No.1な彼

「…それに…両親がいなくて何かと大変みたいだしね。」
「え?」

ミナトさんのそんな言葉に更に驚愕きょうがくしてしまった。

――ご両親がいない?
…う、うそ………?
確か…啓人ひろとはお父さんと喧嘩したって…。

そう心の中で呟きながら以前の啓人ひろとの言葉とミナトさんの言葉が頭の中を駆け巡り混乱状態に陥ってしまった。

「それ…本当、ですか?」
「うん、本当だよ。ヒロさんが言ってたからね。」

ミナトさんのそんな返事に私はこの人が言っていることが正しいのか…。
啓人ひろとが言っていたことが正しいのか…わからなくなってしまった。

啓人ひろとのことを信じたいって思っていたはずなのに……。

「す、すいません…私、お手洗い行ってきます。」
「うん、行ってらっしゃい!」

ミナトさんのその返事を聞き、私は化粧室へ駆け込んだ。
少し頭の中を整理したいと思ったからだ。


――数分後。

やっぱりどちらかが正しいのかなんてわからなくて…スッキリしないまま私は化粧室から出た瞬間のことだった。

「麻弥!」

突然低音の声で名前を呼ばれて顔を上げると、そこには怒ったような表情で立っている啓人ひろとがいた。

「…ひろ…と…」
「お前、こんな所で何やってんの?ここは未成年が来る場所じゃねぇんだけど。」
「ご、ごめんなさい…。」

昼間とは違う啓人ひろとの口調に私は躊躇ちゅうちょしながらもそう謝罪することしかできなかった。

「…で、でも…。」
「は?でも…何だよ。」
「…でも…啓人ひろとの仕事を見てみたかったから…。」
「は?…なにそれ。んなもん見ても面白くもなんともねぇだろ。」

啓人ひろとの言う通りだった。
最初だけワクワクしながら啓人ひろとを眺めていたけれど、途中から啓人ひろとが別の女の人と話しているのを見ていて凄く嫌な気分になってしまった。

――あの啓人ひろとの優しい表情は私だけに向けていてほしい。

そんなことを思ってしまったんだ。
たとえそれが仕事だとしても…"嫌だ。" ─とさえ思ってしまった。
そう思ってしまった自分の気持ちにやっぱり私は啓人ひろとのこと……。

「そんな事より、遅くならない程度に家帰れよ。」
「……。」
「麻弥!聞いてんのか?」
「え?あ、何?」

啓人ひろとへの気持ちに気付いてしまい、考え事をしていた私は啓人ひろとの話を全く聞いていなくて…啓人ひろとに名前を呼ばれて我に返り慌てて返事をした。

「だから帰れって言ってんだよ。麻弥、明日も学校あんだろ?」
「う、うん…。」
「てかお前ら金あるのかよ。」
「え?あ、いや。私はないけど、亜季が…。」

啓人ひろとにそう言われて気付いてしまった。

――そうだ。私お金ないんだった。
確か今の所持金は…… 二千円とかだったはず。

「は?金ねぇのに何でこんなとこ来てんだよ。」
「亜季に誘われて…。」
「…"亜季"って…。マサと話してる子か?」

啓人ひろとはそう言葉にすると私の座っていた席を指差した。

「うん。」
「ふーん。つかホストなんてロクな奴いねぇ――。」
「ヒロさん?」

啓人ひろとの言葉が突然遮られて聞こえてきた少し低めの声と共に現れたのは…
ミナトさんだった。

「ミナトか…。」
「ヒロさんこんなところで何してるんですか?…って、あれ?麻弥ちゃんと知り合いなんですか?」
「ミナト!」
「はい?」
「コイツとマサと喋ってる女を帰らせろ!」
「え?何でですか?」
「いいから帰らせろ!」
「…はい。わかりました。」

啓人ひろとはミナトさんの返事を聞くと私の方には見向きもせず足早に去って行ってしまった。


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