林間合宿
リカバー 最悪の夜から二日、警察の捜査と八百万の機転によってヴィラン連合の拠点を割り出され、警視庁本部にプロヒーローが一堂に会していた。
活動時間に制限のあるオールマイトはトゥルーフォームを見せるわけにもいかず、塚内に用意してもらった別室での待機となる。
トゥルーフォームでヒーロースーツを纏い、逸る胸を押さえつけた。社会に激震を見舞うために子供たちを狙うという卑劣極まりない行為に怒りが止まらない。こうしている間も攫われた教え子たちが恐怖に晒されているかと思うとじっとしていられない気持ちだった。
ノックの音がした。
塚内が作戦の再確認にでも来たのだろうかと考えながら返事をすると、入ってきたのは相澤だった。
髭をそり、髪を整え、背広にネクタイといった姿は普段の彼と全く違う印象を与えた。
「そろそろ記者会見だね」
その姿である理由を口にすると短い返事が返ってきた。
ピシッと整えられている格好とは反対に、出てきた言葉は気力に欠け、すっかり憔悴しきった顔をしている。攫われたのは二名だが彼の抱える生徒は他に十九人もいるのだ。事件が起きてからずっと体を休めず方々走り回っていたのだろう。
入室を促すとすんなり入ってきてパイプ椅子に腰を下ろす。そして深々と、まるで今の今まで呼吸を止めて過ごしていたかのように、目いっぱい息を吸って吐き、張り詰めていたものを緩める。
「西岐の言っていたことがようやく分かりました」
前置きもなくポツリと零れた呟きに、オールマイトは言葉を挟まず続きを待つ。
「こういう時にぶん殴れないというのは物凄く腹立たしいな、と」
言いたいことを理解するとなるほどと頷く。USJでの事件の後、西岐が熱を出したときのことを脳裏に蘇らせていた。西岐は相澤の怪我が自分のせいだと己を責め、無力感に苛まれ、ヴィランを自分の手で殴り飛ばせなかったと悔しげにしていた。
今の相澤はあの時の西岐と似た気持ちでいるのかもしれない。いや、教師でありプロヒーローの立場だ。胸に渦巻く激情はきっとその比ではないだろう。
かける言葉が見つからずオールマイトは黙ったまま近くの椅子に座る。
「なんで爆豪と西岐なんでしょうね」
相澤が問いを宙に投げる。
喉まで出かかった返事をオールマイトは飲み込んだ。
中学時代から有名で体育祭でも派手な個性で目立っていた爆豪と、入学からたった数か月のうちにUSJでのヴィラン襲撃事件・体育祭・ヒーロー殺し事件と立て続けに経験して、その特異な性質を晒してしまっていた西岐。彼らの力を欲してヴィラン連合が引き入れようと考えても可笑しくはない。しかも彼らを悪の道に引きずり込めれば雄英を、ひいてはヒーロー社会を貶めることが出来る。
それに……西岐の特異さは、あの男の好奇心を刺激するには十分だ。
声に出さなかった考えが胸の内側でグルグルと渦巻く。
きっとオールマイトが言わなくても相澤は近い答えを自分で弾き出しているに違いない。消耗した顔の中で二つの目が怒りでぎらりと光っている。
この状況においても心が折れていないのはやはり彼がヒーローだからだろう。
「爆豪少年はタフネスだし西岐少年はクレバーだ、大丈夫。私がいる! 必ず救けだす!」
立ち上がりグッと拳を握ると途端に腕が、全身の筋肉が一気に膨れ上がる。人々を救けるため幾度となく繰り返してきた決め台詞がより熱を帯びた。
「……オールマイトさん、よろしく頼みます」
相澤も立ち上がって深くオールマイトに頭を下げた。
ヴィラン連合の拠点の正面のビルに多くの警官やプロヒーローと共にオールマイトは構える。
「合図はまだか」
エンデヴァーがじりじりと苛立つ。収集をかけられたときはなぜ自分が雄英の尻拭いをとボヤいていたが、連れ去られた生徒の一人が西岐であると分かるや協力的になっていた。ビルの下に構える予定の警官への指揮を買って出たくらいだ。
エッジショットが警官の一部を引き連れ拠点のビルに入っていく。
「さァ反撃の時だ! 流れを覆せ!!! ヒーロー!!!」
塚内の声でビルの外へと飛び出し、ビルを取り囲むように総員配置につく。
オールマイトは低い姿勢をとる。小型無線からノックの音が聞こえてくるのを合図に思い切りバネを伸ばしきった。
拳の先が壁を突き破り巨体が内側へとなだれ込むのと同時に、シンリンカムイがウルシ鎖牢で全員を捕縛。抵抗を見せるツギハギの男にもグラントリノの蹴りが入る。扉の隙間から侵入したエッジショットによって扉が解放され、警察も突入してくる。
そしてすぐさま爆豪の安全を確保する。さぞかし怖かっただろうと声をかけると爆豪の口元が歪む。緩みそうになるのを必死にこらえて食いしばる姿は彼を年相応の少年に見せた。
予想外のオールマイトの登場に死柄木が脳無を持ってこいと叫ぶ。
だが持ってこられるはずがない。
手筈通りならば今頃ベストジーニスト率いる別部隊が脳無格納庫を制圧し終えているはずだ。
黒霧の言葉を聞く限り計画は滞りなく順調に進んだらしい。
しかもエッジショットの千枚通しが黒霧を貫いて行動不能にし、彼らの退路を完全に断つ。
「ところで西岐少年は一緒ではないのか」
「は?……れぇ?」
爆豪の目がどうしてと問いかけてきたかと思うとすぐに理解したらしく、カウンターの端に置かれたモニターを見た。あれで死柄木とあの男が通信していたのだろうか。爆豪の示した可能性にさすがだと頷く。
おそらく西岐はあの男の元にいる。
「西岐少年はどこだ!!」
怒りを込めた目でヴィラン共を威圧する。これが平和の象徴なのだと見せつけるかのように。
それでも死柄木の目には一ミリも諦めは浮かばない。
「ふざけるな。こんな……こんなァ……、……こんな、呆気なく……ふざけるな……、失せろ…………消えろ」
むしろ狂気が強まっていく。深い深い憎悪に染まった目が向けられる。
だがオールマイトもまたこの程度で揺るがない。
「――奴はどこにいる、死柄木!!!」
「おまえが!! 嫌いだ!!」
オールマイトの問いに死柄木の血反吐のような叫びが重なった時、宙に黒い液体が広がった。液体の内側から脳無が次々と湧いて出てくる。戸惑っている間に、ビルの中も外も脳無だらけとなる。
脇にいた爆豪の口からも黒い液体があふれ出す。これはまさかと爆豪の身体を抱えようとするが、爆豪は吐き出した液体に包まれ消えていき、オールマイトの腕は液体だけを掻いた。
同じ現象がヴィラン共にも起きる。液体が溢れ彼らを包んでいく。
「おんのれ、私も連れて行け!!」
力任せに突進し液体に包まれた死柄木の頭に手を伸ばした。だがオールマイトの身体は液体の内側に入ることはできず、爆豪もヴィラン共もこの手から連れ去られてしまった。
あと一歩、あと少しだった。完全に制圧できるはずだった。
どこかに油断が生じていたのだろうか。
我々の計画が奴の上を行っていると。
オールマイトの身体に無数の脳無が飛び掛かり、剥がされまいと歯を立てしがみつく。体をねじり回転させ、その威力で以って吹き飛ばす。己の苛立ちをぶつけるような遠慮のない力に脳無は壁を突き破って飛んでいく。
エンデヴァーにこの場を一任し、オールマイトはもう一つの拠点に向けて跳んだ。
おそらくそこには、あの男が待ち受けている。
create 2017/11/28
update 2017/11/28
ヒロ×サイ|top