インターン
主観



 HRで相澤からインターンについての説明を受け、座学の授業をこなし、あっという間に訪れた昼休み。
 西岐は約束通り中庭に赴いて、ベンチに座り心操を待っていた。
 九月になったばかりで暑さがいきなりマシになるはずもなく、ジリジリとした暑さが西岐の肌を焼いてきて、この場所にしたのは失敗だったと思う反面、他に誰も来ることはなさそうだと安心する。出来れば関係のない人間には話を聞かれたくなかった。
 そう待たないうちに心操もやってきて隣に座り、手に持っていた袋を寄こした。

「昼飯のこと、どうせ忘れてたんだろ」

 パックのジュースとパンが入っていて、ああそうかお昼ご飯というものがあったなと思い出す。食事に無関心なせいで昼にと約束してしまったが普通は食事をする時間だった。隣を見れば心操も自分の分のパンの袋を破り齧り付いている。
 ピーナッツバターの挟んである菓子パン。
 これなら西岐も食べられる。袋を破ってもそもそと食べ始める。

「あのね……」

 食べながらでいいのだろうかと躊躇いつつ口を開く。

「あの事件のこと、俺が……俺の主観で話すのはこれが初めてなの。うまく説明できなかったらごめんね」

 先に断りを入れてから、ゆっくりと事の起こりから記憶を掘り起こしていく。
 はじまりは林間合宿の肝試し。訓練でほぼ力を使い果たしていた西岐はヴィラン連合の襲撃に応戦しきれないばかりか連れ去られた。逃げることさえも出来ず敵のアジトで気を失ってしまった。自分が動けてさえいればいろいろなことが違っただろう。神野で悪夢は起きなかったしオールマイトの力も消えていなかったかもしれない。
 ぽつり、ぽつりと浮かんだ言葉を浮かんだまま口にして並べていく。説明になっているか分からないが心操は黙って聞いていた。
 目が覚めて別の場所にいたこと。オールマイトと戦ったヴィランがその場にいたこと。個性を無理やり与えられたこと。一つ思い出すたびにリアルな感覚が蘇って、手にしているパンがグチャと潰れる。

「どう言えばいいのかな……怖い怖い怖いってのがいっぱいになって、頭の中が砂になったみたいな、ざらざらして、キモチワルイ……」

 黙々と咀嚼している心操の気配に救われる。今自分がいるのがあの部屋ではなく雄英の中庭だと思い出せるから。

「そこからはちょっと曖昧。クラスメイトが救けてくれたみたい。覚えてないの。ビルが壊れてオールマイトがボロボロになって、それは分かってて、オールマイトを救けなきゃって思ってて……なんか頭の中、いっぱい声が聞こえてきて、オールマイトがんばれって………………もうそれくらいしか覚えてない」

 浮かんだ汗が頬を伝い落ちる。ぽたっと手に落ちるはしからまた滲んで落ちていく。
 寒々しさを感じる気持ちとは裏腹に頭は茹だっている。

「俺ね、親がいなくて、叔父さんに世話になってるのね。くらまっていう秘書がいて、その人が俺の自我を呼び戻したんだって。いきなり感情がうわーーーっって溢れ返って目が覚めたの、こわかったあ」

 我に返れば保健室のベッドに寝かされていて、心配そうな顔で爆豪とオールマイトが覗き込んでいた。暗間が来ていて相澤と話をしているのだと聞かされた。結局その後は、暗間がさっさと姿を消して顔を合わせることはなかったのだが、確かに何か不思議な感覚に包まれていたことは覚えている。
 目が覚めた後は病院で念入りに検査され、退院して今に至る。
 そこまで話して、終えてしまうことはできた。けれど、記憶を丁寧になぞったことで、胸の奥に秘めていたものが転がり落ちていく。

「俺、あの男に、会ったことが、ある……たぶん」
「……は?」
「個性……昔あの男に……与えられたことがある……と思う」

 声を聞いただけで沸き上がった強烈な恐怖心。既視感。そして合宿の夜に見たあの夢は予知ではなく過去の記憶。
 西岐をギニアピックと呼んだあの感じは初めてのものではない。

「俺はたぶん……、……」

 言いたいことを表現する適切な言葉が見つけられない。浮かんだ言葉はどれも口に出すには躊躇われる。

「ただのヒーローの卵」

 言葉が途切れたまま続けられなくなった西岐の横から心操が声を発した。

「あ、ヒヨッ子か。仮免受かったんだもんな」

 空になった袋を丸め、音を立ててパックのジュースを啜る。つまらない話を聞かされたとばかりに眉間には皺が寄っていて、どうでもよさそうに視線が投げ出されている。

「追いかけんのも大変だ。追いつかねえ。……俺も早く……早くそっち側行って、あんた救けたい」

 表情のせいでその台詞をどういう気持ちで放っているのかがよく分からない。
 分からないけど、目頭が熱くなって、耐え切れずベンチの上で蹲る。

「……救けてよ」

 微かな悲鳴に似た声が、音になり損ねて消えた。汗に似たものが鼻筋を伝って膝に落ちる。
 誰にも言えなかったことがどうして今言葉になってしまったのか。
 ぐしゃっと髪を掻き混ぜられて、いっそう身体を丸めた。
create 2018/04/05
update 2018/04/05
ヒロ×サイtop