林間合宿
過飽和



 マスコミは規制線の外へと追いやられ、オールフォーワンが移動牢に入れられ連行され、プロヒーローによる救助活動が行われる中、オールマイトはキョロキョロと辺りを見回していた。
 頼むから救急車で病院に向かってくれとか、せめて隅で大人しく休んでいてくれとか声をかけられたが、すべて無視した。
 大きな瓦礫の下を覗き込む。いいや、こういう場所にいるわけがないと首を振る。
 いるとすれば建物の上か。しかし周囲の建物はほとんどが倒壊している。いつ崩れるか分からず、人が下敷きになっているかもしれないような場所を"彼"が選ぶはずもない。
 オールフォーワンに一撃を見舞う直前、オールマイトの背中に触れた手。
 頭の中に響いた声。
 あれがオールマイトをヒーローとして立ち続けさせてくれた。
 もうこの場所から去ってしまった可能性を考えながらも、探さずにはいられず周囲に視線を巡らせる。
 そして、ハッと思い当って頭上を見上げる。
 オールマイトの目がまじまじと一点を見つめる。

「エンデヴァー、頼む」

 近くで要救護者を救急に引き渡していたエンデヴァーに声をかける。初めは訝しげな声が返ってきたが、空を見上げ緊迫した声を出すオールマイトの様子に何事だと近寄ってくる。

「受け止めてくれ、彼が落ちてくる」

 そう言ったオールマイトの視線の遥か先、マスコミのヘリよりも高い空に浮かぶ点のような人影。それがあっという間にヘリの横をすり抜け落下してくる。
 エンデヴァーは同じように頭上に目を向け、すぐに察したらしい。
 大きく踏み込んで飛び上がり、"彼"が地面に到達するよりもずっと早く空中で抱き留めた。

「――な、んだこれは……ッ」

 静かに着地するなり、自分の腕の中を覗き込んでエンデヴァーが戸惑いの声を上げる。
 オールマイトもまた彼の姿を見て様々な感情が溢れだし、整理できなくなった。

「……西岐少年」

 出てきた声は弱々しく掠れ空気に溶ける。
 呼びかけても閉じられた目蓋が開くことはなく、ぐったりと身を預けている。その顔色は青白く息をしていないのではと思わせるほどだ。
 元は白かったのであろうシャツが首元を中心に赤黒く汚れ、皮膚にも乾ききっていない血が付着している。
 心ともなく手を取ると、腕がぐにゃりと曲がった。骨が粉々に砕けてしまっている。
 叫びだしそうになって口を押えた。

「なんで、羽が……」

 エンデヴァーはオールマイトとは違う部分で心を揺らしていたらしい。
 西岐の背中には無視できないサイズの羽が生えていた。先程緑谷たちに救出されていったときにはなかったはずだが。

「この子は一体……」
「私が病院に連れて行こう、こちらへ」

 羽のこと、傷のこと、気になることは山のようにあったが、すぐにでも治療を受けさせなければとエンデヴァーを促すと、少々躊躇いを見せたもののオールマイトの腕に西岐の身体を移した。力を失い、マッスルフォームも維持できなくなったオールマイトの腕でも、やすやすと抱えられてしまうほどの軽さに、胸が締め付けられる。
 まさに壊れ物を扱う手つきで運び救急隊員に声をかけると、共に救急車で病院へと向かった。





 相澤が病院に駆けつけたのは日が暮れてから何時間も経って漸くだった。
 爆豪を保護したと連絡が入って警察に向かい、学校関係者に連絡を入れ、迎えに来た両親に爆豪を引き渡し終え、一つ肩の荷が下りるなり事後処理は後回しにして最速で駆け付けた。
 教えられていた病室のドアを開けると、派手な音を立てたにも拘らず、オールマイトは咎めもせずゆっくり振り返る。ここ数日ほとんど休まず駆けずり回っていた相澤よりよほど憔悴した顔をしている。
 よもや最悪の事態になっていないだろうなと足早にベッドへ近寄り、横たわる西岐を見下ろした。見る限りどこにも手当をされた跡はなく、静かな呼吸で眠っている。
 そんな相澤の様子にオールマイトが重い口を開いた。

「怪我は大丈夫だ、治ってしまった」
「……治った?」

 電話では確か右腕骨折、全身に裂傷など多数あるという話だった。それが治ったとはどういうことだと問う。
 するとオールマイトはベッドサイドの椅子に座ったまま西岐の右手をとる。
 骨折していたという右腕にそんな跡はない。

「酷い怪我だったが、救急車で運ばれている間に治ってしまったんだよ」
「治った……治癒系の個性か…………こいつなら持ってても可笑しくはないですが」

 散々西岐の能力に驚かされてきた身だ。今更新たな能力を目にしたところでさして動揺などしない、そう思っていたのだが。その考えはすぐ打ち砕かれることになる。
 二人の会話が睡眠の邪魔をしたのか目蓋が揺れ、スッと目を開いた。

「西岐」

 名を呼びながら覗き込んですぐ異変に気付いた。

「西岐……どうした?」

 普段のぼんやりした表情とは違う、何も映さず何の反応もない、感情のない虚ろな目が空洞のようにぽっかりと開いていた。肩に手を置いて軽く揺すってみても反応がない。いつもならふにゃふにゃした声を発する口も動く気配はなく、そこに至ってやっとオールマイトの表情の意味が分かった。

「西岐少年には他者の傷を引き受けるような個性はあったのかな」
「……傷を?」

 そう言われてオールマイトの腕に視線を落とした。半袖のシャツから伸びた細い腕には傷一つない。あれだけの激闘を繰り広げたというのに、だ。テレビ中継で見ていた時はヴィランの攻撃でボロボロに傷付いていたように見えたが今はそれがない。
 傷を引き受ける、と心の中で反芻して弾かれたように目を見開く。
 オールマイトは苦笑しながら自分の脇腹を押さえる。

「いや、こっちの傷は残っている。どうやら古傷には作用しないらしいが、あの男から受けたダメージは少年が触れてからすべて消えてしまって、それがそっくり彼の身体に現れていた」

 オールマイトのヒーロー寿命を縮めた原因である脇腹の傷、それが西岐に移ってしまったのではという考えをオールマイトは否定した。だからと言って安堵出来る話ではない。

「知らない個性が二つも増えているってことですか」
「少なくとも三つ。今は消えてしまったが少年の背に羽があるのを私とエンデヴァーが見ている。これだけを見ても……無理やり個性を与えられた可能性がある。そして私はそういうことのできる男を知っているんだ」

 じわじわとした恐怖が形をなして押し寄せてくる感覚。
 そんな馬鹿なとは否定できないほど今の西岐の状態は普通ではなかった。
 個性を与える、そんなことが出来るとしたら。もし本当に無理やり与えられて人間的な反応を失ってしまっているとしたら。

「それじゃまるで」

 ――脳無ではないか。
 喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。自分で思ったことなのに全身から嫌悪感が噴き出して、爪が食い込むほどきつく拳を握り締める。

「西岐少年の特異な性質がいい受け皿になってしまったんだろう」
「どうやったら元に……」
「わからんよ。そもそも個性を与えられたということも確かめようのないただの憶測だ」

 冷静な説明を口にしながら、抜け殻のようになってしまった西岐の手を取り、オールマイトは自らの額に押し当てる。
 その心の内が痛いほど分かって、相澤もベッドサイドの椅子に力なく腰掛ける。
 
「……西岐は強いやつです。こんなことで心を失ったりはしない。必ず回復しますよ」

 自分に言い聞かせるように、そう呟くことしかできなかった。
create 2017/12/01
update 2017/12/01
ヒロ×サイtop