刀さに創作部


君は悪い子、いけない子


「何をしているんだい?」
 不意に後ろから声をかけられる。それだけでも驚いたのに、少し怒気を含ませた声音に、思わず肩をびくつかせてしまった。恐る恐る振り返れば、眉を顰めてこちらを見つめる歌仙兼定と目が合った。
「あ…、ちょっと小腹が空いて……」
「まさか、この僕の目の前でそれを食べようって言うんじゃないだろうね?」
 ゔっ、と小さく唸る。私の手には、今まさに食べようとしていたカップ麺が。
 ――歌仙に見つかったんじゃ、仕方ないか。
 幸い、まだ封を切っていなかったのが救いか。しかし、この空腹具合では眠れない気もするし……としばらく考えていると、
「はぁ。まったく、しょうのない子だね。待っていなさい」
 カップ麺を取り上げながら、椅子へ座るよう私を促す。大人しく待っていると、冷蔵庫から何かを取り出した。
「うわぁ、美味しそう!」
「先日の催しで残ってしまったものを使ってね。燭台切に『簡単だから』と教えてもらったんだよ」
 差し出されたのは綺麗に切り揃えられた生チョコレートだった。さすが歌仙が作っただけあって、初めてとは思えないほどの出来上がりに、このままお店に出せるのではとさえ思える。
「彼や小豆長光と違って、あまり洋菓子は得意ではないのだけど」
 本当に自信がないのか、歌仙は少し眉を下げる。
「ううん。私、歌仙のお菓子大好きだよ。光忠たちが作ったのも美味しいけど、歌仙の味ってなんだかほっとするっていうか」
「……っ、」
 少し驚いたように目を見開いた歌仙に気づく事なく、「いただきます」と手を合わせて一粒頬張る。
「う〜ん、おいしい〜!」
 口に入れた瞬間に香る芳醇なカカオの風味。噛まなくとも体温でとろけていくチョコレートはとても滑らかで、仄かに洋酒の味がした。そんな私の反応に一安心したのか、歌仙も柔らかく微笑む。
「こんな美味しいの食べられちゃってラッキーだったなぁ。見つかっちゃった時はどうなるかと思ったけど」
 小言を言われることも多いけれど、何だかんだで歌仙は私に甘い気がする。
「……そうだね」
 徐に、歌仙は椅子の背もたれに手を掛けた。
「こんな時間に、あんな物を食べようとしていた悪い子には――少し仕置きが必要かな?」
 ――あれ? 顔、近……い?
 などと考えている間に少しずつ縮まっていくその距離に、思わずぎゅっと目を閉じる。
 ――ああ、本当にいけない子≠セ。
 歌仙の心の呟きを、私が知る由もなく。そうしてゆっくりと触れたのは、予想してたのとは違う場所で。優しく額に触れた唇は、そのまま耳元へと移動する。
「――今日が寝ずの番なのが、非常に残念だ」
 少し熱を帯びた低めの声が脳まで響いて、背中にゾクッと電気が走る。そんな私の反応を見て歌仙は一瞬くすりと笑い、何故か私から離れていく。
「次の非番は、精々覚悟することだね」
 とても悪戯な笑みを浮かべて、歌仙は見回りに戻って行ってしまった。
 ひとり厨に残された私の心臓は、未だにバクバクとうるさく鳴り響いている。
「……え? 次の非番、て……。確か、歌仙、一週間以上先じゃ……」
 あの歌仙の顔を思い出すに、恐らくはそれまでお預けを食らった≠ニいう事だ。
 ――私、そんなに待てるかな……?
 色々な想像が頭の中に溢れてきて、顔がどんどん熱くなっていく。とんだお仕置きをされたものだ。
「……苦いなぁ」
 さっきはあんなに甘かったのに――と、身体中の熱を誤魔化すように、指先に付いたパウダーを舐めることしか出来なかった。


テーマ【甘い】【悪い子】

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