インターン
encounter with



 翌日。
 インターン初日。
 コスチュームを身に纏い西岐は通形・緑谷と共にパトロールに繰り出していた。
 緑谷は基本活動が未経験らしいが西岐はエンデヴァーのところで一通りの指導を受けている。緊張もなくあちこちに気を配って歩く様子に通形が感心する。
 そこでお互いがヒーロー名を名乗っていなかったという話になる。
 緑谷の『デク』、通形の『ルミリオン』、西岐の『サイキッカー』をそれぞれが名乗り認識しあう。

「サイキッカーはサイキって略してオッケー?」
「はい」

 いよいよヒーロー名で呼ばれるようになるのかと思うと少し擽ったい気持ちで頷いた。





 オレンジ色の空に黒い雲がかかり始める。
 雨が降るのかもしれない。
 日が陰り気温が下がる。
 だというのに、マスクの下で汗がぷつぷつと浮き出てきた。
 まただ、と思った時には視界がチカチカと点滅し、捉えきれないほどの速さで場面が切り替わっていく。一つ二つではない数多くの未来の場面が視界に溢れて飲み込まれる。凄まじい眩暈がするが呼吸を乱さないように努めた。

「……ちょっと、そこで飲み物を買ってもいい? 暑くって……。すぐ、追いつくから」

 来た道を少し戻ったところにあったドリンクスタンドを指さすと、他愛もないことと受け止めたのか軽い返事が返ってきて二人は先に歩いていく。西岐がすぐに追いつけることを知っているからかもしれない。
 ドリンクスタンドの方に足を向け、しかし飲み物を買うことはなく通り過ぎ、角を曲がった先で細い路地に入る。座り込んで誰かに気付かれるのを避ける為だ。最早不調と言ってもいいような状態に歯噛みしながら、ビルの壁に凭れかかる。
 その間もめまぐるしくフラッシュしていく場面。
 目を閉じても"視"える様々な光景に堪えるように身を硬くすると、筋肉が強張ったせいなのか指先からバリバリと放電する。
 折角の初日にこんな調子ではインターンを断念しなくてはいけなくなってしまう。

 苦肉の策、と、放電している手のひらを己の目元に押し当てた。
 痛い、とも、熱い、とも感じなかったが、目元の感覚が消えフッと視界が真っ暗になる。眼球が映し出しているのが目蓋の裏だけになった。

 ザリッ、と靴音がしてゆっくり目を開く。
 予知が重なることなく鮮明に戻った視界に、ペストマスクの男が映った。
 後ろにもう一人、フードを被った同じようなマスクの男が女の子を抱きかかえて歩いてくる。身を縮こませて不安げな顔をしている女の子と目が合った。

「…………西岐」

 手前にいる男が軽く目を見開いて西岐の名を呟く。
 この男、確かナイトアイがマークしているという死穢八斎會の若頭、治崎。パトロールに出る直前ナイトアイから見せられた写真の男が、恐らく部下と思われる男と連れ立って歩いてきたのだ。浮かんでいた汗が焦りと共にぽたりと零れ落ちる。

「その子、どうしたんですか」

 焦りはするものの、それよりも気にかかるのは抱えられている女の子の方だ。手足は包帯がグルグルに巻かれていて、しかも素足。あんな……外を歩かせる気のない恰好……。そのうえ、彼女が浮かべる表情は身内や気心の知れた相手に抱きかかえられているとは思えない怯え一色だ。
 疑惑と警戒を目いっぱい漂わせると、治崎は静かに息を吐く。

「またか……つくづく厄介だな。その病気は」

 眉一つ動かさず乾いた声で返す一方で、双眸は食い入るように西岐を覗き込んだ。

「クロノ、先に連れていけ」
「へい」

 クロノと呼ばれた男が治崎の指示に従い西岐の横を通り抜けていこうとする。
 勿論、逃がすまいと身構えるが、目の前に来た治崎が手袋に指をかけたのを見て動きが止まる。キンと耳鳴りがして、あの手に触れられた対象者が弾け消える光景が目に浮かんだ。
 西岐の動きが止まった隙にクロノが通り抜け、足早に表通りを横切り、向こう側のビルの隙間に消えていく。

「……っ」
「まあ焦るな、お前も連れて行く」

 手袋を脱いで剥き出しの手のひらがあと数センチというところまで迫ってくる。
 反射的に手から逃れようと傾いた体を反対の手が掴まえる。己の動きが愚鈍に思えるほど治崎の動きは無駄がなく俊敏だった。掴まれた肩がギリッと軋む。今"視"た光景と同様に身体が弾け消えるのではと身構えるが掴んでいるほうの手は手袋が嵌められたままだった。

「お前の血肉をばら撒くのは……勿体ない。出来れば抵抗しないでくれ」

 足が浮き上がりそうなほどの力が込められて息を詰まらせる西岐に、治崎は言い聞かせるというには随分威圧的な物言いで言葉を浴びせかけた。
 チリッと頭の奥が焦げる。
 手首をクンと折り曲げ、振り上げた。
 ガントレットに仕込んである刃先が自分の肩と共に治崎の手も斬り付け、僅かに力が緩んだ隙に後ろに飛び退く。

「知らない人について行っちゃいけないって、先生に言われているので」

 拉致されるのはもうこりごりだ。
 もう簡単には捕まりはしない。
 あの女の子は気にかかるが一旦退くべきだと判断して、そこから姿を消し去った。





 パラパラと降り出した雨の中、緑谷と通形を追いかけると、ナイトアイとバブルガールが合流していて治崎と接触したという報告をしていた。隠すことではないので西岐もまた治崎と接触したことを告げると、それで合流が遅れたのかと通形が納得の色を見せた。
 その後、ナイトアイから死穢八斎會の絡んだ『強盗団の逃走中に起きたトラック事故』の話が聞かされる。
 激痛を感じて気を失ったが傷一つなく、持病の一切が綺麗に治っており、治崎の個性だと思われるが結果的に怪我人ゼロのヴィラン逮捕となった為、とくには罪に問われなかったと。
 話を聞きながら西岐は先程自分が"視"た身体が弾けるという光景を思い出していた。確信はないが恐らくあれが治崎の個性に違いない。弾き消した後に元に戻せるとしたら、"壊して直せる"個性だとしたら。そこまで考えて、先程治崎が自分に何をして連れて行こうとしたのかを理解した。
 治崎の個性についてナイトアイに告げようかとも思ったが、おおよその見当はついている気がしたので敢えては言わなかった。
 治崎の娘という話題になって、緑谷には女の子のことが気がかりなのか表情を曇らせる。西岐の目にもあの時見た女の子の怯えた顔が焼き付いている。

「志だけで救けられるほど世の中甘くはない」

 時間をかけて慎重に、万全を期して挑むべきだとナイトアイが諭して、再び監視に戻っていく。
 頬に当たる雨粒を感じながら西岐は痛みの残っている肩を押さえた。





 何の変哲もない雑居ビルの一つに入り、地下に向かう階段を下りていく。その階段の途中にある非常扉を開けるとコンクリートが剥き出しの薄暗い通路に出る。いくつも枝分かれし、上や下に階段が伸びた迷宮のような複雑な通路を迷うことなく突き進んでいけば、玄野の背中が治崎の靴音を聞いて振り返った。

「逃げられたんですか」

 諾とも否とも言わず横に並べば、治崎の右手に視線が向けられたような気配がする。

「血が……」

 言われて自分も右手に視線をやる。手袋だけでなく手首に至るまでに点々とついた赤いシミ。
 チリや埃、人間の皮膚や吐き出す空気に至るまで、"汚い"と感じたものに触れればすぐさま蕁麻疹が出る体質だというのに、この血にだけは蕁麻疹が出る気配がない。
 不思議な感覚だった。マスクの奥の目がじっと見返してきた瞬間、全く違う意味で背筋がゾワッと粟立った。

 次は確実に手に入れる……。
 袖で血を拭い、屋敷の地下室に繋がる薄暗い廊下を突き進んだ。
create 2018/04/06
update 2018/04/06
ヒロ×サイtop