林間合宿
アブダクション 薄暗い照明。棚に並んだ酒瓶。レンガ調の壁。
背中に直接触れている冷たい木の感触。
ここがバーというところだろうか。
ラグドールは別の場所に連れて行かれこの場にはいないようだ。
細長いカウンターテーブルに押し付けられながらぼんやりと辺りを見渡していた。
「余裕だな、西岐」
顎を掴んで視線を戻される。
死柄木の狂気に満ちた目に絡めとられて手放しかけていた危機感を奮い起こす。
肩を押さえる手に触れてなけなしの力を込める。しかしパチッと小さな音を立てるだけでそれ以上は続かなかった。
「本当に力が使えなくなるらしい……訓練はそんなに厳しかったか?」
その口振りからして西岐のリスクのことも、合宿で行われた訓練の内容も把握しているようだ。どうりで西岐の身を拘束しないわけだと納得する。
一部の親しい人にしか教えていないことをどうして把握されてしまったのだろう。場所が特定されたことといい情報の洩れ方は内通者の存在を感じさせた。
だが高熱にふやかされた頭では思考が先に進むことはなく、全身から力が抜けてしまう。
死柄木を見つめたまま表情が緩むと、顎を掴んでいた手も緩んで、以前もしたように唇をなぞる。
「……熱い」
指が熱を探るように肌に貼りつき、ゆっくりと下がっていく。
首に絡まる指の感触に西岐は目を細める。
「そういうのは他でやれよ、死柄木」
聞き覚えのある声が降ってくる。滲んだ視界に映るのは皮膚を無理やり繋ぎ合わせたようなツギハギの男。西岐を森からこの場へ引きずりこんできた人物だ。
後ろの黒いモヤの中から次々と人が出てくる。
「マスキュラー・マスタード・ムーンフィッシュは捕まったが爆豪ってガキは連れてきた。これでいいんだろ」
「結構苦労したんだぜ、楽勝だけどよ」
「レーザーに邪魔されなきゃもう一人持ってこれたんだ、まったく」
「あら、ターゲットは一人じゃなかったのかしら」
「……いっぺんに話すな、煩い」
場が一気に賑やかになり死柄木は嫌そうに顔を歪めながら西岐から剥がれた。
爆豪という言葉に開ききらない目を巡らせると、襟首を掴まれた爆豪が床に放り投げられ力なく転がった。
その姿を見て、弾かれたように重い体を起こし爆豪の元に駆け寄る。
目立った外傷はなく、静かな呼吸で胸が上下している。ただ気絶しているだけのようで西岐はホッと胸を撫で下ろした。
「西岐くん! 西岐くんだぁ、血まみれでカァイイ」
「こいつはステインがお救いした……いや、特別に扱っていたガキ……」
一方的に名前が知られているのは体育祭とヒーロー殺しの動画のせいだろうか。
USJの時の死柄木の言葉を思い出していた。子供を殺せばオールマイトは来るのか、そう言っていた。連れてきたことにどういう意図があるにせよ、このままここにいるのは危険だ。
爆豪を抱きかかえてズルズルと床を這い、ヴィランたちから遠ざける。もちろん、瞬間移動ができないかと何度も試みている。
しかし逃げるというほど動けてもいないうちにあっさり捕まってしまう。
「爆豪もだが、こいつは縛ってた方がいいんじゃないか。結構厄介だぞ」
ツギハギの男が西岐の髪を掴み、爆豪から引き剥がす。
言いながら胸のあたりをさすっているのは、森で出くわしたときにひねり出した念動力を胸に受けたからだろう。吹き飛ばせるほどの威力はなく、すぐ力尽き、結果的には意味のなかった攻撃だが。それでも多少は痛むのか苦々しげだ。
「オイ、勝手に触んな。乱暴にすんな」
死柄木の声が低くなり一瞬で不穏な空気が漂う。
舌打ちが聞こえ、掴まれていた髪が解放される代わりに腰に腕を回して抱き上げる。
「だから、触るな」
「どうでもいいけどこのまま熱上がっていくと死ぬだろ。スピナー、着るものもってこい。トゥワイス、こっちのガキに拘束具つけとけ」
指示された一人がバーの隅に置かれた椅子に爆豪を座らせ、大仰な拘束を施していく。先程の会話から察するに今回の襲撃は爆豪を攫うのが目的の一つだったようだ。
西岐はスツールに座らされ、ツギハギの男が前髪を避けて額に手を当てる。
されるがままになっているのが悔しくて、西岐はその手に噛みついた。
「…………へえ」
振り払うこともせずただ冷たい目が覗き込む。
力の入らない目でそれでも反らさず視線を返していると、背後から手が伸びてきてツギハギの男の手を振り払う。
「荼毘、これは俺のだ、手を出すな」
地を這うような声が耳のすぐ後ろから聞こえてゾクッと震えた。
「着るもんコレでいいか」
「なんでもいい」
「……俺が着せる、よこせ」
爬虫類のような見た目の男が衣服を持って戻ってくると、受け取ったツギハギの男から死柄木がそれを奪う。
ラグドールの止血に自分のシャツを使ってしまい、それ以降何も纏っていなかった上半身に無理やりシャツを着せられる。
抵抗したくとももう体が動かない。
スツールに座っているだけでも辛くて身体がフラフラと揺れる。
不器用な手がボタンを留め終えるとシャツの上から黒いパーカーがかけられる。
「随分ご執心だな」
「……だから?」
「いいや、イラッとしただけだ」
頭上で飛び交う会話を聞きながら西岐の呼吸が次第に荒くなる。それまで耐えてきた疲労が一気に襲い掛かってきた。とてもではないが座っていられず体勢が崩れる。
「おい……」
何かに身体が支えられ、戸惑った声が降ってくる。
塞がった目蓋の裏側で天地がグラグラ揺れているような感覚がして支えているものに縋ってしまう。
『弔』
この場にいた者たちとは違う、落ち着いていて、それでいて恐怖を覚えるような声がどこからか聞こえてくる。
『その少年をこちらによこしなさい、僕が看よう』
声を聞いて、今すぐにでもこの場から立ち去りたい、そう思ったのに体は言うことを聞いてくれず、意識を保とうと必死になる心を嘲笑うかのように感覚は遠退いていってしまった。
create 2018/01/05
update 2018/01/05
ヒロ×サイ|top