仮免許
ニューコスチューム



 圧縮訓練が開始されてから早一週間。
 再三、来なくていいと言われているが今日も今日とてオールマイトは様子見に訪れ、順調に必殺技を磨き上げている生徒たちを順繰り見て回る。
 当初は訓練に戸惑いを見せていた西岐も方向性が定まり、毎日のように手合わせをして臨機応変さを鍛え、個性を伸ばしているようだ。今日は接近戦に持ち込むのも困難な相手、ミッドナイトとの手合わせで西岐に新たな課題を突きつけてはあれこれ悩ませ、結果、質が向上していく。
 昼の休憩に入り全員が一息つくと、TDL入口付近に立つオールマイトと言葉を交わしてから退出していく。

「やあ、西岐少年も調子がよさそうだな」

 みんなから大分遅れて歩いてきた西岐にも声をかけてから、纏っているコスチュームに視線を落として不思議そうな表情になる。

「コスチューム、変えてないんだね」

 シンプルな黒の上下に首に巻いた細い布、両手首のブレスとごつめの靴。ほとんどの生徒が必殺技や個性の成長に合わせて改良しているのというのに、西岐だけは職場体験以降と変わらぬコスチュームのままだ。
 そう指摘すると西岐はブレスに手を添える。

「あの……改良の余地、ありますか?」

 何かアドバイスでもあるのだろうかと期待のこもった目がオールマイトを見上げてくるが、そうじゃないと首を振って自分の背中に腕を回す。

「背中の布が邪魔になるんじゃないかと思って、ほら、羽出すときに」

 自然と湧き出た何気ない言葉だったのだが西岐を大きく動揺させてしまったらしい。
 息を詰まらせ、見開いた目を揺らしている。次第に目の中に光が多くなり零れ落ちそうになって、オールマイトも表情を戸惑ったものへと変える。

「さ……西岐少年?」

 しまったと思った時には遅く、ボロッと大粒の涙が頬に転がり落ちる。

「何泣かせてんですか」

 背後から怒りを纏った低い声が響く。
 その声を聞いて西岐は反射的にビクッと肩を跳ねさせ、オールマイトの身体を盾にして隠れながら目尻に溜まった涙を指で拭った。
 涙を見られたくないのか、或いはこの話題を知られたくないのか。
 なんにせよ軽率な発言だったと反省して、怯えを纏う西岐の肩を引き寄せた。

「私と少年の大事な話だ、少し外してくれるかな」

 珍しく強気な声がオールマイトの口から転がり出た。

「……それで引き下がるとでも?」
「引き下がるだろう?」

 重ねて語調を強めるとこれまた珍しく言葉を詰まらせる相澤。西岐のことは気にかかるが相手を思えば引き下がったほうがいいということも分かっているのだろう。数秒の逡巡ののち、渋々といった様子で踵を返し扉の外へと出て行った。
 足音が遠ざかっていき、西岐が顔を上げるのと扉が閉まるのは同時だった。
 オールマイトと西岐の二人だけとなって騒々しかった訓練施設内が今は静まり返り、どこか心細さを感じさせる。

「あ、あの……ごめんなさい」

 何に対してなのか分からない謝罪を口にする西岐と困惑するオールマイトの視線が重なる。肩を数回叩いて一歩距離を置いた。

「相澤くんには話してないのか、力のこと」

 問いかけに小さく頷いて俯く。
 背中に出現させられる羽、他者の傷を自分に移し替えられる力、重い傷さえ修復してしまえる力。オールフォーワンに無理やり与えられた力。
 それらを受け入れられずにいるようだ。
 当然だろう。
 普通なら物言わぬ人形のようになってしまっても可笑しくないことなのだ。

「与えられた時のことを思い出して怖い?」

 肯定する代わりにまた両の目が不安げに揺れる。
 彼だってヒーロー志望の少年だ。怖いと口に出してしまうことに躊躇いを感じたのだろう。
 指が白くなるほど強く握りしめている。
 しばらく間をおいてからゆっくりと首を振って震える唇を動かした。

「俺……脳無みたいですよね」

 聞こえたのは微かな声なのにハンマーで殴られたような衝撃をオールマイトに与えた。

「気持ち悪いって思われたら……どうしよう」
「馬鹿な、そんなわけがないだろう!」

 あの相澤に限って西岐を気持ち悪いと思うわけがない。仮に西岐が脳無のようになってしまっていたとしても、受け入れようとしたに違いない。

「君は脳無とは全然違う」

 言葉も交わせるし、涙も零れる。恐怖を感じることもできるし、何よりオールマイトの心を揺さぶる目の光は何一つ変わっていない。
 無理やり力を与えられたからといってクリーチャーのようには思えない。
 固く結んだ拳を手に取って、指を割り入れ開いていく。

「忘れたかな、ワンフォーオールもまたオールフォーワンから生まれた力だってことを」

 西岐の手を柔らかくほぐしながら覗き込むと、柔らかく微笑んだ。

「君が心を壊してしまうというならその力は使わなくていい。でも私はあんな風に与えられてしまった力だからこそ、奴の思惑を挫くために使ってほしいとも思う」

 こんなはずではなかったと思わせてほしい。巨悪と対峙する立場にあったからこそのエゴでしかないがそれが本心だ。
 全身から強張りがとけ、支配していた恐怖心が薄らいでいくのを感じ取った。

「さあ……もう一度広げて見せてくれないか」

 無理強いにならないように表情を確かめながら促すと、濡れた睫毛が瞬いた。
 コスチュームの背中の布が競り上がり、限界に達して引き裂かれる。その下から2メートルはあろうかという大きな羽が広がった。
 外側は濃い紫、内側が乳白色のそれは、まだうまく動かせないのか力なくだらりと垂れ下がっている。

「間違いなくあの時の天使だ」

 オールマイトに勇気と力を与えてくれたあの時と同じ姿。それを間近に見て、胸に湧き上がった感情を何と呼べばいいだろう。どうとも表現できずただ眩しげに目を細めた。





 それから数日。仮免許試験の前日。
 新調したコスチュームが届いたという西岐からの連絡をもらってTDLへと足を運んだ。
 扉から顔を覗かせると、すぐに気づいたらしい西岐が瞬間移動で目の前に現れた。勢いをつけすぎたのかつんのめりそうになった西岐の肩に手を添えて支えてやると、先日とは打って変わった明るい表情がオールマイトを見上げてくる。

「どうですか、新しいコスチューム」

 そう問われる前にオールマイトの目は西岐の全身を捉えており、思わず肩に添えた手を放してしまった。しかも少し後退ってしまう。

「オールマイトさん」

 呪いでも発動しそうなほどおどろおどろしい声が正面から近づいてくる。

「何をどう話してこうなったか説明いただけませんかね」

 堅気ではありえない目つきで睨みつけてくる相澤にオールマイトはだらだらと汗を流す。
 説明しろと迫られたとてオールマイトにも何がどうしてこうなったのかさっぱり分からないのだから無理な話だ。
 ほんの数日前まではゆったりしたシルエットのシャツにぴっちりめのパンツ、というスタイルだったはずなのだが。どうしてだか西岐のコスチュームが全身ぴっちりのボディスーツタイプになっている。
 首の布はそのまま、手首のブレスは改良されているようだが、なかなかそこには目がいかない。

「ちょ、ちょーっと、背中あきすぎなんじゃないかな」

 先日邪魔ではないのかとオールマイトが指摘した背中部分の布、今度はそれがごっそりと無くなって思い切り肌が露出している。女性であれば問題になってしまいそうなほど大胆なデザインにオールマイトの喉が鳴る。

「これだと、羽の出し入れが楽なんです」

 そう言って躊躇いなくその場で羽を広げて見せた。
 すっかり吹っ切れたような笑顔を向けられてしまえばもう言えることはない。彼の憂いが軽くなったのならそれでいい。
 少しくらいコスチュームが大胆でもまあいいかと思わせてしまうのだから西岐は侮れないのだ。

 そう思っているオールマイトをよそに、相澤がガシッと羽を鷲掴む。

「俺は断固承服しかねる。早く羽をしまえ。そんで体操服に着替えてこい」

 どうやら相澤はコスチューム姿も羽も人に見せたくないらしい。西岐の憂いは一体何だったのだというくらい過保護っぷりを発揮するだけの相澤と、一度決めると頑として譲らない頑固な西岐の攻防を眺めながら、オールマイトは苦笑を漏らすのだった。
create 2017/12/12
update 2017/12/12
ヒロ×サイtop