問い詰められる俺





時間というのは待ってくれないもんだよね。
そう、あっという間に日曜日です。

正直に言えば電車賃がもったいないなと思うが、これも落とした俺が悪いので仕方がない。けれど豪炎寺のあの頑なな態度も少し変だったよな。
改札口に切符を通してゲートを過ぎれば開けた場所に出る。
あたりを見回すと、壁にもたれかかっている豪炎寺を見つけた。
ついに来てしまったが、一体何を言われるのだろうか。嫌な思いをさせてしまったのなら、きちんと謝るしか方法は無いよな。
お詫びは用意したけれど、電話口のかたくなな様子を思うとどうなるか分からない。

「ご、豪炎寺くん。待たせたかな?」

「いや、そうでもない」

豪炎寺は俺の声に反応して顔を上げた。
釣った鋭い目がこちらを向くとつい肩が跳ねる。

「あっと……これ! お詫びになるか分からないけど、ご迷惑をおかけしました! すみません!」

黙ってしまいそうになったので慌てて手にしていた紙袋を突き出した。中身は特にすごいものではなく、近くの菓子屋のクッキーである。
豪炎寺は紙袋を受け取ると中身をちらりと覗く。

「……夕香が好きそうだ」

「え?」

「いや、妹が甘いもの好きなんだ。貰うよ」

「そ……そっかあ、ぜひ一緒に食べてくれ」

これは思ったより良い選択だったかも。
そう思ったのだが何故か言葉を返した途端眉をひそめられてしまった。
あああ、地雷が分からない。

「……」

「……あの、豪炎寺くん?」

「呼び捨てで構わない」

「あ、いいのか? じゃあ豪炎寺、生徒手帳、いいか?」

ここに来て突然呼び捨てを許可されたが、喜んでいいのか分からず、挙動不審のまま本題を切り込んだ。
はっとした表情になると、懐から見慣れた生徒手帳を取って差し出してきたので受け取る。
しかし動かない。もう一度ぐっと指先に力を入れて引いてみるが、手帳は豪炎寺の指先を離れない。

え、ええ〜〜? なんで?
顔が引きつる。三つ子と言い争ってた時とか、サッカーをやめたと言った時とか、正直分かりやすい反応だと思っていたのにそれ以降ぜんッぜん分からん。
せめて表情から何か読み取れればと顔を上げると、豪炎寺は俺を見てはいなかった。
ただ唇を硬く引き結び、黙っている。

「……なあ、ちょっと座ろうか」




・・・・



「……すまない。お前に……天野に聞きたいことがあるんだが、どの言葉を選ぶのが正しいのか、分からなくなったんだ」

駅構内のベンチに座り黙って待っていると、やがて豪炎寺はそう言った。
その言葉で、今までの会話も怒っている訳では無かったんだと安堵する。

「どうして最後、あんなことを言ったんだ?」

「あんなこと?」

「やりたくないならやらなくていい、と」

――『……やりたくないならやらなくていいと思う。じゃなきゃ潰れちゃうぞ』
途端に頭の中に浮かんできた。つい納得の声を上げると豪炎寺はそのまま話を続ける。

「偵察に来た天野なら分かると思うが、俺は一年の中でも力がある。だからサッカーをやめる時、色んな奴に言われた。戻ってこい、サッカーを続けるべきだと」

豪炎寺はプレイヤーとしてかなりの実力がある。それは鬼道の発言からも、あの映像からもよく分かった。
準決勝までの実力は無かったという木戸川清修が帝国と戦うまでになったのも、一重に豪炎寺という戦力によるものだ。
彗星のように現れた天才が突然サッカーを止めると言い出せば、周囲の反応は想像できる。

「どうしてお前は止めなかった。ライバルが減ると思ったのか? 俺は、あの言葉をどう受け止めればいい?」

鬼道と見た映像の猛々しさからは想像もできないほど動揺した声だった。
言いたい放題言われて我慢しているように見えたから、もっと自分のワガママを聞いてやってもいいんじゃないかと思っただけなのに、あの言葉は相当彼を悩ませてしまったらしい。

「あの……サッカーをやめるの、もったいないなーとはすごく思うよ。映像で見たけどファイアトルネード、かっこよくて憧れた。こんなに強いのになんでだろうって今も思ってる」

途端に豪炎寺は落胆した表情になる。
まるで『お前もか』と諦めたように見える。

「でも泣きたそうに見えたから。……サッカーを続けろって言われるのが、しんどいんじゃないかって思ったんだ」

そして目を見開いた。これが図星であればいい、そうであれば少しでも楽になってくれるかもしれないんだ。
そのまま俺は疑問をぶつける。

「なあ、その人たちの前で弱音って吐いたことあるか?」

「……無かった。ずっとサッカーのことばかり考えていた……部員もいい奴らばかりだった」

「じゃあサッカーをやめる理由も話してないんじゃないか」

「…………ああ」

話したくないのだろう。
理由も聞かされなかったのだから周囲は更に疑問に思うはずだ。そしてあの三つ子のように食い下がってくるだろう。
そんな難儀な選択をしてしまうなんて、大変な奴だ。

「弱音を吐けないって辛いよな。でもみんなそれを飲み込んで頑張ってるんだから、甘えてらんないし」

私は、すごい人たちに追いつきたくて、がむしゃらに努力した。
眠らずに勉強して、怪我をしても部活に励んで、頑張れ、諦めるな、きっといつか実を結ぶと。
豪炎寺は視線を落としている。

「立ち止まったら、頑張れとか、努力は実を結ぶとか、励ましてくれて元気になれるけど。たまーに、もうやめてくれとも思う」

『何者にもなれなかった』その後は心が空っぽだ。
豪炎寺と俺が座るこのベンチからぼんやりと景色を見る。
見知らぬ人たちがせかせかと歩き、走り、それぞれの目的に合わせて行動している。
じっと見ていると『自分とそれ以外』に切り離されたような感覚になり、不思議と楽になれた。

「俺はわがままだから、弱気な自分も認めてほしいし、仲間がいたらつい甘くしちゃうよ」

頑張ってないやつを応援したくなるか?
分かってるんだけどさ。それが上手くいかないっていうか。

頑張りすぎなくていいって言ってくれたら実は嬉しい。頑張ったねと褒めてくれたら涙が出そうだ。
無償の愛っていうのだろうか、家に帰ったら待っている親のような、肩の力がすっと抜けるような。
怠けてしまう自分をほんの少しでいいから許してほしい。

豪炎寺へと視線を戻した。その動きを感じ取ったらしく上げられた顔と視線がかち合う。

「弱気な自分の声をきく。お前にはそういう時間が必要なんじゃないか」

もしお前がそうなら、俺の考えたことが少しでも合っているのなら。
俺に同情させてほしいんだ。

「……」

「と……まあ……以上なんですが……はは」

言いたいことを言ってから、途端に我に返って顔が熱くなった。
だって全部俺の想像だから。こうかな? って思って勝手に作り上げたストーリーで俺ならこう言われたいって言葉を言ってるだけだから!
見当違いなら今すぐ死にたい程度には恥ずかしい。
豪炎寺は俺をじっと見つめているが未だに口を開かず、つい急かされるように喋ってしまう。

「ほら、うん、もっとわがままになってもいいんじゃないかなって!? 俺は休みたいんだ! ダラダラしたいんだ! とか……サッカーをやるのも好きなタイミングでいいんだよ!」

「……わがままに?」

「そうそう!」

やっと口を開いた!
俺はほっとしながら頷いた。

「じゃあダラダラ過ごすって何をしたらいい?」

「えっ!? うーん、アイス食べて寝転がったり、ずっと映画見たり。あ、ゲームとかいいんじゃないか? 本体が無くてもゲーセンがあるし」

「ゲーセン……ゲームセンター、いいな」

少しだけ明るい雰囲気になったのを見て心が軽くなる。
どうやら解決の方へ向かうことができたらしい。
末代まで(俺が末代かも)語り継がれる恥ずかしい話は回避できそうだとほっとしていると、不意に豪炎寺が肩を叩いてきた。

「行くぞ」

「んっ?」

「……一人で行けっていうのか? 冷たい奴だな」

「はいッ!? いや……いいけど……本当にこんな結論でいいのか? なあ」

「俺は満足した。わがまま言っていいんだろ?」

「そ、そうだねー!?」

豪炎寺が無理矢理俺の背を押して進ませようとしてくる。
頑張って真剣に話したけれど、思ったより根深そうだったし俺なんかの言葉で本当に良かったのだろうか。
困惑していると、背後からぽそりと呟くのが聞こえたが、




「……これ以上何か言われたら、本当に泣くだろ」


あまりにも小さすぎて、俺には届くことがなかった。
あ、もしかして豪炎寺、笑ってる?






2018.1.14


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