林間合宿
奔逸



 謎の液体によって爆豪が転送されたのは無残に抉り取られたような瓦礫の上。
 バーで見たヴィランたちも次々と背後に沸いて出てくる。
 目の前には不気味なマスクの男。その男が死柄木へと励ますような言葉をかけている。全ては君の為にある、と。優しい物言いだがゾッとさせる声、これは確かモニター越しに聞いた声だと気付いていた。オールマイトの口ぶりから察すると西岐はこの男の元にいる可能性があるらしいが、周辺にはその陰すら見当たらない。
 とにかく逃げようと構える頭上に人影が過る。
 とてつもないスピードで落下しながら拳を振り下ろすのはオールマイトだった。尋常ではない力が両の拳に込められていたが、先生と呼ばれたその男は二つの手のひらで受け止めた。その衝撃がいかに凄かったかは直後の爆風で分かる。
 男とオールマイトは因縁の相手なのかそれらしい言葉を交わしている。
 準備運動のように飛び跳ねたかと思うと掴みかかるオールマイトに、男の一撃が放たれる。超パワーを誇るあのオールマイトが受け身も取れず、多くの建物を薙ぎ倒しながら吹き飛ばされていく。
 絶対だと信じて憧れていたものが容易くあしらわれている光景に、爆豪は我が目を疑った。届かないと分かっていても名を叫んでしまう。

「心配しなくてもあの程度じゃ死なないよ、だから……」

 ここは逃げろと死柄木に言い放つ。
 指の先から爪のようなものが伸びて黒モヤヴィランに突き刺さる。ただそれだけで気を失っているはずのヴィランのワープゲートが大きく広がった。強制的に個性を発動させる類の力かと爆豪は舌打ちする。
 逃げるとなればヴィランたちの行動の選択は一択だった。
 爆豪を捕まえる。

「めんっ……ドクセー」

 強がりで笑う口の下で知らず知らず喉が鳴る。
 6対1。しかも今はヴィラン側にとっても緊急事態だ。さっきまでと違って強引にでも連れて行こうとするヴィランの手は容赦がない。
 制服女のナイフを避け、細身のジャンプスーツ男のメジャーのようなものを躱し、オカマの磁石に引き寄せられないように警戒しながら爆破を放ち出来るだけ距離をとる。仮面の男に触られてしまえば、また空間ごと切り取って閉じ込められてしまう。
 オールマイトは男との戦闘で救けにまで手が回らない。むしろ爆豪の存在が闘いにくくしていることは自明だ。
 その時。
 爆豪の鼻先数センチを華奢な手が掠めていった。

「――ッ!!?」

 身体をしならせて俊敏な動きで向かってくる者の姿を見て、爆豪は両目を見開き、そして息を飲んだ。

「れぇ!!」

 思わず名を呼ぶ。
 しかし、その呼びかけに西岐は答えない。
 開いているはずの目はどこを見るでもなく虚ろで、無表情のまま爆豪へと手を伸ばす。手のひらは赤く濡れていて少しでも肌に付着してしまえば、彼の思うまま封印されてしまうだろう。
 爆豪はギリギリで攻撃を避けながら西岐の不自然な様子に戸惑いを浮かべる。

 西岐の動きは隙が多く読みやすい。懐に飛び込んでくるのを出迎える形で顔面に爆破を食らわせ、血に触れないように気を付けながら西岐の着ているサイズの大きいパーカーの袖を指先が隠れるまで引き延ばし、その上から手首を捻り上げた。
 痛いとも何とも言わない西岐に眉をしかめる。
 一体どういうことだと考える暇もなくヴィランたちの攻撃が向かってきて西岐を抱えあげる。西岐がもがく。今抑制を放たれでもしたら一貫の終わりだ。しかし爆豪には、ヴィランのように向かってくる西岐をそのままにして放り投げることはできなかった。

 焦燥が募ったその瞬間だった。
 頭上に一直線に伸びる煙と、団子のように固まって跳ぶクラスメイトの姿が見えたのは。
 緑谷・飯田・そして切島の姿だった。
 切島が爆豪に向かって手を伸ばす。

「来い!!」

 短く放たれたその言葉を聞いて爆豪には迷いはなかった。

「れぇッッ!!! 俺にしがみつけ!!!」

 西岐の今の状態がどうだなどと知ったことではない。普段の爆豪よりもいくらか威力の増した声が喉を震わせる。
 すると抱えていた西岐の身体がビクッと跳ね、すぐに爆豪にしがみつく。
 それを確かめてから爆破で飛び上がり切島の手を掴んだ。





 綺麗な弧を描いて滑空し、爆豪の爆破で衝撃を和らげながら緑谷と飯田の脚によって着地した。その後もひたすら走った。ヴィランたちの手の届かないところまで逃げなければ意味がない。プロヒーローと警察の誘導に流されるように駅前へと向かっていた。
 大混乱の喧騒の中、ロータリーに着くと四人は大きく息を吐く。
 戦いの衝撃波も届かないこの場所までくれば窮地は完全に脱しただろうという安堵の吐息だった。
 しがみついていた西岐の腕が爆豪の呼吸に合わせて緩み、だらりと力なく垂れ下がる。

「れぇちゃん?」

 終始言葉を発することなく抱えられている西岐を心配して緑谷が覗き込む。
 それを待っていたかのように西岐はブンと腕を振り、緑谷と爆豪を突き飛ばして身を翻し、四人から大きく距離をとる。
 虚ろな目が向けられ、爆豪以外の全員も異常さに気付いたようだ。

「れぇ? どうしたんだよ、おい!」
「西岐くん、聞こえていないのか」

 クラスメイトの言葉にも反応を示さない様子に、爆豪は心臓を鷲掴みにされたような心持になる。
 とにかく医者なり専門機関に見せなければと西岐に向かって手を伸ばす。刺激しないようにそっと近寄る。
 けれど、瞬く間に西岐は姿を消してしまった。

「なッ!? 一体どういうことなの、かっちゃん!!」
「知らねぇ!」

 救け出したはずの西岐が目の前から消えてしまったことに動揺する緑谷に、爆豪もまた戸惑いを隠すことなく声を張り上げていた。
 白い土埃がかすかに見える遠くの空に目を向ける。
 まさか、と考えてギリッと歯が軋んだ。
create 2017/11/29
update 2017/11/29
ヒロ×サイtop