インターン
予知vs予知



 ビッグスリーにあれだけインターンへの意欲を煽らせておいて相澤をはじめとする教師たちの意見は概ね『やめとけ』となったらしい。だが、今の保護下方針では強いヒーローは育たないという意見もあり、方針として『インターン受け入れの実績が多い事務所に限り一年生の実施を許可する』という結論に至ったとのことで。
 西岐のインターン希望先は職場体験でもお世話になったエンデヴァーの事務所だ。実績という点では全く問題ないだろう。
 しかし、インターンを受け入れてもらえないか問い合わせてみたものの、エンデヴァー本人と話すことが出来ずサイドキックを通して丁重に断られてしまった。ヒーロー殺しの一件で責任を負わせる結果となったせいで西岐に懲りてしまったのか、と気落ちする西岐に、轟が苛立ちを浮かべつつも首を横に振った。

「オールマイトの引退以降、荒れたり落ち込んだり……調子っぱずれみたいだ」

 轟がそう言ったのを聞いて、ああこんなところにもまた別の傷跡が残っているのだと思った。オールフォーワンが刻んだ爪痕がどれほど深く、無残だったかが分かる。
 ともかく希望していたエンデヴァー事務所が駄目となれば、体育祭でもらったオファーの一覧からまた選び出さなければならない。しかも今回は"実績がある"という条件付きで、だ。どこが実績のある事務所なのか西岐が分かるはずもなく、久しぶりに手にした紙の束を眺めて途方に暮れていた。

「ここ暑くない?」

 背後から急に声をかけられてビクンと肩が跳ね上がる。

「あ…………とおがたせんぱい」
「ミリオでいいよ」

 通形がベンチの後ろから背凭れに寄り掛かるようにして覗き込んでいて、西岐が振り返るなり効果音が付きそうな笑みを浮かべた。

「ねぇ、私知ってるの、インターン先悩んでるんでしょ」

 波動が勢いよく隣に腰かけてドンと西岐にぶつかり、その弾みで揺れた肩が反対側で何かにぶつかった。そちらに顔を向ければ、天喰が腰かけている。中庭で一人考えに耽っていたはずが、いつの間にか両サイドと真後ろをビッグスリーに囲まれているのだ。

「え……っと、なにか?」
「あのね、天喰くんがれぇちゃんのファンなの。知ってた? でも昨日話せなかったって落ち込んじゃってね、お話に来たのよ」
「波動さん……やめて……」

 畳みかけるように言葉を連ねてくる波動に気圧されていると反対側では天喰がカタカタと震え始める。

「……ふぁん」

 この単語を聞くのは二回目だ。
 一度目は仮免試験の控え室で夜嵐から言われたのだった。
 なぜ自分に対してファンというものが出てくるのか甚だ疑問なのだが、好意を向けられているという事ならば、嫌ではない。むしろ嬉しい。

「えっと、ありがと……」

 果たしてお礼を言うのが正解かは分からないが嬉しい気持ちを声と表情に乗せてみる。

「う……」

 天喰は鋭い双眸で西岐を横目で見やり、小さく唸ってから、シュウッと湯気が出そうなほどに赤くなった。

「それで、インターン先迷ってるんだっけ」

 天喰と西岐の間ににゅっと通形が顔を出してきて、手に持っている紙の束の文字をゆっくりと指でなぞっていく。

「すごいね、いいとこからばっかり指名きてる」
「……わかる人にはわかるんだよ」

 感心する通形に、天喰は赤い顔を擦りながら当たり前だとばかりに言って、一緒に書類を覗き込む。ペラッと用紙を捲っては二十枚分びっちり並んだ文字に目を当てる二人と、リストの中身には全く興味なさそうに西岐の顔をじっと見つめている波動と。
 なぜこんな状況になっているのか。

「……たこ焼きは?」
「はい……?」
「たこ焼きは好き?」

 脈絡のない天喰の問いかけに反応速度が落ちる。
 インターンの話じゃなかったのかと混乱したまま何度か頷くのを天喰がちらりと見て、ゆるゆると口端が持ち上がる。

「駄目だよ、環。ファットガム事務所はここに載ってない」
「あの人なにやってんの……見る目ないの……」

 不器用に浮かんだ天喰の笑みは通形の一言で掻き消え、打ちひしがれるように項垂れた。何やら一喜一憂があったらしいが西岐には話の流れがさっぱり分からずただひたすら困惑するばかりだ。
 文字をなぞっていた指がとある箇所でピタリと止まり、耳の横で『あ』と嬉しげな声が響く。

「サー・ナイトアイ事務所」

 トントンと強く指で叩いた文字を見る。ヒーローに疎い西岐でも聞いたことのある名前。

「ここがおすすめ」

 毒気のない笑みと共に通形の声がするりと心に滑り込んだ。





 そして週末。
 電車で一時間の距離にあるサー・ナイトアイ事務所に訪れていた。
 西岐が事務所の扉をくぐると、室内には本が乱雑に散らばっており何故か緑谷が鼻血をたらして蹲っている。そしてその傍らにはサー・ナイトアイ事務所をおすすめと言っていた通形の姿もあって、西岐は言葉を発するために開いた口をぽっかりと開いたまましばらく停止してしまった。

「これかられぇちゃんの採用面接?」
「もうそんな時間か。西岐くん、こちらに」

 通形は西岐の驚きには気も留めず相変わらずの笑顔でナイトアイに問いかけ、ナイトアイが時計を確認してからデスクの方へと西岐を招く。それを聞いてサイドキックらしき女性と緑谷が散らばっている本をいそいそと拾い始めた。

「何してる、こちらに来い」

 鋭い眼光を向けられた西岐はビクッと肩を跳ねさせ、それによって停止していた身体がぎこちなくも動き始めて、酷くゆっくりとデスクまで足を向かわせる。サー・ナイトアイ、苦手なタイプだ。

「西岐れぇです。面接、よろしくお願いします……」

 形式的な挨拶を口にして頭を下げると、デスク前に立つナイトアイがスッと手のひらを差し出した。

「契約書を」

 促され、入室前に手元に用意していた紙を差し出す。
 ナイトアイは受け取るなり何の躊躇いもなくポンと印を押して西岐に返す。

「採用」
「わあ……!」
「っ……ええ!?」

 端的に言い放ったナイトアイの一言に驚きの声を上げたのは西岐ではなく通形と緑谷だった。

「職場体験にも来てほしかったくらいだ」
「あ、ありがと……ございます」

 厳しい目つきとは裏腹に割と歓迎な態勢だったらしい。ナイトアイの佇まいに委縮していた西岐はすんなりと採用されて肩透かしを食らった気分を味わっていた。
 返された書類をファイルに挟んでカバンに戻し、これで終わりか、と顔を上げたところで、ナイトアイが自分の顎を撫でさすりながら思案げに呟く。

「しかし、君の実力も改めて見たい。試させてもらおうか」

 今し方書類に押し当てた印鑑を掲げ持つ。

「緑谷もやったテストだ。三分以内に私から印鑑を奪ってみろ」

 そう告げられて西岐は特に異論もなくカバンを床に置いた。何を以って採用されたのか分からないよりも試してもらっての方がいい。

「俺たち退室しますか?」
「いや、いい。……すぐ終わる」

 キイィという通常の聴覚では捉えられないほど微かな音を西岐の耳が拾う。ナイトアイの目に照準マークが浮かび上がったのが見える。確か彼の個性は……予知。
 西岐は細く両目を引き絞り、視界がぶれ始めるのを感じた。頭の奥が重く痺れる。目に映り込む複数の光景を"視"ながら静かに片手をポケットに忍ばせた。布に隠された部分を彼は把握できない。

 ――ナイトアイの頬に一筋の汗が伝った。
 次の瞬間には目の前に赤い飛沫が飛び散っていた。

 ポケットの中のカッターによって斬り付けた手のひらを勢いよく振りかぶり、即座に封印を呟けば、彼が"視"るはずだった"先"が黒く塗りつぶされる。そして、西岐が伸ばした手を"予測"で躱したナイトアイに"合わせて"反対の手のひらをかざす。
 パシンッ。軽やかな音と共に指先の印鑑が空気の圧に弾かれる。
 浮き上がったソレを瞬間移動した西岐が掴み、……終了だ。

「……君も、先を……見るのか」
「はい…………コントロールはあまりできないですけど」

 三分も要らなかった。最小限の動きで手にした印鑑をナイトアイに返して、苦笑を浮かべた。
 予知……。これまでは眠っている時に夢として"視"ることが多かった。起きている時は予知というより漠然とした予感に近い感覚で、夢ではない形で明確に未来を"視"たのは職場体験の時が初めてだ。それがここのところやたらに"視"えてしまうようになっていた。コントロールができないだけでなく、実のところ暴走状態にある。
 ただ先が"視"えるだけならば別に構わないのだが、その時、強烈な眩暈に襲われ他の動きが鈍るのが難点だった。
 予知だけでなく全体的に自分が暴走状態に陥っている気がする。感情が抑えられないのも同じことなのかもしれない。

 不安げな顔で手のひらの傷を消し去っている西岐を見下ろしてナイトアイが眉を顰める。

「そういう捨て身のやり方は、感心しない」
「……他に方法が浮かばなくて」
「だとしても、ダメだ」

 顔についた血を手で拭いながら厳しい口調で諭す。

「後ろを見てみろ」

 そう言われて振り返った先に、表情を凍り付かせている緑谷と通形の姿があった。
 急速に心が冷える。
 自分の戦い方は見ている者を不安にさせる。
 一目で思い知る表情がそこにあった。

「戦い方は正したほうがいい」
「はい……」

 血で汚れた手のひらを見下ろし頷いた。
create 2018/04/06
update 2018/04/06
ヒロ×サイtop