ、れぇちゃん褒めてくれよ」
「おい瀬呂、お前クッソ、なんだよもう」

 オザシキブースに戻るなり瀬呂はズカズカと歩み寄って、切島と西岐の間の僅かなスペースに無理やり入り込む。押された切島が不満の声を上げるが耳に入れず顔を西岐に向けたまま笑みを浮かべる。
 褒めてと言われた西岐はというと、言われたまま手を伸ばし、よしよしと瀬呂の頭を撫でた。

「はい、よく頑張りました」

 極めつけにこの一言。
 まさかそう来るとは思っていなかった瀬呂はこれでもかと目を見開き、首から上がボンと爆発するように赤くなる。

「レース一位になるとれぇちゃんに頭撫でてもらえんの!?」
「なんだよくっそ、勝ちたかったー!」

 盛大に食いつくのはクラスでも喧し担当の上鳴と芦戸。大袈裟な身振り手振りで取り乱している。
 オーバーすぎる二人のリアクションだが、他の生徒の食いつきもさほど大差ない。ほとんどの者がカッと目を見開いて本気の形相だ。
 二組目、麗日・口田・砂藤・八百万・轟がスタンバイする。
 オザシキブースでの予想は轟一人に集中した。
 その予想を裏切ることなく、氷で身体を押し出しては滑らせていき見事一位。
 物凄い大技にみんなが圧倒されている中、轟はいそいそとオザシキブースに戻ってきて一直線に西岐の前に座る。

「勝ったぞ、俺も褒めてくれ」

 少しも迷いのないその申し出に周囲は微かにどよめく。

「はい、とどろきくんもよく頑張りましたね」

 そして躊躇いなく頭を撫でる西岐。クラスメイト全員が轟の嬉しそうな顔を見てしまい何とも言えない気分を味わう。
 三組目、青山・上鳴・常闇・峰田・葉隠。
 これは組み合わせが悪かった。常闇は体育祭で見せた機動力にさらに磨きがかかり、他の者との差が凄まじかった。上を行くのが定石と言った切島の言葉に倣いビルの上部を飛び越えてゴール地点に辿り着く。

「れぇチャンれぇチャン、撫デテ撫デテ」

 戻ってくるなりグルグルと西岐の周りを回って巻き付くダークシャドウ。今し方見せた勇姿とは一転その陽気なキャラクターに西岐は表情を綻ばせる。ダークシャドウも西岐に撫でられ満足げに目を細める。

「踏陰モ撫デテッテ」
「……言ってない」

 常闇は即座に否定するが、西岐の手が伸びてきて額に触れる。

「わあ……触り心地が……」

 柔らかな羽の感触に夢中になる西岐に、初めは戸惑って及び腰だった常闇も心地いいのか、目を細めて大人しく撫でられていた。
 いよいよ最終組、蛙吹・爆豪・障子・切島・耳郎。
 スタートと同時に飛び出したのは誰もがそうだろうと思っていた爆豪だ。遠慮なく両手を爆発させ自らの身体を前方に吹き飛ばして進む。
 身体能力の優れた蛙吹と障子も健闘するが結果は爆豪が一位となって終わった。

「素直になれよ爆豪」

 切島の声と共にクラスの視線が爆豪に集まる。
 オザシキブースに戻ってきた爆豪が西岐に撫でてもらうのかどうか、クラスの関心はもっぱらそれだった。
 不躾な視線にさらされた爆豪は周囲を睨みつける。
 その視線で竦み上るのは西岐だ。

「えっと……もう授業終わるし」

 オールマイトも戻ってきているしと指さすと爆豪の視線がいっそう鋭くなる。

「んだコラ、俺だけナシか、あ?」
「え、え、え」

 怒りを爆発させる爆豪に西岐は混乱したらしくどうともできないまま爆豪を見上げる。すると爆豪は一歩近付き、少しだけ頭を下げる。
 おずおずと西岐が手を伸ばし髪に触れると、爆豪の尖っていた空気が幾らか丸くなる。

「……よく頑張りました」

 小さな声でそういうと爆豪の耳がほんのりと色づく。
 顔を上げると何事もなかった素振りで無数の視線から逃れるように、集団から外れた場所へと移動していく。
 一連の流れを黙って見届けてくれていたオールマイトが手短に授業を締めて、久しぶりのヒーロー基礎学は終わった。
 だらだらと更衣室に向かう途中、緑谷が西岐に声をかける。
 レースから戻ってからずっと整えていない西岐の髪が乱れたままあちこちに跳ねている。

「もしかしてオールマイトに頭撫でてもらったの?」

 緑谷がそう訊ねると驚きで西岐の足が止まった。

「よくわかったね」
「それでみんなの頭も撫でてたのかなって思って」
「さすがデクくんだよ」

 的確に言い当てられて感心していると緑谷の手が西岐の髪に触れて、飛び跳ねた髪をすくように指をくぐらせる。何度か繰り返して髪の流れが綺麗になると、今度は髪の上からポンポンと優しく撫でる。

「れぇちゃんもよく頑張りました」

 そう言ってから、自分の言動に恥ずかしくなったのかぎこちなく手を放して一気に赤面する。
 湯気が出そうな顔で『なんてね』と誤魔化しながら再び足を動かし始める緑谷に、西岐は隣を歩きながら嬉しそうに口元を緩めるのだった。
create 2017/11/16
update 2017/11/16
ヒロ×サイtop