林間合宿
楽しみの前に



 光陰矢の如し。
 相澤から林間合宿とその前の期末テストのことを告げられた時にはまだブレザーを着ていたクラスメイト達もすっかり夏服姿となり、日々の授業を忙しくこなしているうちに一ヶ月はあっという間に過ぎていった。期末テストまで残すところ一週間を切ったクラスは悲喜こもごもだ。
 全く勉強をしていなかったと頭を抱えて叫ぶ上鳴。逆に開き直って笑い飛ばす芦戸。
 クラスの中で自信のある者とそうでない者が顕著に表れる。
 最下位組に八百万が力添えしようと声をかけたのを切っ掛けに、何人かがつられたように八百万に教えを請おうと群がる。

「この人徳の差よ」

 盛り上がる彼女たちから爆豪へと移した目に憐れみを浮かべる切島に、爆豪は反射的に苛立ちをぶちまける。

「俺もあるわ、てめェ教え殺したろか」
「おお! 頼む!」

 あっさり頼んでくる切島にフンと鼻を鳴らす。
 すると黙って隣に立っていた西岐が躊躇いながらも話に身を乗り出す。

「あ……俺も、あの、だめかな?」

 もじもじと手を動かしながらそれでも言葉はしっかりと爆豪に向けられる。

「俺……勉強ぜんぜんだめで、その、授業もちょっと分かんなくて」

 爆豪は呆気にとられた間抜けな顔で西岐を見上げてしまう。まさか西岐から自分に何かを頼んでくることがあるとは思ってなかったのだ。
 しばらく大人しく返事を待っていた西岐は、なかなか口を開かない爆豪に駄目だったのかと萎み後退る。

「なんだよ爆豪、教えてやれよ」

 助け船を出す切島の顔にはニヤニヤした笑いが貼りついている。
 それでも固まってしまった思考を動かせないでいると、横からむかつく奴の声が割り込んできた。

「西岐、勉強なら俺が教えようか」

 しれっとした顔で口を挟むのは半分野郎こと、轟。
 ヒーロー殺しの一件からやたらと一緒にいる場面を見るようになった。切島達の話によればどうやら職場体験先も一緒だったらしく、出生の因縁だ何だと言っていた割に親子でちょっかいをかけているようだ。
 怒りで勢いがつく。

「――れぇ」

 牽制するように轟を睨み、傾きかけていた西岐の気持ちを引き戻す。

「俺が教えてやる」

 そう言うと西岐はパッと表情を輝かせ、爆豪の胸に何とも言えない優越感が充満する。
 小さく舌打ちをして去っていく轟を尻目に週末の約束を取り付け、昼食のために食堂へと移動するのだった。





 そして週末。
 予定の時間より少し早く待ち合わせ場所であるファミレスの店内へ入ると、先に着いていた切島が席から手を振る。向かい合わせに座るとドリンクバーを追加で注文し、アイスコーヒーを取ってきて腰を落ち着かせた。
 切島はメロンソーダを横に置き、もう教科書とノートを広げて勉強に取り掛かっている。

「……あいつはまだなのか」

 勉強のスイッチが入り切らないままコーヒーを啜ると、まだだなと顔を上げないまま切島が返す。ペン先でノートをつついては頭を掻きむしっている。その様子からするとなかなか煮詰まっているらしい。
 時間ピッタリになって西岐が入り口に姿を見せ、爆豪と切島を見つけるなり足早に寄ってくる。

「お……お待たせしました」
「早く座れ」

 テーブルに近付いて当然のように切島の隣へ座ろうとする西岐に、爆豪は自分の隣のスペースをバシバシ叩く。
 えっ、と小さく反応はするものの、西岐は逆らわず大人しく座り早速カバンからノートと教科書、筆記具をテーブルに出している。

「もしかして寝坊か?」

 西岐が到着したことで顔を上げた切島が、いつもよりだいぶよれよれな西岐の格好に疑問を投げると、どうやら図星だったらしく、ずれていた襟元を直しながら苦笑する西岐。

「そうなの、昨日遅くまで勉強してて、急いで用意してきたんだけど」
「俺も勉強で寝不足だわ。ドリンクバー注文しといてやるからとってきな?」

 世話好きな切島らしくオーダーコールを押して飲み物を取りに行くように促してやる。
 しかし西岐は不思議そうに首を傾げた。

「ドリンクバー?」

 言葉の意味自体を理解していない様子に爆豪も目を眇める。
 注文を取りに来た店員に追加注文を告げてから西岐に向き直る。

「ドリンクバーしらねぇの?」
「え、うん」
「ファミレスはじめて?」
「そうなの」
「もしかして箱入りとか?」
「……それとどろきくんにも言われた、どういうこと?」

 矢継ぎ早に質問を浴びせる切島に丁寧に返事する西岐を眺めながら、爆豪は西岐について何一つ知らないのだということを思い出していた。直接密に話すこともないし、行動を共にすることがあっても大抵切島たちが一緒にいる。そうすると西岐と一番話すのは何やかんやと世話を焼く切島になる。
 今も結局切島がカウンターまで一緒に取りに行ってあれこれと教えてあげている。
 好きな飲み物を選べたらしくほくほくした顔で戻ってきた。

 今日の目的は勉強、週明けにはテストが待ち受けている。
 脳裏に浮かんだモヤモヤを押し込めて、二人のノートを覗き込んでは解き方を説明し、理解しきれない切島に時折丸めたノートをお見舞いする。

「どこで躓いてる」
「ここ」
「だからこれはさっき言った……」

 手が止まってしまった西岐を覗き込み、問題文を指し示すために手を伸ばす。そうすると必然的に距離が近くなり肩と肩がぶつかり、息がかかりそうな距離にまでなって淡いシャンプーの香りが鼻をくすぐる。
 俯いて問題を解く西岐の目蓋が髪の隙間から僅かに見えて、知らずのうちに喉が鳴る自分に気付き、頭を振って雑念を振り払う。

「基礎はできてるのに記述がダメだな、お前」
「そうなの」
「こればっかりは練習問題を解きまくるしかねえ。それと切島、その問題にいつまでかかってんだ終わんねぇぞ!」

 西岐の文章になっていない壊滅的な回答に呆れテキストを指さし、同じ問題を延々と考えている切島に叱咤を飛ばす。
 時折休憩と食事を挟んで、勉強会は日が暮れるまで続いた。





 ファミレスを出るなり覚えたことを忘れないうちに帰ると言って切島は一足先に走り去った。
 勉強会は教え役の爆豪宅に近いファミレスで行うことになったため、西岐も帰りは電車だ。その場で別れることもできたが、駅まで送っていくことにした。
 ほとんど太陽が沈んでしまい街灯が照らす道はそれでも暗い。

「ふらふら歩くな」

 何故か右に行ったり左に行ったり落ち着かない西岐を引き寄せる。ちょうど後ろから自転車が来て、西岐の横をすり抜けていった。

「真っ直ぐ歩けねえのかよ」

 離せばまたふらふらし始める西岐の手を強引に繋ぐ。
 はじめはキョトンとしているがすぐにギュッと握り返してきて爆豪の心臓が小さく飛び跳ねる。
 近くから聞こえる嬉しそうな笑い声。

「文武両道ってさぁすごいよね」

 相変わらずのふにゃふにゃした話し方が耳にこそばゆい。

「俺は優秀だからな」

 爆豪の口から出る言葉に謙遜はない。きっぱり言い切ると同意だとばかりに頷く。
 しかし高揚した気分は次の言葉で一気に降下した。

「とどろきくんもすごいんだよ」
「半分野郎の名前をいちいち出すんじゃねぇよ」

 西岐の口から出た名前に怒りが一気に沸騰する。繋いでいる手がビクッと跳ねるがきつく繋いで外させない。
 思えば入学初日からの因縁の相手、気に入らなくて当然だ。
 心の中で燻っていた不満が浮上してくる。

「お前のことを教えろ」

 道の先を見つめたまま低く唸るように言う。

「半分野郎とかタコ野郎とかが知ってることも、知らねえことも、全部」

 西岐が困ったように見上げてくるのが気配で伝わってくる。
 道がだんだんと明るくなっていく。道沿いの店が増え、通り過ぎる車や人の数も増える。リズムの良い特徴的な電車の音が響いてくる。

「……もう駅だよ?」

 話している時間はもうないと言いたいらしいその言葉を聞いて爆豪の足が止まる。
 手を繋いでいる西岐も少し爆豪に肩をぶつけて止まった。

「今から俺んち行って荷物持ってお前んちに行く。一晩泊まって全部聞く。文句はねえな」

 了承も何もない。
 自他共に認める偉そうな口ぶりで決定事項を突きつけただけだが……。

「友達が泊まりにくるのって初めて」

 明かりに照らされた西岐の顔は嬉しそうに綻ぶ。

「ンなに嬉しいかよ」

 その喜びようにつられて爆豪の頬も緩み、口角がつり上がる。不敵なものではなく純粋に湧いた笑みが零れる。
 そして手を繋いだまま爆豪宅を目指して来た道を引き返すのだった。
create 2017/11/18
update 2017/11/18
ヒロ×サイtop