仮免許
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 1-Aが仮免試験に挑んでいた頃、オールマイトは特殊拘置所・タルタロスに赴いていた。
 目的は、オールフォーワンとの面会。逃した死柄木の潜伏先や今後の動きを探るため、平和の象徴として因縁の相手とのけじめをつけるためだ。だが奴は肩透かしを食らわせ、一方でオールマイトに揺さぶりをかけてくる。まさに生産性のない会話。奴との会話はいつだって不快感しか得ない。
 刑務官に退出を促されるとよほど対話に飢えていたのか呼び止められる。

「僕の新しい作品はどうしてる」

 この男は本当に人の心をざわつかせるのがうまい。
 無視して出て行こうとしたオールマイトの足が男の思惑通り止まる。

「――それは……」
「おっと、ここで名前は出さないほうがいいんじゃないか」

 思わず開きかけた口をオールフォーワンが塞ぐ。揶揄交じりのその言葉に、作品と聞いただけで誰のことを指しているのか分かってしまう自分を思い知らされて、自己嫌悪の念が湧き上がる。

「もう自我は戻ってしまっているだろうね。保護者がハイクラスなのだから」

 呆気なく話の手綱を握られ動揺してしまう。

「どこまで把握している」
「知らずに手ゴマにしているのか」

 オールマイトも知り得ない彼の情報を持っているのかと問いかければ、逆に馬鹿にしたような問いが返ってきて、選ぶ言葉一つでオールマイトの激憤を買う。

「あの子を物のように言うのはやめろ」
「あれを人のように扱うなんて愚の骨頂だな」

 どこまでも折り合わない。
 分かり合えない人間というものが本当に存在することを思い知る。
 退出しろという指示に対してもうしばらくの猶予をもらい、オールフォーワンに正面から向き直った。この話ばかりは適当に聞き流せない。

「彼は自分の意思でヒーローへの道を歩んでいる、貴様の思うようには操れない」

 強い口調でそう突きつけると、マスクの下から歪な笑いが響く。

「そんなもの、ただの刷り込みだ。解いて仕込み直せばいい」
「貴様はここから出られない。無意味な発想だな」
「仕込みはもう済んでいるよ」

 弄ぶかのように言葉で煽られ心臓が早鐘を打つ。喉の奥に力を込めて乱れそうになる呼吸を誤魔化すと異様に乾いていることに気付いた。
 反論の遅れが男を調子づかせる。

「本当は少しそう思っていたんだろ? さっきから余裕がないじゃないか」

 オールマイトは開きかけた口を閉ざした。
 完全に奴のペースだ。
 数回呼吸を繰り返し落ち着かせてからもう一度口を開き直す。

「だとしても、あの子は渡さない」
「喉元に当てられた刃にそう執着するとは、君がそれほど愚かだとは知らなかったな」

 言葉を交わせば交わすだけ味わう不毛さはいっそ気が遠退きそうなほどだ。どう切り返そうと上から嘲笑をかぶせられるだけのこと。これ以上はただ精神がすり減るだけだろう。
 もういい、この男から引き出せる情報などどうせ意味がない。無為に振り回されるのは御免だ。
 刑務官に再度退出を言い渡されてオールマイトは今度こそ男に背を向けた。





 校門まで送り届けてもらい、寮までの僅かな道のりを歩く。随分遅くなってしまったなと思いながら寮の前まで来たとき、誰かが教員寮の前のベンチに腰かけているのに気づく。彼はオールマイトの石を踏む音に顔を上げて腰を浮かせた。

「西岐少年、どうして」

 カラカラに乾いていた喉で声が引き攣れた。不格好になった声を咳払いで誤魔化し立ち上がりかけた西岐を制して、オールマイトの方がベンチに近寄る。
 すると西岐は不思議そうに首を傾げる。

「オールマイトさんが会いたいって」
「…………え」

 今度こそ誤魔化しようのない間抜けな声が出た。転がった短い声は疑問でも驚きでもなく羞恥によるものだ。

「そんなダダ洩れに……?」
「はい、ずっと聞こえてました」

 顔が熱い。変な汗が出る。
 彼の言う通り、道中ずっと会いたいと思っていた。オールフォーワンに揺さぶられたまま落ち着かない心で終始西岐のことを考えていた。それがすべて聞かれてしまっていたということか。
 時折意図しないタイミングでオールマイトと西岐の心が繋がってしまうこの現象、必ず毎回双方向に考えていることが伝わる。のだが、どういうわけか今回に限って繋がっていたことに全く気付けなかった。それだけ自分の考えごとに没頭してしまっていたのか。それほどオールフォーワンとの会話で疲弊してしまっていたのか。

「君には隠し事ができないね」

 ふうと息をつきベンチに座る。

「……えっと、聞こえないふりします?」
「会いたいと思ったら会いに来てくれるんだろ? 聞こえててくれた方がいいな」

 西岐に気持ちが伝わってしまうことを嫌だと思ったことはない。ただ彼の表情を曇らせるようなことまで聞こえるのは困りものだ。道中での心の声が聞こえていたのなら、オールマイトがどこへ何をしに行ってどういう結果を得たのかまで伝わっただろう。わずかな外灯が照らすだけの暗がりの中で西岐の笑みは普段よりも幾らか元気がないように見える。
 それでも西岐はそのことには触れず、ふと思い出したようにポケットをまさぐりパスケースを取り出した。

「じゃーん、仮免許、とれました」

 ヒーロー活動許可仮免許証。顔写真と名前とヒーロー名。
 記載されている文字を目で追いかけるとオールマイトの顔も自然と晴れる。

「もう手も足も出なかったタマゴじゃない、ヒヨッ子なんです」

 嬉しそうに目を細めて免許証を見つめる。
 緑谷からも写真付きのメッセージを受け取り、相澤からは爆豪と轟を除く十九名が見事合格したという報告をもらっている。
 まだ前期を終えたばかりだというのになんと優秀な子供たちなのだろう。
 今期でこんな伝説を作られては次回の試験から水準を上げざるを得ないに違いない。

「デクくんも合格しましたよ」
「ああ、知ってる」
「凄かったんですよ。かっこよかったです」

 何故か西岐の話は自分のことではなく緑谷のことにシフトしていく。
 リーダシップをとりクラスメイトを纏めて他校生からの雄英潰しに備えたこと、轟たちの暴走を一括したことなどを嬉しそうに語って聞かせてくれる。その内容はオールマイトにとっても誇らしいことで一つ一つに相槌を返しながら聞いていた。

「君は緑谷少年をよく見ているな」
「はい、見てます」

 オールマイトにしっかりと頷きを返してから西岐の視線が遠くに向いた。

「デクくんは俺の理想形……………………のはずなんだけど……あれー?」

 ぽつりと呟きながら遠くに投げ出されていた視線が、とある一点を凝視して困惑を漂わせる。おそらく木や壁や建物などを透かして何かを"視"つけたのだろう。
 西岐が"視"ている方向にオールマイトも目をやった。勿論何かが見えるはずもないのだが、そちらの方向にかつて戦闘訓練を行った演習場があることだけは分かった。

「オールマイトさん……デクくんとかつきくんが喧嘩してます」
「――えっ」
「多分、オールマイトさんに関することです」
「なんだって……?」

 その言葉にオールマイトは思わず立ち上がった。前々から因縁のある二人だがどうして今の今そんなことになっているのか。
 混乱したまますぐに動けずにいると、セキュリティーロボットから通達があったのか寮の玄関から相澤が出てきて、玄関先でまごついているオールマイトと西岐を見つけるなり鋭い目つきに変わる。

「……うちのクラスは問題児ばっかりか」
「いやいや、西岐少年は私に用があってだね」
「それ問題ですよね」
「あ、あ、せんせ、話があの」

 西岐の存在によって相澤の意識が大きく逸れてしまったようだが、これまた西岐の言葉で話を引き戻される。今問題なのは西岐がここにいることではなく爆豪と緑谷が演習場で揉めているということだ。
 そして内容が内容だけに相澤に出向かれては困る。揉めている内容を知られるわけにはいかないし、何より彼らが抱えているものを解き放ってやるのはオールマイトの役割だからだ。

「あの二人については入学前から知っていて……思うところがある。私に任せてくれないか……? すぐに連れてくるよ」

 この揉め事には自分が立ち会うほうが治まる。言外にそう含ませると相澤が渋々承諾し、西岐がホッと胸を撫で下ろす。
 オールマイトは気を引き締めて演習場に足を向けた。





 二人の本気のぶつかり合いを止める気はなかった。
 決着がつくまでしっかり見届ける。その必要があると思った。
 結果、爆豪の方が何枚か上手で緑谷が敗けた。やはり爆豪はセンスが素晴らしく個性も強い。それゆえ彼の強さにかまけて抱え込ませてしまった。きちんと彼を顧みなければいけない。オールマイトと緑谷の関係のこと、受け渡された力のこと。どれだけの時間を要したのか分からないが出来るだけ丁寧に言葉を重ねた。
 爆豪の気持ちに収まりが付き、二人が真っ当なライバルらしくなった頃、やっと二人を教員寮に連れて行き相澤からお叱りを受ける流れとなった。一応はオールマイトからも嘘ではないがまるっきり本当でもないフォローを入れたが、処罰を免れることはできず、二人には数日間の謹慎が言い渡される。

「……俺からは以上」

 言うことを一通り言い切ると深い溜息とともに締めくくる。妙に『俺からは』の部分が強調されたなと思っていれば開いていた扉から西岐が部屋に入ってくる。揉め事が収拾されるまでここで待っていたらしい。相澤がわざわざ『俺からは』と言葉にしたということは西岐からも何か物申したいことがあり、相澤も承知のことなのだろう。
 俯き加減で相澤の隣に立ち、チラッと二人を見てまた目を伏せた。

「俺は何か言えるような立場じゃないけど……」

 指先をいじり、言うかどうか悩みながらも口を開く。

「でも…………でも、もし、二人の喧嘩で、責任問題とかになって、またせんせいが頭を下げなきゃいけなくなったら、俺は怒る……から」

 言葉に迷い不器用に選んでぶつけたのはたどたどしくも真っ直ぐな怒り。神野の事件での記者会見の映像をネットか何かで見たのだろう。そして記者に責められ頭を下げた相澤の姿に心を痛めたのかもしれない。
 以前から感じていた強い執着のようなもの。相澤が他者に危害を加えられることに対する怒りは普段の彼からは想像がつかないほど激しい。
 じっとりとした視線が睫毛の下から覗くなり見据えられた二人が硬直する。
 瞬間、刷り込みという言葉がオールマイトの頭をよぎった。
 寒気のようなものが走り心臓が大きく跳ねた。
 もし、この強力な刷り込みが塗り替えられてしまったとしたら……そこまで考えて思考を止めるべく手で顔を覆い隠した。
create 2017/12/20
update 2017/12/20
ヒロ×サイtop