インターン
ビッグスリー「ご迷惑おかけしました!!」
始業式から三日が経ち、謹慎の解けた緑谷が息巻いてお辞儀した。どうやら三日の遅れを取り戻そうと気合いが入っているらしい。緑谷に対して怒っていた飯田も緑谷の勢いに圧されてたじろいでいる。
「れぇちゃんもごめんね!!」
「うん」
西岐の方にも謝罪が飛んできて隣で轟が怪訝な顔をする。
「なんでれぇにまで」
昨日の授業で分からなかったところを教えてもらっていた最中なのだが、名指しで謝られたことが轟に疑問を抱かせたようで、ノートの上で手を止めた。
「俺も怒ったから、デクくんとかつきくんに」
どういう顔で言えばいいのか分からず、へらっと笑って誤魔化すと轟の表情が気遣わしげなものに変わる。
「怒った……?……れぇ、最近妙に感情的じゃないか?」
轟の指摘に西岐の眉尻が情けなく垂れ下がる。
自分がやたらと情緒不安定なことには自覚があった。他人から見ても分かってしまうほど感情に振り回されているのかと、自分に呆れる。かつては怒りのままに振舞えないと悩んでいたというのに。自分で自分のことが一番ままならない。
「そうなんだよねえ」
無難に答えて苦笑すると轟はわざと聞こえるように溜息をつく。
「れぇが怒ると結構……アレだから、ほどほどにな」
「え……うん」
アレと濁されては何のことを言っているのか分からないのだが西岐は再び曖昧に頷いた。
ちょうどよくチャイムが鳴ったことで会話が分断され、何か言い足りなさそうにしつつも轟が席に戻っていく。
授業開始早々、相澤が再びインターンの話を切り出した。そして誰かに入室を促す。
スラーッと静かに開く扉に注目しながら相澤の言葉に耳を傾ける。
職場体験とインターンがどういう違いがあるのか、直に体験している人間から話を聞いてもらおうという事らしい。
「現雄英生の中でもトップに君臨する三年生三名、通称ビッグスリーのみんなだ」
相澤の説明と共に、つぶらな瞳が特徴的な男子生徒と、髪の長い綺麗な女子生徒と、トサカのように髪を跳ねさせている男子生徒が連なって入ってくる。
どよめきが充満するなか西岐はきょとんと眼を瞬かせた。どうしてなのか入ってきた三人が三人とも西岐の方を見ている。女子生徒にニコッと微笑みかけられて軽く混乱する西岐をよそに、自己紹介をと相澤が三人を促す。
最初に促された天喰の眼がギンと鋭くなり教室中に痺れが走る。凄まじい目力に西岐も慄いていると途端に天喰の身体がカタカタと震え始めた。
「駄目だ、ミリオ……波動さん……。ジャガイモだと思って挑んでも……頭部以外が人間のままで依然人間にしか見えない」
低い声で何事か呟いたかと思うとくるりと背を向けて黒板に頭をめり込ませた天喰に、一体何事かと動揺するクラスメイト達。
そこへフォローに入ったのは女子生徒、波動。『ノミの心臓』の天喰の代わりに天喰と自分自身の紹介をしてくれる。と思ったのも束の間、唐突に目の前にいる障子に向かって疑問を投げかけ、その障子が答えを返す前に轟に質問を投げる。次々と浮かぶ疑問を心に留めておけない性格なのか、思いついたまま口に出していく彼女にすっかり気を抜かれる。
全く話が進まない様子に相澤が段々と苛立っていく。
焦りを浮かべて大トリを請け負ったのがつぶらな瞳の彼、通形だ。
「前途ーー!!?」
脈絡なく言葉を発してズイと耳を前に傾ける通形の意図が汲めないクラスメイト達はあからさまにシンと静まり返ってしまう。
「多難ー! っつってね! よォしツカミは大失敗だ」
オーバーアクションで身体を戻しては大らかに笑う様子に、西岐だけは手で口を押えて肩を震わせた。つられて笑いそうになったのだ。
こういう人、嫌いではない。面白い。
ちょっとオールマイトに似ている。
どうやら『"経験"をその身で経験したほうが合理的』という理屈で通形と手合わせをする流れにまとまったようで、早速全員が体操服に着替えて体育館ガンマへと移動した。
天喰と波動から『やめたほうがいい』『立ち直れなくなる』という不名誉な気遣いを向けられてクラスメイトたちが気色ばむ。ヒーローを志す気持ちさえ折れてしまうとまで言われてしまえばムキにならないほうがおかしい。
轟に近頃感情的な傾向にあると指摘されたばかりの西岐もまた例外ではなく、ムッと目尻を吊り上げ、全員が構える後ろで、西岐は静かに姿を消した。
いきなり通形の服が体を擦り抜けて落ち、女子の戸惑った悲鳴が聞こえる中で、緑谷が特攻をかけた。隙をついたつもりで振りかぶった右足が、しかし服と同様に擦り抜けた。続く瀬呂のテープや芦戸の酸なども"ワープ"で軽くいなし、遠くにいる者の背後を取って広範囲攻撃を得意とする者から次々と伸していく。
気合十分かつ冷静な分析をして見せる緑谷さえ、擦り抜けと的確なカウンターへの対応で呆気なく腹に一発見舞い、残りの者たちも床に沈められていく。
西岐は瞬きも忘れてじっと通形の動きを目で追いかけた。
身体を天井に貼りつけ、身体を纏う空気がふわりふわりと揺れるのを感じる。
透過している通形の身体が地面に落ちていき、地面からはじき出されるまでを視界に捉えていく中で、次第に残像のようなものが見え始めて視界がぶれていく。実際に見ている景色と、頭の中から映し出される光景が同時に目の中に映りこむ。
数秒後に、通形がどこにいてどう動くのか、それが視えた。
スッと身を移動させる。
"ワープ"して切島に一撃を食らわせた直後の通形の背後に回り、後ろ首に手を伸ばす。
「おっと、すごいね」
「――っ」
流石ビッグスリーと称されるだけのことはある。通形は個性だけでなく、反応速度も、経験値からくる予測も、対応できる身体能力もずば抜けている。
西岐の伸ばした手が掴むはずだった首が透けていき、何もつかんだ感触がないまま身体が前に向かう。その隙を逃さず拳が懐に飛び込んでくる。
――のを、待ち受けて向かってきた拳を手のひらで受け止めた。
ボフッと空気の圧が手のひらと拳の間で破裂し、向けられた拳の勢いを殺し、実体化している通形の拳を掴む。
「……あ」
だが、掴んでいるはずの拳が擦り抜け、手のひらと腹の間の僅かな隙間でのみ実体化して、ポンと腹にぶつかった。
「おしかったね」
「……ん、ん、くやしい」
痛くはないがムキになっていた分、完全な負けは結構悔しい。
「ミリオ、服……」
素っ裸のまま目の前に突っ立っていた通形の体操服を天喰が拾って差し出し、通形は思い出したように身に纏う。
「ねえ、通形つよかった? つよいでしょ? れぇちゃんどうやって天井に貼りついてたの? 不思議」
波動が駆け寄ってきて近すぎるくらいに顔を寄せては無邪気な顔で西岐の目を覗き込む。もともと人と目を合わせるのが得意ではない西岐は間近で見つめられて思わず仰け反った。
「つ、よかった、です。あの……」
「ね! さっきの通形の動きを予測したの? どうやったの? ねえねえ知りたいの」
「はいはい、集まって」
マイペースに突っ走る波動を遮って通形が手を鳴らし、未だに床に転がっているクラスメイト達に声をかける。みんなはダメージの拭えないままよろよろ立ち上がって呼ばれるままに集まってくる。
「俺の"個性"強かった?」
汗一つ浮かべず、つるっとした顔で問いかける通形にクラスメイト達が『強すぎる!』と喚く。
通形の動きだけを表面的に見ていると透過したりワープしたり無敵の個性に見える。西岐の目にもそう映っていた。
だが通形曰く、彼の個性は透過一つで、ワープは透過を解除したときに物質からはじき出される勢いなどを応用したものらしい。壁をすり抜けるにしても何段階も手順を必要とするという説明を聞いて、強い個性にするのに並々ならぬ努力と経験を積んできたことを理解した。
この手合わせで彼が伝えたかったことはまさしくそれ。
周囲よりも早く、時に欺く予測。
その予測を可能にするのは経験。
その貴重な一線級の経験を手に出来るのがインターンなのだと。
クラスの全員が通形の言いたかったことをするりと飲み込み、圧倒され、そしてインターンというものに対する姿勢が変わった。
「誰か面白い子いた!? 気になるの、不思議」
制服に着替え廊下を歩いている途中で波動が問いかける。彼女の疑問はいつも引っ切り無しで、その上疑問に思う割には人の話に耳を傾けない。
例の問題児が気になるというような返事をしている通形を無視して勝手に話が進んでいく。
「れぇちゃん、生で見るとすごかったよね、私知ってるの、彼一番すごい」
「確かに。……それにしてもミリオ、珍しく手加減したね」
波動の言葉を聞きながら天喰は今し方目にした通形と西岐のやりとりを脳裏に蘇らせていた。的確な予測移動とその後の対応はあのクラスの中で抜きんでていた気がする。
それと、通形が食らわせたパンチというにはあまりに優しすぎる一撃にまで記憶が至れば、自然と浮かんだ疑問が口に出た。
通形が意味深な笑みを浮かべる。
「あっちも手加減してたからね」
天喰は波動と共に通形を丸い目で見つめた。
プロも含めて最もナンバーワンに近い男と呼ばれているこの通形相手に手加減。信じられない話だ。
「あれは努力型の俺とは違う。……"生まれつき"だよ」
通形の静かな声音がやけに廊下に響いて聞こえた。
create 2018/04/05
update 2018/04/05
ヒロ×サイ|top