林間合宿
大事な話



 その日の夕方、トレーニングルームを借りて自主トレを行っていた時のこと。肩のストレッチをしている西岐の耳に二人の人物の会話が飛び込んできた。
 突然の声に西岐は手を止めてルーム内を見渡す。西岐以外は誰もいない。
 廊下も見てみるが声の主らしき影はなく、その間も会話が続いていき、そこでようやくこれは遠くの場所で行われている会話なのだと理解した。
 遠目遠耳と西岐が命名した能力の耳の方。目とは違ってコントロールのしづらい耳は時折意図せず遠くの音を拾ってしまう。そしてそれを聞かないようにする術をまだ西岐は身につけていなかった。
 もう自主トレに集中はできないなと諦めてベンチに座る。
 聞いてはいけないと思いながらも勝手に聞こえてしまう会話に耳を澄ませると、聞き覚えのある声だと気付く。

「DNAを取り込められるなら何でも良いと言ったはずだ」

 これはオールマイト。

「え……じゃあまさか……ヒーロー殺しにワンフォーオールが…………!?」

 こちらは緑谷だ。
 いつになく重苦しいオールマイトの声と会話の内容に心臓が胸を打つ。DNA・譲渡・ワンフォーオール、多分これは西岐が聞いてはいけない話なのだろう。生徒に隠している"本当の姿"、そしてオールマイトと緑谷の個性の繋がりの話だ。
 個性を奪い与えることのできるオールフォーワンという個性。
 超常黎明期、混沌と荒廃。
 流れる言葉に不安が膨らんでいき西岐は両耳を手で塞いだ。けれど塞いだ手を音が擦り抜けてしまう。

 ワンフォーオールのオリジン。オールフォーワンによって生み出された個性。
 半永久に生き続けるであろう悪の象徴と、それを止めんとする弟。敗北を喫した弟は、今は敵わずとも少しずつ力を培いいつか奴を止めうる力になってくれと、後世に託すことにした。
 そしてオールマイトの代で遂に奴を討ち取った、はずだったのだが、どうしてか奴は生き延びヴィラン連合のブレーンとして再び動き出している。ワンフォーオールは言わばオールフォーワンを倒すために受け継がれた力、緑谷はいつか奴と、巨悪と対決しなければならないかもしれない、と。

 西岐は体を丸めて蹲る。
 聞いてしまった。
 世界の均衡を揺るがすような重大事項だった。とても一言では言い表せない、絶対に自分が勝手に聞いていいような話ではなかった。
 罪悪感が膨らむ。けれど耳を塞ぎようがないのだ。
 耳を塞ぐ手が強張る。爪が皮膚に食い込む。それでも声が聞こえてくる。

『言うんだ、オールマイト』

 その声は今までと違った響き方をした。

『言わねば――……』

 頭の中で反響するような、狭い空間を共有しているような感覚。

『違うんだよ、緑谷少年、私は……』

 オールマイトの葛藤が聞こえてくる。絞り出すような、捩じ切れてしまうような心の苦しさまでが伝わってくる。
 音ではなく感覚で伝わってくるものに顔を上げ、オールマイトがいるであろう方に目を向ける。

『多分……その頃にはもう、君のそばにはいられないんだよ』
「――ッ!!」

 心臓が飛び跳ねた。
 言葉にできない声がまさかと心で叫んでいた。
 考えるよりも早く西岐の身体はトレーニングルームから仮眠室へと移動していた。

「オールマイトさん、オールマイトさん……ッ!」

 ソファーに腰かけたオールマイトが突然のことに驚きつつも、西岐を見上げ困ったように笑っている。

「聞いたのかい」
「はい、どうしてか聞こえました」
「不思議だな、私にも君の動揺が分かった」

 一歩、また一歩とゆっくりオールマイトへと歩み寄り、猫背の彼のどことなく陰のある表情を見下ろす。
 オールマイトの気持ちが手に取るように伝わり、西岐の心の動きもまた同様に伝わっていったことは勘違いではないということが、その表情を見て分かってしまう。

「オールマイトさんは……もしかして……」
「そこから先は言わないでくれ」

 西岐の言葉をオールマイトが塞ぐ。優しい物言いだったが西岐にはその言葉を振り切れない。

「何で君に聞こえてしまったんだろうな。つらくさせたくないのだが」

 西日に照らされるオールマイトの表情はどこまでも優しく西岐を気遣うけれど、むしろ彼の方がずっとつらそうで、その表情が何よりも今の話が間違っていないことを告げていて、西岐はオールマイトの足元に力なくしゃがみこんだ。整理できず飽和する心を持て余し、言葉にならない。

「そんな簡単には死なんよ、しぶとく足掻いてみせるさ。私は――……平和の象徴なのだから」

 そう言って、オールマイトの手がそっと頬に触れ、切なく見つめた。
create 2017/11/17
update 2017/11/17
ヒロ×サイtop