仮免許
バイスタンダー



 雄英全員一次通過。盛り上がるクラス一同。一時はどうなるかと気を揉んでいた西岐もギリギリで滑り込んできた九人を見て安堵の息を吐いた。
 アナウンスが鳴り、モニターが表示される。
 あれがあるのなら控え室でも他の受験者の動向を見せてくれたらよかったのにと思いつつ画面を眺めていると、今し方混戦を繰り広げた試験会場の至る所で爆発が起き次々と破壊されていく。あっという間に広大な景色が被災現場と変わり、アナウンスが言うには次の試験は救助演習を行うとのこと。
 ビルが倒壊し、土砂が流れ、水場が崩壊し、無残になった街の中に老人や子供の姿が。彼らは要救助者のプロ・HUCなのだそうだ。
 あの瓦礫の山から彼らを救け出せと、そういうことらしい。

 それにしてもこの光景は西岐の心を抉るかのようだ。
 これはまるであの時の神野。
 端々がおぼろげな記憶の中で無残に薙ぎ払われた街並みと、傷を負いながらも背後を守らんと歯を食いしばっていたオールマイトの姿は目に焼き付いている。
 緑谷も同じように感じたらしい。頑張ろうと鼓舞する声に西岐は無言で頷いた。

 休憩時間を挟まれ控え室の空気が僅かにほぐれると、上鳴と峰田によって急に賑々しくなり、西岐は緑谷の傍を静かに離れ、士傑高校とクラスメイト達のやり取りを遠巻きにして眺める。彼らに限ったことではないが雄英に対して友好にしたいのか敵視を抱いているのかよく分からない。この場にいる者が全員ヒーロー志望なのであれば敵対という考え自体そもそも可笑しい気がするのだが、雄英潰しの件もあってそのあたりの認識は揺らいでいる。
 押しのける、他を排斥する、それもヒーローの素養なのだろうか。
 与えられた数分の休憩を持て余して訥々と思考の海に沈んでいる西岐は、隣に立った人物のことに暫く気付けずにいた。

「……いてる?」

 痺れを切らしたらしい相手が顎を掬いとる。
 顔の向きを無理やり変えられて西岐の表情が硬くなる。

「しんどう………………せんぱい」
「別に呼び捨てでもいいけど」

 かろうじて付け足した敬称に真堂はニコッという効果音の似合う笑みを浮かべる。ちょうど一次試験での彼らの行動を思い出していたからか、その笑みも急に嘘くさく見えた。

「あれ、警戒してる?」

 返事をせず距離をとると演技がかった仕草で溜息を吐く。

「雄英じゃないって時点で俺たちは出遅れてるんだ、手段を択ばないのも仕方ないさ」
「……そういうの、よくわかんないです」

 行き場を失った手をかざしていう言葉は一見もっともらしい。
 しかし西岐はそれを飲み込めず眉を寄せた。
 出遅れている、そうだろうか。

「別になにか劣ってるようには見えませんけど」

 個性・必殺技・統率力・チームワーク、どれをとっても見劣る点はなかった。むしろ開始早々に雄英を急襲した手腕はさすが経験値の高い二年生だと思ったほどだ。
 実力と態度がちぐはぐで違和感しかない。
 警戒を露わにして思ったまま口にすると真堂は不思議なものを見たとばかりに目蓋を持ち上げ、それからすぐに弓なりに目を細めた。

「へえ、そういう感じなんだね」

 意味ありげな真堂の声を、耳障りな警報が遮った。
 ヴィランによる大規模破壊の知らせ、そして居合わせたヒーローへの救援指示がアナウンスされる。再び展開していく控え室とけたたましいアナウンスにその場の全員が試験へ引き戻されていく。
 その中で西岐は一人、気が逸れてしまっていた。真堂が大きな一歩で開いていた距離を詰め、西岐の耳に何事か囁く。『えっ』と反応して振り返った時には真堂はもう会場の外へと身を翻している。
 今のはなんだったのだと混乱している間に、控え室だった場所に未だ佇んでいるのは西岐だけとなり、ハッと我に返れば完全に出遅れてしまっている。
 救助演習。
 焦りを浮かべつつ自分に出来ることと足りないものを脳裏に描く。そして遠く離れてしまったクラスメイトを探して視線を巡らせる。
 人が多すぎて少々手古摺るが視界に入れるなり間髪おかず移動した。

「しょうとくんっ!」

 倒壊したビル群に向かって走る轟の背を追いかけると、振り返った轟は西岐がまだ背後にいたことに驚く。

「おねがい、俺とチームアップして。俺だけだと見つけられても助けられないの」

 単独行動を主とする轟の邪魔になるかもしれない。そう思いながらの頼みだったのだが轟は一も二もなく頷いた。

「西岐のお願いを俺が断わるわけがねぇ」
「ありがとう……じゃあ、あの、移動するね」

 あまりゆっくり話している時間はない。足を止めてくれた轟の腕に手を置き、会場の一番外側、まだ誰も到達していない控え室から一番遠い場所へと移動した。
 最早原形をとどめていないビルの残骸に埋もれ押しつぶされそうになっている男性を見つける。
 通常の視覚では見つけられないであろう瓦礫のずっと奥だ。

「崩れないように氷で固めて持ち上げてほしい、隙間が空いたら俺が入る」

 西岐が言葉を発する前に轟は状況を理解したのだろう。行動に移るまでが早かった。いつぞやの戦闘訓練のようにパキパキと音を立てて瓦礫が凍り付き、巨大な氷によって持ち上げられていく。
 瓦礫が浮き上がり要救助者の周りに隙間ができると西岐はそこに身体を滑り込ませる。

「だいじょうぶですか、意識はありますか」

 声をかけ、怪我の状態を見て、呼吸と脈を確認する。
 状態が芳しくなければそれ相応の手段をとらなければと構えるが、どういうわけか見た目の割に要救助者はどこも怪我を負った様子はなくすべてが正常そのもので、西岐はようやく要救助者のプロという意味を理解した。試験の為に彼らが実際に怪我を負うわけもなくすべては"フリ"なのだ。
 とはいえ血糊をつけている以上、彼を健常者として扱うのはよろしくないだろう。
 怪我人という"想定"を飲み込んでもう一度確認する。
 頭からの出血、呼吸は少々弱いが意識は正常。動かしても問題なさそうだ。

「今から瞬間移動でここから抜け出します。ビックリするかもしれないけど安心して私に捕まっていてくださいね」

 笑みを浮かべ安心させるように大きな声でゆっくりと説明してから彼を抱えてビルの外に出て、ビルを支えてくれていた轟にまだ人が埋まっている場所を教え、他の受験者が作った救護所に要救助者を連れて行く。
 その後も何度も同じ作業を繰り返す。
 どれだけの人数が埋まっているのかもわからないわけで、気が遠くなるような終わりの見えない作業だ。職場体験で救助作業を経験していなければここまで動けていなかったかもしれない。
 経験がものを言うというのを強く感じ取りながら必死でこなしていく。
 しかし試験官が見たいのは救助作業だけではなかった。
 一人では抱えきれない人数を轟と共に救護所へ運び入れたちょうどその時、近くで大きな爆発が起き、凄まじい風で辺りの石や瓦礫が吹き荒れる。
 控え室が開くとき、アナウンスが何と言っていたのか思い出す。
 ヴィランによる大規模破壊。そうこの場にはヴィランがいるという想定。
 救出、そして対敵がこの試験での課題というわけだ。
 さすがはヒーロー仮免許試験、難題を畳みかけてくる。

 まずやらなければならないこと。
 目の前の傷病者たちがヴィランの登場で騒然としている。恐怖心はパニックを生み出し二次三次と被害を広げかねない。
 オールマイトがなぜNo.1.ヒーローなのか、それは言葉より存在そのものが目を引き付け、そして安心を与えるからだろう。一目で引きつけるものが必要だ。
 一瞬の躊躇いに気付かなかったふりをして西岐は背に羽を大きく広げて見せた。
 両翼で四メートルもの大きさの羽が、ヴィランに向けられていた彼らの視線を集める。

「さあ、安全な場所へ移動しましょう。近くの者は私に触れてください」

 そう促すと一度瞬間移動を体験した者から順に西岐に触れていく。質量オーバーとなるギリギリまでの人数が触れたところで西岐は移動した。なるべく遠く、だが他のヒーローが要救助者全員を避難させられる程度の距離。
 一番近くにいた受験者にいったん要救助者を預け、荒れ地となっている地面に手を置く。

《レストア》

 そう言いながら力を込めれば辺りに散らばっていた瓦礫が意思を持ったかのように蠢き、みるみるうちに元のビルの形状へと戻っていく。床と壁の半分が形成されたあたりで復元をやめ、驚きを張り付けている受験生に指示をして要救助者を運び込んでもらう。
 オールマイトに諭され鍛えておいてよかった。でなければこれをやった時点で力尽きていただろう。
 ふうと肩で息を吐いて、休む暇もなく元の救護所に戻る。

「……ん? なにをして……」

 ヴィランの動向を伺おうと目を向けた西岐の顔に困惑が浮かんだ。
 制圧能力の高い個性を持っている轟が対敵しているのはいい。それは想定の内だ。宙に浮かんでいるのは夜嵐で彼も恐らく相当の使い手であろうことは一次試験で百二十人を脱落させ突破した事実を鑑みれば分かる。
 だが、彼らほどの実力者がヴィランを一切制圧できず押し問答のような小競り合いをしているのだ。
 轟の炎が夜嵐の風を吹き上げ、夜嵐の風が轟の炎を流してしまっている。全く連携出来ていないばかりか互いの個性を打ち消しあうかのような二人の様子に西岐は救助の手を止める。
 流された炎が倒れている受験生に向かって行く。
 広げたままの羽に力を込め、飛ぼうとした西岐の視界に飛び込んできたのは、緑谷だった。炎がぶつかりそうになる直前で受験生を掴んで跳びながら轟と夜嵐に向かって叱責を投げる。緑谷の声が相変わらずの威力で以って二人の目を覚まさせることに成功するが、ヴィランによる音波攻撃が二人に襲い掛かり崩れ落ちる。
 轟と夜嵐が突破されたことで多くのヴィランが避難する者たちに追っ手をかけてきた。最悪の流れだ。
 食い止めるべく立ち止まっている西岐の横を緑谷が擦り抜けようというとき、緑谷に抱えられていた受験生が手のひらを地面に貼りつけ、広範囲の地割れでヴィランの足を止める。その個性で受験生が真堂だということに気付いた。
 真堂曰く揺れには耐性があるらしいのだが、それでも相当きつそうで、表情からも言動からも余裕が抜け落ちている。
 現時点で彼自身、半分傷病者だ。
 西岐はそっと近づく。
 見たところ目立った怪我はなく音波による麻痺が起きているようだ。
 外傷でなければ直接レストアはできない。

「一度移さなきゃ……」

 こればかりは全く鍛錬していない。果たしてうまく出来るかどうかと不安が口を突いて出るが、とにかくという思いで真堂に触れる。
 たったそれだけの動作であっという間に彼のダメージが西岐に移った。これに耐えていたのかと思うほどの麻痺に気が遠退きかけるが、真堂が驚いて振り返った頃には徐々に回復し正常へと戻った。
 このやり方での救助はあまり現実的でないなと改めて実感せざるを得ないくらいの疲労を感じる。
 浮かんだ汗をぬぐい、立ち上がる。
 西岐の余裕も徐々に剥がれかけてきている。
 両目を引き絞り這いつくばる轟と夜嵐へ向かって声を張り上げた。

「――しょうとッ! イナサッ! "ちゃんと"闘えッ!!!」

 かつて出したこともない声量が喉を、空気を震わせ周囲に響く。
 声が二人に届いたのかは分からないが次の瞬間には炎と風が巨大な渦となってヴィランを包み込んだ。
 西岐はすぐさま宙に身を移し、炎と風が音波によって払われると同時に拳を振り下ろした。

《ソー・オン》

 空気の圧がヴィランに降りかかり動きを封じ、すかさず緑谷の蹴りがヴィランを直撃する。あの威力に片腕で耐えたヴィランに焦り、西岐はガントレットを構えるが、そこでけたたましいブザー音が鳴り響いた。

『えー、只今をもちまして配置された全てのHUCが危険区域より救助されました。まことに勝手ではございますがこれにて仮免試験全行程、終了となります!!!』

 アナウンスが西岐の緊張をぶった切る。

「あ……」

 そうだった、試験だった。気の抜けた声が喉から転がり落ちる。あまりの緊迫した演出に途中から試験だということを忘れてしまっていた。
 緊張が解けると宙にあった西岐の身体がぐらりと傾ぐ。

「あ、もう……羽、もう」

 気が抜けたせいなのかうまく動かせなくなった羽に四苦八苦してよろよろと地面に降り立つ。
 もう試験は終了らしいがダメージを負った二人をそのままというわけにもいかない。

「待って、今なおす」

 倒れている夜嵐と轟に順に触れていき麻痺を自分の身に移す。物凄い麻痺が来て消えていくというのを二度繰り返して、西岐は力尽きたように轟の傍に座り込んだ。
 セメントらしきものに固められて動かしにくそうに轟が起き上がる。

「……悪い」

 轟の表情は暗く沈む。
 細かい部分は全く分からないが自責の念を抱いていることは間違いなさそうだ。
 そういえば、と控え室での二人のやり取りを思い出す。夜嵐は轟に対して『あんたらが嫌いだ』と言っていた気がする。エンデヴァーを含めての因縁か。だとすれば轟の動揺も頷ける。
 きちんと理解できていればどこかで救けることもできただろうに、自分のことで手いっぱいになって轟のことにまで気が回っていなかった。

「俺もごめんね、救けてもらったのに救けなかった、ごめん」

 轟の強さに頼り切ってしまった。
 そう謝り返すと、轟の表情が崩れそうになって目線が遠くに逃げる。

「西岐……、……れぇに怒られたのは、結構効いた」

 ぼそっと呟く。ちゃんと声が届いていたことを知って今更ながら恥ずかしくなる。
 あれだけの騒動が嘘のように収束し受験者たちが会場から捌けていく。
 そうか、試験が終わってしまったのか、と妙に寂しさが胸に漂う。そして、けだるさと共に一つの節目が通り過ぎて行こうとするのを感じていた。
create 2017/12/16
update 2017/12/16
ヒロ×サイtop