仮免許
会場入り ヒーロー仮免許取得試験当日。
試験会場である国立多古場競技場にバスが到着しぞろぞろと生徒たちが降り立つ。
一見普通の競技場だが近付いて分かる、町が丸々一個入るのではというほどの異様な大きさ。雄英にも広大な訓練施設がたくさんあるがこれが公共の競技場というのだからすごい。
これから入場する施設を前に集合をかけ、ざっと見渡して全員揃っているか確認すると二人ばかり足りない。
一番でかい奴と、一番手がかかる奴。
目立つ二人を見落とすわけがないのでまだバスの中かと乗降口に目をやると、障子が二人分の荷物と西岐を抱えて降りてくるところだった。抱えられている西岐は今の今まで寝ていたらしく目をショボショボさせている。
試験直前だというのに信じられないくらい緊張感のない顔に、相澤は頭痛を感じて頭に手をやる。
「れぇちゃん、ねむねむだな」
「昨日寝れんかったらしい」
瀬呂と切島に両側からつつかれて小さく唸っている。
夜寝られなかったにしても直前に寝ているのだから大物だ。
普通なら耳郎や緑谷、峰田のように試験会場を目の前にすれば緊張してそわそわ落ち着かなくなるものだ。峰田などは仮免許が取れるかどうか不安になって口に出してしまっている。
「取れるかじゃない、取ってこい」
上体をダラリと折り曲げて覗き込めばビクつきながらやる気を奮い起こす峰田。
これまで散々タマゴだ有精卵だと言われていた彼らが仮免許を取得できれば、ようやく殻を破りヒヨッ子、セミプロへと孵化できる。
「頑張ってこい」
激励の言葉をかけるといよいよ活気づく。
いつもの《校訓》をと切島が掛け声を挙げ、それに倣って全員が拳を振り上げる。
「プルス……」
「――ウルトラ!!」
1-Aの生徒の誰よりも大きな声で拳を上げたのは、クラスメイトではない大柄で坊主頭の他校生だ。
すぐに同じ制服の一人から注意を受け、耳に障る大声と地面に頭がめり込むほどの大きな身振り手振りで謝罪をして見せる彼に、生徒一同が気圧されてどよめく。
障子に抱えられたまま眠そうにどうにか拳を握っていた西岐も、そのあまりのテンションに驚いたらしく両目を開いて騒ぎの中心に見入っている。
シンプルな夏服に目立つ制帽。
東の雄英・西の士傑と並び称されるほどの難関校、士傑高校の生徒だ。
それだけでなく相澤はこの男の顔に見覚えがあった。
雄英が大好きだ、競えるのが光栄だと声高に言ってのける男だが、真意が汲み取れず相澤の表情もいささか曇る。
「夜嵐イナサ」
誰に言うでもなく零れ落ちた男の名前に生徒たちは反応した。
嫌な男と同じ会場になったなと思いながら口を開く。
「夜嵐。昨年度……つまりお前らの年の推薦入試、トップの成績で合格したにも拘わらずなぜか入学を辞退した男だ」
わざわざどういう人物なのか説明してあげるあたり、1-Aに対して自分が随分甘い扱いになっていることを自覚してしまう。
同じ推薦入学である八百万と轟はやはり気になるのか自然と目が立ち去る彼を追いかけ、そして一応は推薦枠で入学している西岐もすっかり眠気を手放し、自分の足で立ってじっと夜嵐の背に視線を張り付けている。
「……あ……帽子」
先程の謝罪の動きで転がり落ちた帽子が地面に取り残されているのに気づくと、拾って小走りで夜嵐を追い背中をトンと叩いた。
「あ、の、……落としました、よ?」
呼び止められて何気なく振り返った夜嵐は、西岐の顔を見るなり突如顔から火を噴く勢いで赤面した。余程驚いたのだろう、一瞬で数メートルも後退って口をパクパクと開いて声にならない声をあげている。
何から何まで挙動の大きい夜嵐に西岐は軽く恐怖を覚えたらしく、制帽を持って身を固くした。
「――西岐、れぇ……さんッ!!!」
無意味に動いていた口がようやく放ったのは西岐の名で、相澤のこめかみが微かに引き攣る。
「じ、じじ、自分になんか用っスか!?」
「え……あ、帽子……」
西岐が思い出したように帽子を差し出すとやっと落としたことに思い至ったのか、血が流れる頭を手で撫でた。
ソロソロと西岐の方に近寄って帽子を受け取る。その間も顔を真っ赤にして目線を合わせることも出来ずにいる。
目的を果たした西岐は踵を返してみんなの元に戻ると不思議そうに首を傾げているが、相澤には夜嵐の行動の意味が分かった。
全国のテレビで中継された体育祭や世間に広まっていまだ消えないヒーロー殺しの動画、神野の悪夢に繋がる拉致事件、それらの中心にいた西岐は今や雄英一年生の中でもトップスリーに入る有名人となっている。ネット上に私設のファンサイトが存在しているくらいには憧れを抱く者も少なからずいて、恐らく夜嵐もそういった人間の一人なのだろう。つい先ほど見せた雄々しさの欠片もなくなってしまっている。
如何せん西岐にそう言った自覚がないのが問題だ。
この後で例のコスチューム姿を見せつけられるのであろう夜嵐のことを考えると相澤は眉を顰めずにはいられない。
そんな思考に脳内を占拠され一人表情を険しくしている相澤の背後から、馴染みのある声がかかる。
「イレイザー!? イレイザーじゃないか!! テレビや体育祭で姿は見てたけどこうして直で会うのは久し振りだな!!」
そう言いながら歩いてくるのはヒーロー仲間のスマイルヒーロー、ミス・ジョーク。
瞬時に不快感をあらわにする相澤。
何故ならば彼女の口から出る『ジョーク』は正直笑えない。
「結婚しようぜ」
「しない」
何の脈絡もなく切り出されたプロポーズまがいの台詞にすかさず断りを入れる。うっかり躊躇しようものならとんでもない勘違いがまことしやかに噂になって相澤の首を絞めかねないからだ。
結婚、笑いの絶えない幸せな家庭、相思相愛という不穏な言葉の羅列に相澤は嫌な汗を掻く。
「あいざわせんせの奥さん……!」
案の定、西岐はキラキラした眼差しで相澤とジョークを見比べている。
「奥さんじゃない、キラキラすんな」
西岐が嬉しそうな顔を浮かべた分だけ相澤の心がダメージを負い、心が打ちひしがれる。
だというのに、だ。もう西岐の興味はジョークの後ろからやってくる傑物学園高校の生徒たちへ移っていたりする。ジョークの受け持ちの生徒だという彼らもまた見知った雄英の生徒を前にして、興味とライバル意識を纏う。
特に真堂と名乗る男は雄英の生徒と次々と挨拶を交わし、一見さわやかなスポーツマンのようなセリフを吐きながら、一方で潜めるには強すぎる闘争心を目の中に宿している。それを見抜いた爆豪に手を振り払われても尚演技を続けるあたりなかなかの逸材だ。
その真堂が西岐の目の前に来て『おっ』と軽く目を瞠る。
「西岐くん」
声のトーンが少し変わる。
「君の心の強さは他に類を見ない、本当にすばらしい」
西岐の手を取り強く握りしめる真堂の目の奥には今までとは違う色が映し出されているように見える。
夜嵐とは別方向で挙動が大きい真堂だが人のよさそうな笑顔が西岐の警戒をほぐしたのだろう。
「えっと……褒められた? のかな? ありがとぉ」
戸惑いながらも笑みを返す西岐。
真堂は両目を眇めて鋭い笑みへと表情を変えると、引き寄せた西岐の指先に唇を触れさせた。まるで紳士が淑女に行うようなそれに場が凍り付く。
「おい、コスチュームに着替えてから説明会だぞ。時間を無駄にするな」
教師らしいセリフが出てきたことを自分で褒めたい。声は大分苛立ちが露わになってしまったが。
相澤に促されたことで『さあ更衣室に移動だ』と言いながらクラスメイト達が真堂から西岐を引っぺがしてくれる。
1-A全体に真堂に対しての怒りは言わずもがな、傑物学園に対しても闘争心に火が付いたのだった。
create 2017/12/14
update 2017/12/14
ヒロ×サイ|top