仮免許
合否その後に



 競技場の中央、初めの控え室のあった場所に設置されたモニターに映し出された名前に視線を巡らせて、相澤の表情は渋いものになっていた。
 けたけたと喧しい笑いが隣から聞こえる。

「そらみろ、足元すくわれてやがる!」

 雄英のツートップが揃って不合格とはさすがに予想していなかった。ジョークの皮肉に切り返す気力も湧かず額に手を当てる。
 以前から気にかかっていた内面の弱さだが、いろいろ経験を積んで少しはましになったと思っていたのに、あろうことかこんな時に障害となるとは。

「今回のMVPはやっぱ西岐くんかな。すごいね彼。優等生じゃないか」
「別に優等生なんかじゃねぇよ」

 視線の先には配られたプリントに目を通している西岐の姿。
 学校の成績だけで言えば中の下。個性は強いがミスが多く座学に至ってはやる気と学力が足りず、得意不得意の落差が大きくて、その結果成績順位は冴えない。そんな西岐がどうしてトップクラスの連中と肩を並べているのか。

「あいつが他より優れている点といえば驚異的な本番強さ、だな」

 どれだけ個性が強力でも実戦で活かせなければ何の意味もない。自分が持っている能力や特性をどう使うのが有効なのか、その場で瞬時に判断することが出来るというのは個性以上に強力な西岐の武器だ。それは初めて会った時、すでにもう持っていた西岐の強み。
 そこまで話が至ると聞いているのかいないのか、ジョークが適当な相槌を返す。

「はいはい、のろけのろけ、可愛い可愛い」
「そんな話は一ミリもしてないだろ」
「無自覚かよ、うける!」

 真面目な話をしていたはずなのだがジョークに茶化され気が削がれた相澤は、生徒たちが仮免許証の交付に向かう流れを見て席を立った。
 会場の外で待ち構えていれば、交付されたばかりの仮免許証を掲げて会場から飛び出してくるなり、我先にと相澤に報告する生徒たち。一人ずつ採点内容のプリントを見せてもらうと、おおむね相澤が推測していた内容が記載されており、一番動けていたように見えた西岐でさえ初動の遅さやヴィランと轟たちの戦闘を前にして足が止まってしまったところで減点されている。仮免を取得したとはいえまだまだ課題は多いなと独り言ちる。

「でも、嬉しいです。これで救けられる……やっつけれる……!」
「"緊急時"の使用許可だからな」

 よほど嬉しいのか笑みを浮かべてそう言う西岐に相澤は慌てて口を挟む。
 ヴィランの脅威に晒され続けた彼らに自衛の術として前倒しで取らせた仮免許だが、無鉄砲に飛び出していいという免罪符にされては敵わない。何より権利を得るということは義務も負うということ。特に飛び出してく"癖"のある緑谷も含めて釘を刺すと西岐は不満そうな顔で頷く。
 これを優等生とは呼ばないだろうと呆れていると、先程別れたジョークが再び相澤に声をかけてきた。生徒を引き連れているところを見ると自分たちのバスに向かう途中で通りかかったというところだろう。

「せっかくの機会だし今後合同の練習でもやれないかな」

 どんなふざけたことを言われるのかと身構えた相澤をよそにジョークが放ったのは教師として至極真っ当な台詞だった。

「ああ……それいいかもな」

 だから気を取られていた。





 傑物学園の一団が通りかかり教師同士の会話が始まった頃、西岐も声をかけられて振り返った。

「……しんどう、せんぱい」

 最早意識して後付けした敬称に真堂は眉を顰める。

「君の中で俺は完全に敵認識だよね」

 そう言われてすぐにはそんなことはないと否定できなかった。一度生まれた警戒心は根強く、しかも二次試験で垣間見た彼の本性はなかなか強烈で、今目の前にある笑顔が作りものだと知ってしまった以上親しみを感じろというほうが難しい。
 良くも悪くも裏表のない1-Aにどっぷり浸かっている西岐には、こういう人物にどう接すればいいのか判断がつかない。
 ただ一つ、『敵認識』というのは違う。

「せんぱいもヒーロー志望なんだなあというのは、分かりました」

 ヴィランを目にして誰よりも真っ先に飛び出て行き、手負いでありながら追っ手を足止めしていた姿は間違いなくヒーローそのものだった。だからこそ彼のダメージを拭ってやりたいと思ったのだ。
 とはいえ、完全に肯定的に見られるわけもなく。

「俺のクラスメイトを集中攻撃したのは許さないですけど」
「案外しつこいな」

 そこをしっかり念を押せば真堂の眉間の皺が深くなり呆れたように溜息をつく。わざとらしさが剥がれたような表情に西岐も目を細める。

「俺はそっちの顔の方が好きですよ」

 少々癖のある性格のようだが上っ面を演じたものよりずっといい。
 思ったことをそのまま表情と態度に出すと不意を突かれたといった顔になってまじまじと西岐の顔を見る。

「控え室で言ったこと、考えといてくれた?」

 真堂のパーソナルスペースは随分狭いらしい。とにかく近い。
 控え室と言われて思い出すのは二次試験が開始してすぐ耳元で囁かれたあれだろうか。確かに何事か言われた気がするが、警報に紛れた言葉は試験でのあれやこれやのせいですっかり忘れてしまっていた

「俺と、お付き合いしませんか? って言ったんだけど」

 覗き込む目に西岐の困惑顔が映る。浮かんだ笑みは上辺なのか本性なのか分らない。

「ま、次に会う時までに考えといてよ」

 そう言って真堂の顔が一段と近づいた。





 ジョークとの会話に気を取られていた相澤は何気なく視線を巡らせて、その光景にビキッと凍り付いた。
 公共の場で……いや公共の場かどうかは大した問題ではない。西岐と向かい合わせに立っていた真堂という男の顔があり得ない距離まで近付く。ほんのわずかな時間、頬に口付けしすぐに離れる。その時の真堂の鋭利な笑みを見て相澤は全身の毛が逆立つような感情を味わう。
 しばらく呆気にとられていた西岐が何をされたのか実感したらしく、じわじわと紅潮していく頬を手で押さえている。
 鈍感な西岐といえどもキスをされれば相応の反応はするようで、それに対する安心とその表情を引き出した相手への嫉妬が複雑に腹の中でグルグルと渦を巻く。

「……合同練習、真堂は連れてこない条件で」
「私情すげぇな」

 相澤が低く吐き捨てると、さも可笑し気な笑いが隣から響いた。
create 2017/12/19
update 2017/12/19
ヒロ×サイtop