林間合宿
更衣室事変



 更衣室で制服に着替えるさなか、みんなが口にするのは今終えたばかりのヒーロー基礎学でのこと。機動力が無いだとか、情報収集が肝心だとか、常闇や瀬呂の機動力が羨ましいだとかそういう話題だ。勿論"お手本"と称して真っ先に一人で救助訓練をやって見せた西岐のことも話題に上る。

「さっき瞬間移動するとき、どうやってオールマイトの居場所を把握したんだ?」

 切島からおもむろに聞かれ、西岐はシャツを羽織る手を止めて振り返る。

「どうって、音がした方に見えたから」
「見えた?」
「俺ね遠くのモノが見えるし遠くの音が聞こえるの」
「まじかよ!」

 初めて知った新事実に切島の声がひときわ大きくなり、周囲の者も顔面に驚きを貼り付けた。いろいろなことが出来ることはクラスメイトたちももう分かってはいたが、西岐の能力は視認出来ないものばかりで、こうして言ってもらって初めて知ることも多い。
 障子もUSJのヴィラン襲撃の一件がなければ聞くタイミングを得られなかったかもしれないと思いながら、騒ぐクラスメイト達を尻目に着替えを進めていると、斜め後ろから探るような視線が向けられていることに気付く。視線の主は轟で、障子が振り返る気配を見せると手元に視線を戻した。
 雨の日の朝以降こうした目を向けられることが多くなった気がする。西岐の能力の話に表情を変えないところを見ると、轟も教えられているらしい。

「壁の向こうとか見えるのか?」
「え、うん」
「見えちゃうのかよ」
「え、なんで、怖いな……」

 西岐が自ら遠目遠耳と名付けた能力を知ると、とたんに目の色を変えるのは上鳴と峰田。明らかによからぬことを考えているその勢いに恐怖心を覚えた西岐が、逃げるように障子の近くへと身を寄せる。
 切島が庇うような位置に立って、彼の中ではまだ続いていたらしい当初の話題に短く嘆息する。

「情報収集もできてあの速さでって、ムテキじゃねぇか」
「体育祭で格闘もしてたし、死角なしだよなぁ」

 それを拾って瀬呂も眉尻を下げる。
 西岐に対する羨望からくる言動らしいが、その言葉は西岐の表情を曇らせる。

「そんなことないよ……」

 俯いてボタンを留めながら呟く声は徐々に小さくなっていく。

「どうしても力が必要って時にはダメなんだ……速さも、ヒーロー殺しには全然」
「――西岐」

 西岐の言葉を轟が遮る。
 諫めるような視線で西岐を黙らせる。
 障子の耳は確かにヒーロー殺しという単語を聞き取ってしまっていたが、この場では触れないほうがいいのだろうと聞こえないふりをした。

「もっと力をつけたい……どうしたらいいかな」

 アドバイスを求めて見上げてくる西岐に、障子は体つきを見ながらしばし思案する。確か以前聞いた西岐のトレーニングはあまり効果的ではないものを選んでいた気がする。それに加えて元々の非力さゆえにきちんと熟せておらず結果的に身になっていない。
 いやそもそも、だ。
 体がちゃんと作れない理由が明確にある。

「食事をちゃんととれ。お前は放っておくと鳥の餌みたいな量しか食べてないだろ」

 これを言うのは別に初めてのことではない。
 三食全部を食べないわけではないし強く言えば食べる。しかし積極的に摂取しようという意欲はなく、しかも恐ろしいほど少食なのだ。
 食べるのが嫌なのかと聞けば『入らない』と答える程度には心身ともにそういう生活が染みついているらしい。
 今も食事と聞くなり急にやる気を損なったらしく、着替えるほうに意識を切り替えてしまった。
 そこへ……。

「西岐ーーーッ!!!」

 先程からずっと後ろで騒いでいた峰田が唐突に乱入してきた。
 峰田が振り向いた西岐の胸元へ勢いよくダイブする。体の小さい峰田の勢いにさえ負けてしまい、ロッカーに身体をぶつけながら堪える西岐。

「目がああああ!! 目から爆音がああああ!!」
「え、え、なに、だいじょうぶ?」

 絶叫しながら縋ってくる峰田にそれまでの会話など吹き飛んでしまい、西岐は困惑したまま受け止めてどうしたのかと覗き込んでいる。

「もうこの際、西岐のまな板ちっぱいでも癒される!!!」

 そう言いながら西岐の胸に全力で擦り寄る峰田に、ビシイッと場が凍る。
 障子の長い腕が伸びて峰田の頭を鷲掴む。力任せに引き剥がすその握力と、垣間見えた障子の目つきに峰田が竦んだ。

「な、れぇ。ちょっと先に教室行ってろよ」
「俺ら峰田ちゃんにちょーっと大事な話あっからー」

 不自然なほど全開の笑みを浮かべて西岐を退室させようと背中を押すのは切島で、瀬呂がドアを開けて西岐を外へと押し出した。
 後はネクタイを結ぶだけの状態まで着替えが済んでいたのもあって、西岐が追い出されることに誰も口を挟まない。むしろ逃がすべきだという空気が漂っていた。
 そしてドアが閉まれば、峰田へと向けられる、無数の怒り。

 その後の男子更衣室は、女子更衣室にまで聞こえるほどの阿鼻叫喚の地獄絵図だったとか、なかったとか。
create 2017/11/17
update 2017/11/17
ヒロ×サイtop