イリュージョンな俺





これは、鬼道が天野に声をかけて間もない時の出来事である。






「サッカー部に入れ――とは言ったが、イエスでいいんだな」

「有無を言わさない雰囲気だったよね?」

「そうだ、今更わざとらしい口調にしなくていいぞ」

「煽られたら荒い口調にもなるわ! ……お前の思っていたように、俺は天狗になってたところがあるんだ。だからお前に負けて正直、サッカー部やってく自信はあまり無い」

俺は天野を呼び出し昼食を共にすることにした。源田と佐久間には了承は得ている。
帝国学園のビュッフェ形式の昼食は偏食を助長する面もある。しかし天野はなんでもバランスよく取り分けていたため好き嫌いの無い姿勢は好感が持てた。

「39年間無敗の帝国サッカー部にそのまま放り込めば、第二練習場は確定だな」

「第二練習場?」

「二軍だ。そうならないよう、まずお前には技術を身に着けてもらう」



・・・・



昼食の後、外に出て人気のない場所に向かう。
少し体を動かしてもらうつもりだった。

「何か必殺技は?」

「無いよ」

「だろうな」

だいたい想像通りの答えだった。反射的にそう返せば癇に障ったようで、表情が消える。
不満ならばもっと顔に出せばいいものの、この男は無意識にそれを隠そうとする。

「じゃあ鬼道の技見せてよ」

「……分かった。では俺からボールを奪え。出来なくとも本気で来い」

天野の俺に対する懐疑心が透けて見える。
言葉よりも実際に見せて、結果で語るほうが天野には適しているのだろう。

少しだけ距離を取り、ボールを足の裏で転がして位置を調節する。
そして駆け出すとともに天野も動く。
目前に迫る天野を見据え、

「イリュージョンボール」

難なく横をすり抜けた。
振り返れば天野は呆けた顔をしていた。
帝国の代表技ともいえるイリュージョンボールは、使えるのは決して俺だけではない。
しかし分かりやすく動揺したらしい姿に俺は笑みを隠せなかった。

「イリュージョンにかかったか?」

「……めっちゃかかった。ボールが増えてた」

「俺の指示に従えばお前もその内できるだろうな」

「マジか……なあ少し教えてくれよ! 形だけでいいから!」

天野は興奮したように詰め寄って来てつい後ずさった。どうやらモチベーションには大いに効果があったようだ。
なりを潜めた懐疑心を呼び起こすのももったいない、俺は形だけ天野に教えることにした。

「とまあ、……そんな感じだな」

「ははあ。よし、イリュージョンボ」

ざっくりと説明すれば天野は早速実行してみせるが、ボールはあらぬ方向へ飛んでいってしまう。
当たり前だ。お前の身体能力がいくら凄かろうとそう簡単にできるものじゃない。

「いいか、腕はここ、足はここ……」

「こ、こうか。見様見真似じゃあ駄目だな」

腕や足の角度、ボールを回す方向。
俺が直接修正していけば見た目だけは様になっている。
今はできなくていいのだ。まずは基礎となる技術の習得へ正しく導いてからが本番だ。

そう思っていた。



「…………は?」

天野が動くと同時に目の前で確かにボールが増えた。
角度、速度、方向。様々な要素が俺の指示してやったものと寸分違わない。
まさしく帝国を代表する必殺技、イリュージョンボールだった。
だがいくら正しい動きを教えたからといってこうも容易く到達できる必殺技ではない。
ボールをどこか遠くへ飛ばしてしまうようなそんな男が、まさか。

今度は俺が呆ける番だった。
天野が黙ったままの俺に不思議そうに近づいてくる。
目を見開いているのを知られてしまう気がして慌てて首を振った。

「お前は……一度動きを指定されたら、それを寸分違わず実行する才能があるようだ」

「……コピーみたいな?」

「そうだ」

「でも俺、自分では全く動けてなかったぞ? それって結構致命的じゃないか」

「それはそうだが、そっくりそのまま真似できるのはとんでもないことだ」

だからそんな阿呆みたいな顔をするな。



・・・・


放課後になれば俺には部活があるので、天野の練習はその後だ。
しかしそれまでの間に天野にはこなしてもらいたいメニューがあったので、部活前にそれを伝えると心底不服だという顔をされた。

「勉強もしたいんだけど」

「家に帰ってからだ」

「夕飯も勉強も遅くなるのは困る!」

俺だって同じだ。お前やる気はあるのか?
そう言ってやるつもりで口を開いたが、そういえば天野を勧誘したのは紛れもない俺だ。
天野の稀有な能力を手放すのは惜しい。正直こいつがどこまでやれるのか見てみたい俺は、しぶしぶだが考慮してやることに決めた。

「分かった。今日の学習範囲は?」

「そうだな、……ここからここまでかな」

天野は見せた方が早いと判断したのか、様々な教科が合わさった帝国仕様の問題集を見せた。
目に入った範囲が上の学年のものだと理解するのに少し時間が要った。俺ですら、家庭教師の京極先生に教わっていない範囲だ。
差を見せつけられたようで面白くない。

「半分だ」

「へ?」

「いつもの、半分の時間で、それを終わらせろ! いいな!!」

「無茶言うなよ!?」

「十秒で解ける問題を五秒で解くだけだ。じゃあな」

「…………き、鬼道のバカヤローッ!」




・・・・




あの範囲をいつもの半分で解けとは少し酷だったろうか。
いいや、あいつは少し尻を叩かないとサッカーの時間が取れない。
それに普段はのんびりと勉強しているかもしれないんだ、気にすることは無い。

「鬼道、何をそわそわしているんだ」

「そんなことはない」

佐久間からのパスが足をすり抜けていったが、そう、そんなことはないんだ。
笑うんじゃない佐久間!




・・・・



「あ、鬼道おつかれー。冗談じゃないって思ったけど、死ぬ気でやれば案外できるもんだな!」

学習室にユニフォームのまま現れた俺を迎えたのは、見知らぬ女子と答え合わせをしながら談笑している天野だった。
口元が笑みを作る。俺史上かつてない爽やかな笑みだ。
そのまま天野の前まで無言で歩き、俺はその麗しい顔につけられた耳を思い切り引っ張った。

「いててててッ!!?」

「勉強が終わったなら筋トレでもランニングでもしてるべきでは? 俺はお前の練習の後家庭教師と付きっきりの勉強だぞ? その間首席様は夕食か? ん?」

「えっ! ごめん!? 次やる! 明日やる! だから耳なし芳一になっちゃうからやめて!」

引っ張る耳はそのままに、俺は天野を連れて通常授業用のグラウンドに向かった。

辿り着いたグラウンドは灯りに照らされ夜でも十分な明るさだ。
着替えてもらった天野の前に立ち、俺はずっと考えていた事を宣言する。

「天野。お前には俺の動きをコピーしてもらう」

分かっていた通り天野にはセンスが無い。
ボールの読み合い、相手を翻弄する作戦、窮地を切り抜けるひらめき。
だが天野はそれすらもカバーし得る、そして上回る才能を持っていると俺は考えている。
まずは俺の動きに倣ってもらえば、それなりのレベルとして扱われ、第一関門の第一練習場所属が決まるだろう。

「おそらく総帥が入部を許可した所で先輩方は納得しない。そこで上級生によりテストがあるだろう」

「鬼道の動きならそれを攻略できるってことか」

「そうだ。俺はそれなりの実力だと自負しているが、上級生にはまだ適わない人もいる。まあこちらから先に相手を指定してやるさ」

だから俺になりきってみせろよ、天野。



2017.11.7

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