林間合宿
演習試験



 三日間の筆記試験を終え、演習試験当日。
 学校敷地内の中央広場に集められたコスチューム姿の生徒たちと、教師陣10名。

「それじゃあ演習試験を始めていく」

 ずらっと並んだ教師陣の中央で担任である相澤が口火を切る。はじめに林間合宿をちらつかせてやる気を揺さぶり、そして期末試験内容の情報を得ているだろうと前置きをすると、やはり『ロボット仮想ヴィランとの戦闘実技』だと声が上がった。
 楽勝だと思っている生徒たちを絶望の淵に叩き落とすのは根津の陽気な声。

「残念!! 諸事情あって今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 相澤の捕縛武器がもぞもぞと動き、そこから根津校長が飛び出す。
 内容の変更が急遽行われたのは先週の会議の時だ。ロボットとの戦闘は実戦的ではない、そんな分かり切った意見が今更強く推された背景に、USJでのヴィラン襲撃及びヒーロー殺しの件が大きく関わっていることは間違いない。プロヒーローを担う教師陣はヴィラン活性化の予感を感じ取っていた。そのことを考慮すれば学校としては万全を期すためにも対人戦闘・活動を見据えたより実戦に近い教えを重視する必要があると、そういう結論に至ったわけだ。

「諸君らにはこれから、二人一組でここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう!」

 根津の言葉に戸惑う生徒たちをよそに、さっさとペアと教師の組み合わせを伝えていく。発表に従って組み合わせごとに分かれて移動用の学内バスへ乗り込む。
 制限時間は30分、クリア条件は『ハンドカフスをかける』か『ステージから脱出』すること。ハンデとして教師陣は体重の約半分の重量がある超圧縮重りを装着する。以上の説明が対戦相手の教師からなされ、それぞれのステージにて試験が一斉スタートした。

 相澤の担当は第四演習場。住宅街を模した会場に生徒は轟と八百万。
 見通しのいい電柱の上から二人の動向を伺う。
 推薦入学者でありクラスでもトップの成績を収める二人だが、それゆえ隙が大きい。頭上に注意がいかず接近を許し、早々に轟を拘束されてしまう。一人ゲートに向かう八百万も、創造を有効に使うということが頭からすっかり抜け落ちている。
 対ヴィランを想定したこの演習が、いかに生徒たちの弱点を突いているかが分かる。
 判断を委ねに戻った八百万が、轟の言葉で喪失しかけていた自信を胸に蘇らせ、考えていた相澤に対抗する作戦へ踏み出した。
 結果は相澤がカフスをかけられての条件達成。轟の最大級の氷の壁、布による陽動、八百万が生み出した形状記憶合金を編み込んだ捕縛武器と轟の炎熱、相澤のほんのわずかな甘さ、それらが組み合わさってのクリアだ。
 他の演習場にいる生徒たちにも轟・八百万チームが達成したことが告げられる。

「それじゃあ、次は……」

 轟と八百万が演習場を退出するのを待って相澤は再びゲートに背を向け戦闘態勢をとった。
 1-A生徒21名。ペアチームで十組。余った一人、西岐。

 この社会……ヒーローとして地味に重要な能力であるコミュニケーション能力。特定のサイドキックと抜群のチームプレイを発揮できるより、誰とでも一定の水準をこなせる方が良しとされる、故のペアチームだが……。
 西岐の瞬間移動は強力すぎる。味方も本人もそれに頼りきってしまう。それでは何も成長しない。

「だからまず、"ヴィラン"との単独戦闘」

 そうすれば逃走一択となり"くぐる"という条件を満たすためにゲート前に姿を見せる。行動が読めてしまえば瞬間移動も大して脅威ではない。
 姿を現した西岐を相澤の目が捉え瞬間移動を封じる。
 逃れられなくして、捕縛武器が取り囲む。
 手元の布を引っ張れば呆気なく拘束され西岐は地面に膝をついた。

「瞬間移動は確かに凄い、だがそれゆえ封じられると急に弱くなる」

 西岐を拘束した捕縛武器の端を電柱に結び付け、限界に近付いていた目を閉じる。端を握っているだけでは相澤ごと移動しかねないが、大きな質量の物に固定してしまえば移動できないことは、ヒーロー基礎学での西岐を見てきて分かった。
 拘束を解こうともがき、捕縛武器の内側で西岐の口がもごもごと動く。口も封じたから幻影は使えない。手も縛ってある上に相澤が距離を置いて立っているから抑制もかけられず、血をどうこうできる環境でもない。こうなると言葉通り完全に手も足も出ない。
 これが西岐の弱み。

「お前の個性は一見凄いようだが知っていれば対策なんざいくらでも取れてしまう」

 抵抗をやめすっかり座り込んでしまった西岐に分からぬよう相澤は嘆息した。
 ここまで徹底的に弱点を突くのには訳がある。それは勿論、先日のヒーロー殺しの件だ。職場体験へと見送ってから三日目の夜、警察から連絡を受け、その翌日保須の病院へと駆け付けた相澤は、傷だらけになっている四人を見て、もっと危機感を育てなければと思ったのだ。
 ヴィランに立ち向かうにはまだまだ未熟であると思い知る必要がある。
 これは試験という名を借りた問題提起だ。

「相手は強敵、味方はいない、個性は通じない……さあどうする。このままタイムリミットを迎えて負けるか?」

 わざと無情な言葉を投げかけ、布にグルグルと巻かれた西岐を見下ろす。
 この光景はあの時を彷彿とさせる。
 西岐と相澤が初めて会った時、あの時の西岐は人質で相澤は救けに踏み込んだヒーローだった。けれど結果的に救けられたのは相澤だった。人質の存在に動きを阻まれた相澤を助けるべく自らナイフで頬を傷つけヴィランに突進していった。
 あの時と同じ目が、今、乱れた髪の隙間から相澤を見ていた。

 ビシ、ビシと奇妙な音が響く。固いものが砕けるようなヒビが広がるような音。それに交じる何かがちぎれる音。
 相澤の横にある細長い影が"動いている"。
 ハッと振り返る。
 捕縛武器を結び付けた電柱の根元がひび割れ傾き始めている。次第に傾きが大きくなり電線を引きちぎりながら勢いよく倒れてくる。
 咄嗟に横に避けとてつもない振動のなか西岐を振り返ると、もうそこに姿はなかった。

「………………まじかよ」

 電柱はともかく捕縛武器は特殊合金の鋼線を編み込んである。そう簡単に切れるものではないはずだが、それが電柱の根元近くで千切れている。
 そして西岐は、ゲートの一歩外でグルグル巻きのまま立っていた。
 ゲートの文字が『がんばれ!!』から『よくぞ!!』に切り替わる。

「なんていうか……お前は」

 どう表現すればいいのか言葉が見つからない。
 何が起きたのか。
 電柱が倒れるまでの間、確かに相澤は西岐の動向を見張っていた。油断などしていない。西岐は微動だにせず、電柱を砕き捕縛武器を千切ったというのか……。
 千切れた捕縛武器の端を拾って操作する。西岐に巻き付いていたものが緩んで解けていく。
 崩れる体を相澤の手が受け止める。
 気を失ってはいないが、相澤を見る目に力がない。いつもの疲労だろうか。

「お前の壁の越え方、俺には怖い……」

 これは成長ではない。次々と新しいものが目覚めていっているというほうが近い。そのたびに手の届かないものになっているようで背筋がうすら寒くなる。
 こいつは何者なのか、と考えないようにしていた疑問が頭をよぎる。問いかける相手も答えを知っている者もいない不毛な疑問だ。
 西岐を抱きかかえ中央広場に戻るバスへと向かう。

 時間にして約5分。
 他のチームに遅れて開始した西岐がクラス二番手の条件達成となった。
create 2017/11/19
update 2020/03/15
ヒロ×サイtop