鬼道の素顔と俺






銃を構え、まずはおおよその位置を決める。
スコープに利き目を添えて、撃つ。
すると大きな音と共にわあっと声が上がった。

「よっしゃど真ん中ァ!」

狙い通り真ん中が貫かれた的を見て拳を握った。
笑みを隠さないまま待機所へ戻れば、クラスの男どもが悔しがりながらも興奮したように肩を叩いてきた。

「真ん中かよスッゲー!」

「天野が失敗するとこ見たかったのに!」

「はっはっは、すごいだろうすごいだろう」

賛辞が嬉しくて調子に乗っていれば、脇腹に拳が飛んできたので口をつぐむ。
新しい的に自動的に交換されるのを見ながら俺は成功したことに安堵する。
サッカーのように、俺がこなせることにも限界がある。しかしこの程度の距離であれば十分なようだった。

「本当は射撃やったことあんじゃねーの?」

「帝国での授業が初めてだよ」

「スタートは同じなのに! 悔しい!!」

この帝国学園の授業は、まず普通の学校とは違う。体育の授業に射撃があるのが一例だ。
その授業内容に対しての反応は家柄によって変わる。
鬼道のような権力のある家庭の子どもは経験があるのか慣れた動きだが、俺のような一般家庭の出身で成績によって入学した子どもは、射的やエアガンでしか触れたことが無いので本格的な装備に戸惑ってしまう。

俺は戸惑いながらもこの肉体の能力を信じ、かつ他の奴の動きを観察することでなんとか上位を保っているが、……射撃って体育なのかと疑問は禁じ得ない。

「なんでそんなに出来ちまうんだよ、教えてくれ!」

「なんでって……あ、お前らちゃんと利き目がどっちか分かってる?」

「ききめ」

俺の周りに集まっている奴らは全員一般家庭の子ども。射撃の経験は無く、利き目に対しよく分からないという表情だ。
おそらく鬼道は分かっている。

「利き腕と一緒で、目にもあるんだよ。俺は左。親指と人差し指で輪っか作ってみろ、両手で」

「おう」

「こうか」

「重ねて腕を伸ばして、輪っかの中心で何か一つを見るんだ。……俺を見るな! やめろ!」

全員が輪っかにした手を俺に向けてくるので噛みつくが止めてもらえなかった。
仕方がなくそのまま話を続ける。

「そのまま片目を瞑って、ズレが無い方が利き目だ。できたか?」

「お……おおお! 天野が半分になった!」

「天野が瞬間移動してる!」

「ズレたって言え!!」

利き目の存在を初めて知った興奮からか、何度もばっちんばっちんと目を開いて閉じてを繰り返しているのは少し微笑ましい。
俺右だった、左だったとひとしきり報告し合って、らんらんとしている目を見るとやる気が湧いてきたのだと分かる。
いいことだな。

「何で知ってるんだよ、こんなこと」

「図書室の本で予習したら見つけたんだよ。割と初心者向けだから、経験者はみんな知ってるはずだぞ」

「勉強熱心かよ……」

「後は出来る奴を観察したら? ほら、別クラスの鬼道、二週目みたいだ。盗んじまえばいいんだよ」

俺の指をさせば複数人が勢いよく首を回した。
少し離れた場所で鬼道が準備をしている。
ああいった良いお手本が実技授業にはうってつけなのだ。

視線が鬼道に集中することで俺の傍は途端に静かになる。ベンチに座って射撃場の風景を見ていると、先日の鬼道の言葉がよみがえる。

――「妹も一緒だったから一人きりじゃなかったけどな」

時間があるとつい鬼道の家族を考えてしまう。
噂によれば鬼道家は嫡男が一人だけだったはずだ。しかし鬼道は妹がいると言う。
人様の事情に首は突っ込めないし情報が少なすぎるので、思いつくのは全て想像だ。しかし公にされていない妹の存在だけは間違いなかった。

孤児院にいた鬼道があのお父さんと暮らしているのなら、妹も一緒だと考えるのが当然だ。
しかし食事にお邪魔させてもらった際に、他に住人がいるようには思えなかった。
中学一年生の鬼道の妹なら、小学生か? あの遅い時間に、小学生の女の子が他所にいるなど無いだろう。

嫌な想像ばかりが頭に浮かんでくる。
やめだやめだ、頭を振って考えを散らす。
なんでこんなにも鬼道のことばっかり考えてるんだ。
友情? まさか、歳の差を考えてみろ。
保護者のほうがしっくりくる。

そうだ、俺が今感じている事実は――鬼道有人は危ういということだった。

鬼道はスコープを覗き込んでいる。鬼道の利き目は俺と反対の右目らしい。
しかし、ゴーグルからスコープを覗くのは少しばかり大変ではないか?
こういう時ぐらい外せばいいのにな。

「…………鬼道の素顔、見たことない!!」



・・・・



「あ、天野くんだ! ……鬼道くんの素顔? 知ってるよー!」

鬼道と同じクラスの女の子に聞いてみれば、彼女は何ともないような顔してそう言った。
な、なんだと……!
俺のクラスの子は『見たことないかも〜』って言ってたのに。
衝撃を受けた俺は他の子に顔を向けてみると、頷きが返ってきた。

「えっ……天野くん、見たことないの?」

「鬼道くんと仲いいのに」

「だってあいつ、ずっとゴーグル外さないんだよ? むしろみんなどこで見たの……?」

部活で汗だくになった時でさえ外さないというのに、彼女たちはどうして知っているんだろう。
むしろこの場で知らないのは俺だけだという雰囲気で、つい顔が引きつってしまいながら問いかけた。

「見た、というか……鬼道くん、入学して一か月ぐらいはゴーグルなんてつけてなかったよ」

「え…………ええええッ!?」



・・・・



「あー、確かに鬼道さん入部したばかりの頃はゴーグルしてなかったな」

「辺見まで俺を裏切るというのか!!」

整備された芝生に膝をついた。
入学して一か月ほど、というのは丁度俺が鬼道と出会った頃だ。
丁度いいタイミングでサッカー部では俺だけが素顔を見たことがないらしい。
しかもゴーグルはあの影山総帥に貰ったらしく、よりによってあの胡散臭い人かー! と更に衝撃を受けてしまった。

「な、なんだ……この感情は……そうだ、悔しいぞ、俺だけ知らないなんて悔しいぞ!」

「芝生が泣いてるから叩くんじゃねェ」

「咲山ァ! ゲーセンのレースで辺見ばっかり追突するお前までそんなことを!」

「俺ァ嘘はつけねーのよ、たとえデコと同じ意見だろうとな」

「デコは関係ねェだろうがァッ!!」

辺見と咲山が一方的な争いを始めてしまったので俺に構ってくれる奴はいない。
未だに立ち上がれずにいる俺の肩を誰かが優しく叩いた。その手付きからは慰めの感情が伝わってくる。
この慈愛に満ちた手つきは源田では……?

「げ、げんだ……」

しかし振り返った先にいたのは、佐久間だった。
佐久間の顔に三日月が二つ並んでいる。綺麗な片目と、その口だ。

「天野知らないのか? 鬼道の素顔、知らないのか?」

「……しらない……」

「お・れ・は知ってる〜〜〜! まあ入部してからずーっと一緒に練習してきたからな! ぽっと出の天野とは差があっても仕方ないな! だから元気出せよお!」

佐久間が普段と打って変わった下品な笑い方で俺を見下していた。
更には肩を抱き始め、耳元でいかに佐久間と鬼道が仲がいいかを語っており、正直精神状態を疑うほどだ。
佐久間はいつもそうだ。鬼道のことが大好きだからと、チームメイトである同級生に対して露骨に嫌な態度をとる。


「…………」

「ん? どうした天野? いつもの威勢はどうしたんだ?」

「……佐久間」

一段と低くなった俺の声に佐久間は動きを止めた。
そうだ、おかしいと思っただろう。俺は少し怒っているんだ。
子どもだから仕方ないと思っていたし、俺と佐久間は対等な関係で無いので冗談として俺も乗ってきたが、俺以外にその態度をやってみろ。
即愛想尽かされる。

「な……なんだよ」

佐久間が俺から距離を取ろうとするので、合わせて立ち上がって距離を詰める。

「今更そんな顔したって怖くねーぞ……だから寄るな」

「怖くないんだから構わないだろ」

佐久間はどうしてか俺の顔が嫌いなようで、常々使うまいと思っていた技だが、少しくらいお灸を据えてもいいはずだ。

「く、来るなよ、あっち行け馬鹿!」

「俺限定の口の悪さ、どうにかならないもんかね? え?」

「ひええええ腕を掴むんじゃねえ!」

「嫌ってくらい俺の顔見ろやクソガキィ!!!!」

生まれ直して初めて、俺は怒鳴り声をあげたかもしれない。






「源田、この状況は? 何故天野が佐久間とあんな距離で……佐久間半泣きだぞ?」

「痴情のもつれってやつじゃないか」




2017.11.25

※利き目は諸説あるしなんなら気のせいらしいです(白目)
書いた時は知りませんでした…懺悔。

- 7 -

*前次#


ページ: